第31話 壁は鈍感なので 1

 

「あの、織星くんが……」

「え? うん?」

「『またコラボに誘いたいので、ディスコフレンド登録してください』って……」

「え、お、おお」

 

 織星がずっとアマリをコラボに誘いたい、連絡先交換してほしい、と配信で言ってたからなぁ。

 今回は明星経由でコラボのお誘いが来た。

 明星とアマリは歌みた動画のMIXと動画編集関係でフレンド登録済みだから。

 今回のコラボで、ついに明星を介さずに言ってきたのか。

 

「で、どう答えたんだ?」

「ちょ、ちょっと考えてからお返事しますって答えた」

「おう……」

 

 ここにきて即答しないのは警戒心バリバリだなぁ。

 いや、まあ、仕方ない。

 アマリは引きこもり歴十年選手だ。

 男性耐性はたとえ俺がいても身内カウントだからまったくの他人となると、ね?

 

「ど、どうしよう!」

「えー……アマリの好きにしろよ。俺が男の連絡先云々まで管理したらだいぶ気持ち悪いだろう?」

「でも、でも」

「アマリが気にしないなら、アマリのリスナーに相談してみたらいいんじゃないか?」

「っ! そ、そっか! コラボ振り返り雑談とかで、みんなに相談してみる!」

「う、うん」

 

 本人がいいのならいいんだが、こうなるといよいよリスナーは壁だな。

 昼ご飯を食べ終えたアマリは一休みしてから、ツブヤキッターで『三時からコラボ振り返り雑談やります』と呟く。

 アマリの表情が生き生きしているから、兄はぽろりと感涙を流して食器の後片付けをしたよ。

 

「そういえば、さぁ……お兄ちゃんは、茉莉花さんと付き合ったり、しないの?」

「はぁ?」

 

 スマホを傾けながら、アマリが皿洗いする俺を見上げてくる。

 同僚たちといい、アマリといい、なんで茉莉花。

 いや、まあ、恋愛禁止ではないと社長自ら言質出してきたけれど。

 

「茉莉花はビジネスパートナーとは思ってるよ」

「えー、でも……茉莉花さんは絶対お兄ちゃんのこと好きだと思うなぁ。私も、茉莉花さんみたいなお姉さん、ほしい……かも、なんて……」

「いや……」

 

 意外なことを言い出した、と目を丸くして思わず水を止める。

 父を亡くしてから、アマリが家族のことを口にするのもなんというか、回復著しいというか。

 

「――あんな美人、俺には高嶺の花すぎるだろ。釣り合わなすぎっていうか」

「えー……そうかなぁ……でも茉莉花さんはお兄ちゃんのこと好きだと思うよ。『今のわたしがあるのは、椎名さんのおかげだし』って言ってたし……毎月美容院に行くのも、化粧品にこだわるようになったのも、容姿を気にするようになったのも、みんなお兄ちゃんの気を引きたいからって言ってたし」

「は、は!? ま、茉莉花が……そ、そう言ったのかよ!?」

「うん。恋したら女は変わるんだよ、って。事務所で毎週絶対会うから、ちょっと見た目に気を使うようになるんだって。……えっと……だから……」

 

 ジッと見上げてくるアマリを見て、ふと、アマリの髪がずいぶん綺麗になっているのに気がついた。

 引きこもり時代――それはある意味今もだけれど――ズボラで風呂を三日に一度くらいだったのに、艶が出て天使の輪ができている。

 そういえば最近、アマリはちゃんと湯船を張って三十分ほどしっかりお風呂に入っているな?

 服も俺が忙しすぎて放置すると一ヶ月くらい同じ部屋着を着ていた。

 ダボっとした、毛玉だらけのスウェットや、膝が擦り切れたジャージとか。

 どうせ外に出かけないからと、年頃の女子としてはかなりアウトだったのに。

 今のアマリは普通にいつでも外に出かけられる格好。

 髪まで結って、軽い化粧もしていた。

 

 ――恋をしたら、女は変わる。

 

 ああ、リスナーたちよ、どうやら甘梨リンはしっかり公開告白に影響されているらしい。

 俺が知らない間に妹はすっかり“引きこもり”から“女の子”になっていた。

 こんなに変化していたのに、言われるまで俺は気づかなかった。

 でも、そんなアマリの変化を自覚して――茉莉花に初めて会った時のことを思い出す。

 黒い髪で、眼鏡をかけて、長い前髪が顔半分を覆うように俯いた暗い表情の女性。

 入社した会社が入社一ヶ月で倒産して、次に入った会社では怒号が飛び交うブラック企業。

 大人しい性格の彼女は一ヶ月で精神が磨耗して退職。

 生活費も尽き、飛行機二時間の実家に帰る金もなく、親に心配をかけたくないと八潮がビルの前に貼ってしまった『Vtuber急募!』の張り紙に縋って面接に来たくたびれたOL。

 あんな、今考えると意味のわからない張り紙でVtuberを募集するのもどうかと思うが……当時はうちのVtuber事務所も手探りも手探り。

 昨日の記憶が飛ぶ程度には、なにをやってたかわからない。

 その頃は当然今のような体制も整っておらず、全員が昼飯に行くというので先に飯が食い終わっていた俺が茉莉花の面接をした――というこれまた雑な事情がある。

 しかし、Vtuberのことを知らなかった茉莉花に「それはそうだよねぇ」と張り紙を見ただけで飛び込んできたという、まずはその事情を聞き出し、面接というよりはカウンセリングみたいなことをしてその日は帰した。

 翌日にもう一度しっかり寝てきてもらい、改めてVtuberがなんなのか、から説明を始めたんだっけ。



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