第24話 初めての壁 1

 

「どうかしたの?」

「あ、えーと……歌みたの編集してみたんですけど……よ、よかったら、意見とか……誰かの、その、第三者の意見っていうか」

「ああ、俺でよければ見るよ?」

「あ、ありがとうございます……」

 

 おずおずと取り出したUSBメモリを受け取り、動画の編集を保存、中断して借りたUSBメモリからファイルを取り出す。

 ああ、人気のボ○ロの曲だな。

 絵も動画も歌もいい。

 荒さもないし、雑音もない。

 

「うん、大丈夫。いつ頃アップ予定なんだ?」

「えっと、まだいつアップするかは、決めてなくて……その……」

「他にもなにか相談事があるのか?」

「えっと……実は、うちのWi-Fi、隣で家リフォームだかなんだかしてて、通信がちょっと……」

「うん」

「だから、収録スタジオで配信させていただきたいな、って……予約……」

「ああ、了解。ちょっと待っててな。今予約表を――」

 

 パソコンで管理している収録スタジオの予約表を確認する。

 二桁にならない所属ライバー数だから、午後は意外と予約が空いているのだ。

 

「何日の何時から配信希望だ?」

「今日って、大丈夫ですか……?」

「うん、何時から?」

「えっと、じゃあ……二十時から」

「いいよ。予約入れておくね」

 

 どれどれ、とぽちぽちキーボードを打つ。

 Wi-Fiが不安定なら、数日は収録スタジオでの配信するか休むかじゃないだろう。

 

「今日から同じ時間で予約する? それともリフォームが終わるまでは定期的にする? 休むのもありだけれど、新人はあんまり休まない方がいいしな」

「あ、えっと、じゃあ、一週間くらい……ここで……」

「一日くらいは休んでもいいと思うぞ。どんな仕事でも体は資本だ。無理しない方がいい」

「え……でも――」

「新人のうちはあんまり休まない方がいいけど、歌みたをあげるんだったらその日は配信休みにしたらいいと思う。やったとしても雑談だけとか。いくら画面越しとはいえ、ずっと人と接しているのも疲れるだろう?」

 

 あ、と長い前髪の合間で目を見開く。

 それから俯いて、「はい」と小さな声で頷く明星。

 やっぱりアマリと似た性質の明星は配信に少し疲れているんだろう。

 

「……っ……」

「!?」

 

 なんて軽く考えていたら、明星が涙を浮かべてしゃがんでしまった。

 え? え!? どうした!?

 

「明星!?」

「あ……あたし……配信は、楽しいんです……でも、時々、荒い言葉使いのリスナーとか、いて……最近、楽しい反面……怖くて……」

「あ……ああ……」

 

 しゃがみ込んでしまった明星の肩に手を置いて、ソファーに誘導する。

 応接室の自販機からコーヒーを買って、テーブルに置いて差し出す。

 ボックスティッシュとゴミ箱も近くに置いて、明星が落ち着くのを待つ。

 リスナーの質はライバーに似ると言われる。

 茉莉花のリスナーは比較的人に配慮のできる大人で褒め言葉も一刀両断もできるタイプが多い。

 夜凪のリスナーは歌好きが多く、男女比率も半々。コメント欄も謎に敬語が多く見受けられた。

 反対に瓜アラ子とそふらののリスナーはそふらのの変な行動を好み、悪ノリする感じが多い。

 そふらのはまだ歌やゲームも多いのだが、下ネタも多くて男性リスナーの方がコメントをよく残している印象だ。

 鍵置ルラはゲーム実況が多いので、攻略関係でのネタバレに非常に配慮したコメントばかり。

 そのように、リスナーはライバーに似る。

 明星はダウナーでタメ口。

 リスナーも『配信者がタメ口で話している』からタメ口で気安く話しかけているのだろう。

 その気安く話しかけられる感じが、おそらく明星にはストレスになってるんだ。

 

「それに」

「うん」

「ハルトのこと、めちゃくちゃ悪口言う人もいるんです……私のこと褒めてくれるのに、同じ人がハルトのことすごく酷い言葉で罵る……やめてって言ってるのに……」

「ああ……他人下げマンが出たのか」

「他人下げマン……?」

「他人を下げて、自分の推しを褒めてるつもりになってるタイプのリスナー。まあ、当然ながら現実にもいるんだけど。誰かを悪く言う口実に使ってるだけで、推しに注意されると逆ギレするんだ。立派な『ファンを装った害悪』だよ。厄介なことに本人に自覚がないパターンが多くて、注意喚起しても自分のことだと思わない。推しを褒めてるつもりだから、他を下げてることも“善意”だと思ってるんだ」

「っ……」

 

 目を見開く明星。

 さすがに今まで遭遇したことのないタイプかもしれない。

 しかし、昨今他人下げマンは表面化し始め、認知も広がっている。

 つい昨年も大手箱からこの害悪リスナーの存在に精神的に追い詰められて、人気ライバーが卒業してしまった。

 そのぐらい、放置していい存在ではない。

 とはいえ、本人たちは自分たちの推し方が間違っているなんて意識すらもっていないから注意喚起が無駄になることも多い。

 それでなくともライバーからの注意喚起の仕方が非常に難しいのだ。

 本人たちに届かないのであれば意味はないが、しなければ悪化の意図を辿る。

 織星は明星の実の兄弟でもあるし、相棒でもあるのだ。

 下げられていい気はしないだろう。

 この先コラボなどで他のライバーとの絡みが増えれば、下げる対象も増えてしまう。

 そうなれば卒業した大手箱ライバーの二の舞になりかねない。


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