第17話 好意

 あきれながら女子の集団が離れて行くのを見ていると、柊さんの声が私に届いた。


「もういいんじゃないかな? 下りておいで」


 言われてスタッと飛び降りて木の葉を払う。


「来てくれてありがとうございます。あのコウモリのロボット、もしかしてカメラとかついてるんですか?」

「へぇ、よくわかったね」


 さっき空を見上げた時に見えたのは初めて柊さんと会ったときに彼が持っていたコウモリのロボット。

 後からあれは柊さんが作ったものだって聞いて驚いた。


 あのコウモリが飛んでいて、今柊さんが来たからもしかしたらと思って言ったのに、本当にカメラついてたんだ……。


「たまたま偵察ていさつのテストしてたら君が連れて行かれるのが見えて……。でも助けは必要なかったかな?」

「いえ、助かりましたよ? あのままだと彼女たちがいなくなるのまだ時間がかかりそうでしたし」


 ありがとうございます、とお礼を言うとフクザツそうな顔をされた。


「でも大した助けにはなっていないだろう? こうしてつめ寄られたのはきっと僕のせいなのに……」

「それは違いますよ」


 自分をめようとする柊さんの言葉をしっかり否定する。


「確かに彼女たちは柊さんや杏くんに近づくなみたいなこと言ってましたけれど、私は護衛なんだから近くにいて当然なんです。仕事で近くにいるのに、変な勘繰かんぐりを入れてくる方が間違ってます」


 当たり前すぎる私の言い分に、柊さんは目を大きく開いて何度もまばたきした。

 そんな彼に「それに」と続ける。


「たとえ仕事が関係なくても同じです。悪いのは柊さんの気持ちも考えず勝手な判断で行動した彼女たちで、柊さんに悪いところなんてないんですよ?」

「っ!」

「だから、僕のせいなんて言わないでください」


 笑顔で、自分を責めないで欲しいって伝えた。


 人気のある柊さんは、もしかしたら今みたいなことを何度も経験してきたのかもしれない。

 だから、外では当たりさわりのないような王子様の仮面をかぶっているんじゃないかな?

 その反動で家では普通に笑うことすら疲れちゃってたんじゃないかなって思った。


 杏くんはリラックスしてるんだって言ってたけれど、やっぱりちょっと違うと思うから。

 あの感情が顔に出ない感じは、疲れているからっていう方が当てはまっている気がするんだ。

 まあ、これは私の個人的な考えでしかないけどね。


「……望乃さんは、本当に面白い子だね」

「は? 面白い?」


 それはどういう評価なんだろう?

 良い方にも悪い方にも取れるから微妙びみょうだと思って眉を寄せると、柊さんは優しい笑みを浮かべた。


「っ!」


 ふわりと甘く優しいほほ笑み。

 学園で見せる張りつけたような王子様スマイルじゃなくて、最近見せてくれるようになった気安い感じの笑いでもない。


 柊さんの血の味のように、甘くとろけるようなほほ笑みだった。


 ……ああ、好きだな。


 ただ純粋に、そう思った。

 正直恋かどうかなんて分からない。

 でも、ただ柊さんっていうその人が好きだと思ったんだ。


「面白いよ? お姫様みたいに可愛いのにメイドだし、弱そうなのに強いヴァンパイアだし。それに、僕のことをよく見ているし」

「っ! それは、最近のことを言ってるんですか?」


 あれだけジッと見ちゃってたし、さっきの子たちにも気づかれていたくらいだから柊さん本人が気づかないわけないよね?


「それもあるけれど、今の話とかもね。……僕のことを考えてくれてるんだなって。嬉しいよ、ありがとう」

「いえ……」

「でも聞いていいかな? どうして最近あんなに僕を見ていたの?」

「うっ」


 やっぱりそこはつっ込まれちゃうかぁ……。

 できれば秘密にしておきたかったけれど、聞かれてしまった以上話した方がいいかな。

 理由も分からずジッと見られてたなんて、すっごく気になってただろうし。


 私はどこまで話そうか少しだけ迷って、結局“唯一”のことを簡単にだけれど全部話した。


「僕が、望乃さんの“唯一”かもしれない、か……」

「あ、あくまで“かもしれない”ってだけですから! 気にしないでください」


 確かなことじゃないし、変に気にして欲しくないし。


「それってさ……つまり、望乃さんは僕のことが好きってことなのかな?」


 真剣とも無表情とも取れそうな顔は何を思っているのか分からなかった。

 でも、私の気持ちが変わることはないから素直に答える。


「はい、そうですね」

「っ⁉」


 聞いておきながら柊さんはとても驚いた顔をした。


「素の表情で笑っている柊さんを見るとドキッとしちゃいます。これが恋なのかは分からないんですけど、柊さんのことを好きだなぁって思っていることは事実ですね」

「……恋か分からないけれど、好き」


 私の言葉をくり返すようにつぶやく柊さんは何とも不思議な状態だった。

 照れているのか耳は赤いのに、顔に出ている表情はものすごくフクザツそう。

 気にしないでと言ったのに、結局困らせてしまったみたい。


「えっと……そろそろ行きましょうか? 生徒会のお仕事、終わるの遅くなっちゃいますし」


 もう気にしないで欲しくてうながす。

 どっちにしろいつまでもここにいるわけにはいかないからね。


「ああ、そうだね」


 柊さんも同意したことで、私は生徒会室に向かうため歩き出す。

 先に歩き始めた私の後ろで、小さくつぶやく柊さんの声が聞こえた。


「恋か分からない、か……手強いかもな」

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