第9話 雨の日の回想

 小雨の降る夜、男は、布団の中にいた。


窓には水滴が当たる音がして、実は

床まで濡れているのではないかと錯覚する。 


自宅近くに駅があるため、夜11時を過ぎても

踏切の音が頻繁に聞こえてくる。


雨の中、こんな遅くにまだ電車に

揺られている人がいる。


肌寒い部屋の中、男はすでにお布団に

くるまり、暖をとっている喜びを

噛み締めた。


ベッドのサイドテーブルには、

スマホと目覚まし時計、メガネ、小さな

お守りが置いてある。


雨音をBGMにそれらをぼうっと眺めていた。


こんな時に思い出すのは、祖父母との

思い出。





男が小学生の頃までは、夏休みや冬休みに

通信簿を持って、長期休暇のはじめに祖父母

の家におじゃまするのが恒例だった。



祖父母の家の近所に、「美香子」という

お姉さんがいて自分より2つ、3つくらいの

歳の近さということもあり、よく遊んで

もらっていた。



河原で水切りや魚釣りをしたり、

林で木登りやかくれんぼをした。


田舎なので遊べるようなお店はなかったが、

それでもネタに尽きることなく

美香子お姉さんと長期休暇を満喫できた。



男が中学生になると部活動と勉強の

忙しさから、次第に祖父母の家に

お泊まりすることはなくなった。


美香子お姉さんとも中学校にあがる前の

春休み以来会っていない。


特別にお別れをした訳でもなく、

いつもの感じで『またね〜!バイバイ!』

くらいの軽い挨拶だった。




そんな男が大学生になり、暇な時間を

作れるようになったので、年始のご挨拶

以外の目的で祖父母の家へ遊びに行った。


祖父母は久しぶりに見る孫の姿に

にっこりとして、「ゆっくりしていきなね」と、お茶とお菓子をたっぷり出した。


男も久しぶりに祖父母とゆっくり

お話ができる喜びから昔話に花が咲いて、

ぽっかりと空いてしまった何年分かの

時間をじっくりと埋めていった。


そこで男は「美香子お姉さん」の現在について

質問した。


祖父母の近所にいるため、あまり噂話が

好きではない祖父母の耳にも少しは

「美香子お姉さん」の情報は何かしら

あるはず。


けれど、祖父母は困り顔。


2人は顔を見合わせるばかりで、

口を濁している。


男は早く教えてくれとせがんだ。




祖父母の話によると、「美香子お姉さん」は

もうすでに亡くなってしまっている、

とのこと。



しかも、男が生まれる前に。



それははるか昔のこと。


祖父母が結婚して、今の自宅に住むように

なった頃、近所にいた子供のうちの1人が

「美香子お姉さん」だったそう。


その当時、子供が多い家庭が多かったそうで、

長女の「美香子お姉さん」も兄弟が多く、

いつも年下の兄弟をおんぶしたり、抱っこ

したり、遊んであげたりと、忙しそうに

していたそう。



ある夜のこと。


「美香子お姉さん」の自宅で火災が

起きたらしい。


両親は泣き叫ぶ赤子や幼い兄弟を

引きずりながら、やっとの思いで家から

脱出した。


近所の人が消防車を呼んでいてくれたおかげで、すぐに消化活動が始まった。


家は燃えてしまっているが、子供を必死で

炎の中かき集めて外に出ることができたので、

両親は安心しきっていたそう。


消防隊の方が「家族はみんなここにいますか?」と問いかける。


両親は道端に倒れ込み、呼吸を整えながら

「はい」と返事をして子供たちを見た。


そして両親は叫んだ。


「美香子!!!!!」


しっかり者が故に、普段世話を焼かない

美香子のことを気にしてやれなかったのだ。


救急隊は消火活動に加えて、急いで

「美香子お姉さん」の救助にもとりかかった。



時間的に、炎に包まれる前に

一酸化炭素中毒で亡くなっている可能性も

あると救助隊から話があった。


両親も兄弟もみんなが大泣きだった。



しばらくして消火活動が終わり、

炎が鎮火すると「美香子お姉さん」は

発見されたが、残念ながら亡くなっていた。




ということが、祖父母のお若い新婚ほやほや

の時にあったそう。


男は青ざめた。


自分はもうこの世に存在していない存在と

遊んでいたのか、しかも、それを祖父母は

知っていたというのだから、驚いた。


祖父母は、男が「美香子お姉さん」と

初めて遊んだことを聞いた時は、

遊んではいけない存在と遊んでしまった、

どうしようと思ったらしい。


知り合いの住職にすぐに相談すると、


「お孫さんが怖い思いをせず、温かい気持ちに

なれるのなら、様子をみていてあげなさい。

けれど、夕方5時になる前にはバイバイすること。そして、必ずお迎えにいってあげなさい」


と言って、小さなお守りも渡してくれたそう。


そう、そのお守りこそが、男が社会人に

なっても大切にしている、お守りだった。



男は、祖父母とこの小さなお守りのご加護が

あってこそ、何の問題もなく「美香子お姉さん」と楽しく遊べていたのだなぁと

しみじみした。


もし「美香子お姉さん」が自分とほぼ

同じ年、同じ年代に生まれていて、

本当に人間として存在していたら、

アニメのように「幼馴染み」として

青春を味わう日が来たのだろうか。


男はどうしようもない想像を始めた。



外はいまだに雨が降っている。


小雨だったのだが、いつの間にか

大雨に変わってしまっている。



明日の朝までには止むだろうか。


男が眠りに入るその時だった。




「思い出してくれたんだね」



ふんわりと優しい、どこか幼い声が

耳元でした。



男は不意打ちの声に心臓が止まるかと思った。



またやってしまった。


昔のこと、つまり、「美香子お姉さん」のことを考えすぎると声が聞こえる時がある。



その度に、小さなお守りが心の安寧を

保ってくれる。


そのため、この小さなお守りは捨てられない。


手放せば、こんな出来事を思い出さなくて

すむかもしれないとも思う。



けれど、この小さなお守りをいざ手放し、

もし「美香子お姉さん」のことを思い出し

すぎて、また声が聞こえてきたら怖いな

とも思う。


声が聞こえたからと言って、何か起こった

ことはないが、それも小さなお守りの

おかげだったとしたら?と考えると、

肌身離さずに持っていたくなる。



けれど目にすれば、つい物思いに

ふけってしまい、最終的に声が

聞こえてしまう。




今宵もまた、男の回想は止まらないのであった。

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