第8話 ペットモニター

 私の愛犬は、パピヨンの「ココ」だ。


年は2歳で、私の布団の中で眠ることが

大好きな、おっとりとした女の子。


私は一人暮らしをしているため、

最近ペットモニターを購入した。


リアルタイムでも録画でも愛犬ココの様子を

スマホで見ることができるのは、最高だった。


ココは日中、ドッグサークルの中で

ひたすらボールで遊んだり、お昼寝したり

している。


帰宅後にはココをだっこしながら、

その日の録画を再生する時もある。


職場の休憩でよく眺めては 

「ココはいいなぁ」

と呟いてしまう。



 そんなある日、私はあることに

気がついた。


なんと、私の心がココに通じているよう

だった。


どういうことかというと、例えば私が

『あのおもちゃで最近遊ばないのかな?』

と心の中で思うと、ココがそのおもちゃで

遊び始める。


最初は偶然かなと思ったが、回数を重ねる

ごとにそれは確信に変わっていった。


そんな不思議なことに気がついてから

便利になったのが、トイレだった。


以前は寂しさもあって、

トイレ以外の場所にたくさん粗相を

していた。


その上、踏んづけて歩きまわるので

ベトベトのぐちゃぐちゃになってしまう。


お留守番は寂しいから仕方がないが、

帰宅後は床掃除から始まるのが

本当にきつかった。


今では、ココがペットシーツ以外で

トイレをしようとする時に、


「ココ、ダメよ。そこはトイレじゃないよ」


と心の中で呟くだけで、ココのトイレの

失敗は免れる。


声に出しても同じなのか?と

疑問になった時があるが、

結論から言うと声では上手くいかない。


ココが私の声に反応して、

しっぽを振りながらカメラに

向かってくるだけで、私の思い通りには

いかない。


人目が気になる時でも、心の中で

呟けば良いだけなので都合は良いが、

とても不思議だった。


次第に私は、ココを遠隔操作するような

気持ちになっていった。



 いつものようにスマホで

ココの様子を見ながら心の中で呟くと、

まさかの出来事が起こった。


「…っ???」


声に出せないくらい一瞬だったのと

驚きがあった。


「今、私、家にいた???」


職場の休憩室でお茶を飲むついでに、

ココの様子を見ていたはずなのだが、

一瞬、ココがいるドッグサークルからの

景色になったのだ。


「私もゴロゴロしたいなぁ」


と心の中で呟いたのだが、まさか

それだけは本当にならないだろう。


疲れているだけかなと思うことにした。



 その晩のこと。


帰宅した私は、ココをだっこしながら

今日録画されたココの様子をまた見ていた。


「今日はよくお昼寝してましたね〜」


なんて言いながら、ココをひたすら

もふもふなでなでしてくつろいだ。


つい、ココは日中お家にいられて

いいなぁと思ってしまう。


「あれ?」


そのまま寝落ちてしまったようで、

頭がぼんやりする。


それにしてはなんだか不自然な

気がする。


「あれ?」


今は夜のはず。


カーテンは開けられ、陽の光が

差し込んでいる。


「はっ、朝???」


慌てて部屋の時計を見ようと

辺りを見回したその時、急に元に戻った。


「疲れてるのかな…」


昼間の不思議な感覚もあり、

少し怖くなったので寝ることにした。



 6時の目覚ましが鳴る5分前に、目が覚めた。


「ん〜、まだ眠いなぁ」


ぼんやりする視界と頭でお湯を沸かしに

キッチンへと向かう。


電子ポットがないので、やかんでお水を沸騰

させる。


その間に顔を洗って化粧水を塗って、

仕上げに日焼け止めを塗る。


あまりファンデーションなどで、

しっかりお化粧をしない主義なのだ。


そうこうしているうちにやかんの蓋が

カタカタカタッと音を立てて、

お湯が出来上がったことをお知らせ

してくれる。


沸騰したばかりだと熱すぎて

飲めないので、氷をコップに半分くらい

入れてからお湯を注ぐとゴクゴク飲む

ことができる。


頭が覚醒してきたところで、

昨晩のココの寝姿を録画で確認する。


ペットモニターをつけてからは、

寒くなかったか、きちんと寝られたか、

しっかり確認することが私の日課となった。


今日も異常なしと分かったところで、

身支度を始める。


すると、私の物音でココもだいたい

この辺りで起きてくる。


ココは、無言で私の足元に

寄ってきてだっこをせがむ。


寝起きが不機嫌そうなのも、

また可愛くて仕方がない。



 朝食を済ませて歯を磨き、服に着替えると

時間が少し余っていたので、ペットモニターがきちんと動くか確認をした。


窓際でくつろぐココを見て、つい心のうちで

思ってしまう。


(ココは朝昼晩関係なく寝ることができていいなぁ)


「あっ…まずい」


そう呟く頃にはもう遅かった。


やっぱり。


ペットモニターで確認していた窓際からの

目線になっている。


恐る恐る自分の手を見ると

半透明になっていた。


その時だった。


『ガチャッ』


玄関からドアの鍵が開く音がした。


「ココちゃん…!!!」


母と姉の声が同時に響いた。


どういうことか考えているうちに

2人がリビングへやってきて、

母がココを抱きしめた。


「は???ちょっと何よ!!」


私は懸命に叫んだが、2人は気づいて

いない。


「ココちゃん。寂しかったでしょ。

ごめんね。もう大丈夫よ。」


姉はなぜか号泣していた。


母に抱きしめられたココは、

落ち着いた様子で私をじっと見ていた。


「もうあの子はいないの。でも、大丈夫よ。

私たちと一緒に暮らしましょう。ココちゃんは何も心配しなくていいんだからね」


私は金槌で殴られたかのような衝撃と

ともに、この数日間のことを思い出した。


「そうだ…私は…」


数日前、仕事終わりの帰り道で、

私はトラックと衝突した。


信号が青になることをしっかり

確認して渡ったはずなのに、

私の右側から大きめのトラックが

突っ込んできたのだ。


『プーーーーーッ』


と、トラックのクラクションの音までは

覚えている。


私の目から涙が溢れてきた。


「これで悔いはないですか?」


優しい声が耳元で聞こえた。


そうだ、そうだ、私は…。


あの後、真っ白な変な空間で目を覚ますと

案内人のような存在に必死でお願いをした。


『ココがひとりなんです。ひとりでずっと待っているんです。私の家族がココを迎えに行くまでで

良いので、ココのそばにいさせてください。

お願いします』


私は泣き崩れながらお願いした。


ただただ、悔しかった。


悔しい、悔しい、ココに会いたい。


そんな思いから、今ここにいるのだった。


ココが母に抱きしめられたまま、

ずっと私を見ている。


もう、ココは大丈夫。


私はゆっくり目を閉じた。



















 



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