第32話 壁は鈍感なので 2


 そうしたら、茉莉花は放送部経験者でそれからは意外にもとんとん拍子。

 家にパソコンのなかった茉莉花のために俺が自分の給料からパソコン代を捻出。

 アマリとの生活に問題のない範囲でお金を貸して、機材を揃えてもらった。

 打ち合わせはいつも事務所で対面。

 ガワのデータを事務所のテーブルで見せた時、目をキラキラさせて喜んでいたのをよく覚えている。

 茉莉花は俺が一からプロデュースした、と言っても過言ではない。

 そうして『りゅうせいぐん☆』最初のVtuber、茉莉花が誕生したのだ。

 思えばあのあたりから、茉莉花はだんだん変化していった。

 前髪を切り、髪を染めた。

 眼鏡を外し、コンタクトになり、化粧はどんどん上手くなる。

 収益化が通ってからは服にも気を使うようになり、笑顔が圧倒的に増えたっけ。

 それは、てっきりアマリと同じく社会貢献していることで自信に繋がったんだと思っていた……けど……。

 

「え……? 茉莉花って俺のこと好きだったの……?」

「お兄ちゃん……本当に気づいてなかったんだ……? 気づいてて無視してるのかな、とか気づいてるけど仕事のパートナーとして、そういう目で見ないようにしてるのかな、とか悩んでたよ?」

「は!?」

 

 マジで?

 ま、ま、マジで!?

 

「いや、でも、ええと……でも、さすがにあんな美人が……だって、どう考えても選びたい放題だろ、イケメンを」

「お兄ちゃんはイケメンだよ!」

「いや、俺はフツメンってタイプだぞ。もっと男を見る目を養うんだ、アマリ」

 

 おかしい。

 事務所で織星を見たことはあるはずなんだが、あんなド級のイケメンを見たあとでも俺をイケメンだなんて言うのはまだまだ男を見る目が乏しいってことなんじゃないか?

 やはり引きこもりは社会経験と人間の見る目を養う機会が足りなくて、偏りが出てしまうのだろうか。

 それとも肉親の贔屓目だろうか?

 いや、でもアマリは可愛いだろ。織星が一目惚れするほどに。

 

「……ま……まあ、本人になにも言われないし……」

「お兄ちゃんは茉莉花さんのこと、なんとも思わないの?」

「美人だな、と思ってるよ! たまに『紹介してほしい』って言われたことあるけど、本人がそういうの嫌がるから断ってるし!」

「ぬーっ! じゃあお兄ちゃん、茉莉花さんのこともうちょっと意識してあげてよ! 私、茉莉花さんみたいなお姉さん、普通に嬉しいし!」

「え、ええ……!?」

 

 なんてことを言い出すんだ!?

 今更茉莉花を女性として意識しろって!?

 いや、それは……でも……!

 

「茉莉花は美人すぎるし、俺じゃ不釣り合いだろ!」

「大丈夫だから、ちょっとだけ意識して!」

 

 いやいや、無理だろ!

 意識しないようにして二年ほど。

 ビジネスパートナーとしてしか見ていないのだ。

 今はもう、あまりの美女っぷりにとても俺が隣に立てるような存在じゃない。

 

「そ、そんなこと言われてもな……」

「もー……茉莉花さん、あんなに頑張ってるのに報われないなんて悲しいよっ。でも、お兄ちゃんと茉莉花さんの気持ちが一番大事だし……私も無理にとは言わない。茉莉花さんがお兄ちゃんにちゃんと告白したわけでもないしね」

「まあ、それは……」

 

 茉莉花は俺がビジネスパートナーとしか思ってないってわかってるんだろう。

 だから二年ほどの付き合いでも、なんにも言ってこなかったんだと思う。

 告白されても「あはは、なんかのドッキリか? スタッフの俺じゃなくて他のライバーにやった方がネタになるんじゃないか?」って言ってたと思うし。

 

「あ、私そろそろ雑談配信の準備しなきゃ! サムネ作ってないっ」

「あ、ああ……」

 

 そう言って、慌てて部屋に入っていくアマリ。

 後片付けは終わっているし、俺も部屋に入ってパソコンのスリープを解除する。

 なんとなく、茉莉花のチャンネルを見にいくと先ほどのコラボのおかげがまた登録者数が伸びていた。

 うちの事務所を設立当初から支えてくれた大切なライバーだ。

 

「突然のモテ期……?」

 

 明星のアレは、果たしてどういう感じに受け取ればいいのか。

 しかも茉莉花も?

 いやいや。いやいや。

 勘違いだったら痛すぎるだろ。

 モヤモヤと考えていたら、午後三時。

 アマリの雑談が始まったので、ヘッドフォンをしてベッドに横たわり溜めていた未読の漫画本を見上げて読んだ。

 元気なアマリの声で先ほどのコラボの振り返りとお礼を繰り返した。

 新しいリスナーにも自己紹介をして、どうぞよろしくお願いします、と頭を下げる。

 律儀で天使。素晴らしい。天才。可愛い。

 

『えっと、それでですね……雑談枠を急いで取ったのは……皆さんにご相談があるんです』

 

 そわそわとした声色でアマリは切り出した。

 スマホからチャット欄を覗いてみると『なになに?』『どうしたの?』『なんかあったん?』と心配そうにアマリを気遣ってくれる。

 リスナーたち、優しい。

 

『実は……織星さんにフレンド登録を申請されまして……!』

 

 言ったーーー!

 チャット欄がザワザワし始める。

 今までアマリは織星の配信を見てはいたけれど、織星の話題はノータッチ。

 織星もアマリには鳩行為厳禁! 超禁止! と強く毎回言ってる。

 リスナーたちは『キターーーーーー!』『ついにー!』『きちゃー!』『織星よくやった!』『FOOOOOOOOOO!!!』『赤飯を炊けー!』とお祭り騒ぎ。



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