第9話 推しと出会う 3

 

 

「他に禁止事項とかどんなのがあるの?」

「シンプルに誹謗中傷の禁止、センシティブの禁止、他のリスナーとの喧嘩禁止、ルールを守って楽しく配信を見よう! みたいな?」

「なるほど〜」

 

 三人とも、よくよく聞いてくれる。

 真面目だなこいつら。

 

「えっと、それじゃあ甘梨さんはこれから収録なので織星くんたちは……このあと帰宅して作業、でしたっけ?」

「あ、はい! 初配信の時に歌みたあげたいので!」

「あ……。……あの、あ、甘梨さん、この馬鹿が驚かせたお詫びに、歌みたの曲とかMIXとか、おれでよければやる、から……無償で。あの、お詫びだから、気軽に声かけて……」

「え! マジで!?」

 

 と、言ってしまったのは俺。

 そう言ってくれたのは明星で、甘梨も驚いた顔をした。

 普通に外部委託したら結構かかる。

 それを無償でやってくれる、だと!?

 

「ず、ずるいよ、ヒナタ! 俺も甘梨さんと仲良くしたいよっ」

「だったら接し方考えた方がいいんじゃないの」

 

 一刀両断〜。

 明星は親しい相手には毒舌タイプか。

 これは女性リスナーが喜ぶな。

 しかもセット売り出しだろう?

 ガワには力を入れてほしいな。

 

「二人とも歌みたあげるのか?」

「はい! 個人と、二人で歌ったやつのを俺のチャンネルであげる予定です。それから二人で歌うやつは交互にお互いのチャンネルであげていく、みたいな」

「へー。そっか、演奏もミックスもできるんだもんね」

「はい。動画も、イラストがあれば……」

「マジですごいね! イラストも描けるんでしょ?」

「あの、でも、やっぱりプロに描いてもらった方がいい、ですし」

 

 いやいや、十分すげーよ。

 手放しで褒めると明星はゆっくり俺から離れて後ろに下がり、織星の後ろに隠れてしまう。

 俺の後ろに隠れているアマリみたいだ。

 

「……あー」

「あ、なんか、ごめんな。人見知りなんだもんな。あの、動画編集は俺もできるし茉莉花のラジオ番組に出演する時は、なんでもやるから頼ってくれよ」

 

 織星が後ろに隠れた明星を見てか細い声をあげる。

 あまりしつこくしすぎたつもりはないが、褒められるのも苦手っていう人もいるからな。

 

「じゃあ甘梨さんは収録に行きましょう」

「は、はい」

「あの、じゃあ……俺たちも、これで!」

「あの、お詫び、本当に気にしないでなんでも言ってね」

「……ありがとうございます」

 

 明星が甘梨にそう言って、織星を連れてエレベーターに連れて行く。

 甘利はボイス収録のため、収録スタジオへ。

 

「あ、いたいた、椎名。ちょっといいか? 新番組の企画について話したいんだけど」

 

 後ろから俺を引き留めるように声をかけてきたのは嶋津。

 書類を何枚か渡され、読んでみると初めて見る企画書。

 

「新番組?」

「ほら、新人が連続デビュー予定だろう? 公式チャンネルで新人だけの新番組やろうって話になってるんだよ」

「え、俺それ聞いてない」

「二分前に決まったからな」

「二分前!?」

 

 聞けば八潮が企画書を持ってきて、出勤してきた嶋津に「詰めよろしく」とぶん投げてきたらしい。

 あいつそろそろ殺しても許されるんじゃないか?

 

「でも新人を盛り上げるのに公式チャンネルで公式番組をやるのはいいと思うんだよ。まだ十二ヶ月連続デビューに足りる人数のライバーは確保できてないんだけどさ」

「だ、だよなぁ? 今何人くらいなんだ? 今金谷の後輩っていう男二人組に会ったけど」

「ああ、織星と明星だな。あの二人リアルで双子らしいよ。めちゃくちゃライバー向きの能力だよな。織星はジムトレーナーしなかわらライバーやる予定らしいから、ちょっと大変そうだけど」

「兼業か」

 

 実際問題ライバーっていうのは世間が思うほど儲かるものじゃない。

 ワイチューブからの収入は大手箱ならともかく、うちみたいな小さい事務所じゃボイスやグッズを売ってもそれほどの売り上げは期待されても困る。

 まあ、もちろんライバーに還元はしますとも。

 しかし、個人勢などは兼業が多い。

 大手だと迂闊に兼業していたら身バレするから、あまり兼業しているライバーは少ないだろうな。

 まあ、大手の箱は割とあっという間に登録者数十万人とかいくから、ライバーだけで生活できるようになるだろうけれど。

 すでに職があるのなら兼業はアリだ。

 むしろ推奨する。

 それにしてもあの顔でジムトレーナーとか、モテるだろうなぁ。

 

「あとはしなびた子ども部屋オッサンと、ニートの腐女子が一人確保できてる」

「おおー、最高じゃん」

「おっさんの声がめちゃくちゃいいから期待しててくれ。ガワをクッソイケオジにすればイケオジ好きにウケると思うんだよ」

「腐女子も腐女子にウケるしな」

 

 しかもニートとは。

 嶋津が連れてきたということは、拗らせてはいないだろう。

 たまにヤバすぎる拗らせ野郎とかもいるんだが、そういうのは弁が立つわりに言ってることはすっからかんだからライバーに向いているとは言えないんだよな。

 炎上まったなしだし。

 また、腐女子は腐女子層から一定の支持を受ける。

 一般人からすると腐女子の世界はまだまだ未知の世界。

 積極的に触れようとしなければ永遠に関わることのない世界だろう。

 逆に腐女子たちは腐女子と惹かれ合う。

 なんか面倒臭いカップリング戦争とかあるらしいが、そのあたりの兼ね合いを上手く操作できる人物であればライバーに向いている。

 嶋津が連れてきたってことは、かなり弁が立つんだろう。

 腐女子で弁が立つやつは、いいぞ。



 

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