第18話 みんなでお出かけ

 私の“唯一”のこととか、犯罪組織朧夜のこととか。

 色々思い悩むところはあるけれど、今一番大事なのは依頼された護衛任務だ。


 ハンターになりたいって夢は何があっても変わりないもんね!

 だから正式に依頼されたこの任務をないがしろにするわけにはいかないよ。


 というわけで週末の土曜日。

 今日は約束していたお買い物の日だ。

 お母さんも心配していた屋敷や学園の外に行くんだもん、しっかり準備していかなきゃね!


 いつものメイド服に身を包んで、今のところ活躍する機会がなかったクロちゃんをしっかり装着そうちゃくする。

 くるりと回るとメイド服のスカートがふわりとふくらんで、いつも二つに結っている長い髪が一緒にくるんと回った。


「よし! これで準備は万端!」


 自分の部屋でそう宣言した私は、三兄弟と一緒に出るために玄関の方へ向かった。

 今日は紫苑くんと玲菜さんも一緒なので大き目のワゴン車でのお出かけだ。

 他にも人間の大人の護衛が別の車に乗ってついて来るらしいけれど、この車に乗るのは運転手さん以外だと三兄弟の他は私と玲菜さんだけ。


 そのせいかな?

 見送りに来ていた登代さんにいつも以上に念を押されたのは。


「玲菜さん、紫苑さまから絶対に目を離してはいけませんよ?」

「はい、心得ています」


 いつものきびしそうな顔でまず玲菜さんに言い聞かせると、今度は私を見た。


「今回は大人の護衛もついていますから問題ないとは思いますが、油断大敵ゆだんたいてきです。どちらにしろ一番近くにいる護衛はあなたなのですから、気を引き締めて行ってきてください」

「はい! もちろんです!」


 元気よく気合を込めて返事をすると、登代さんの厳しい表情が少しだけゆるんだ。


「あなたはやっぱり気を張り過ぎですね。少し落ち着きなさい」


 そしてエプロンのポケットからいつものミルクキャンディーを取り出し渡してくれる。


「はい、ありがとうございます」


 はりきり過ぎていると言われればその通りだったから、私はミルクキャンディーと共に素直にその言葉を受け取った。


 そんなやり取りをしているうちに柊さんたち三人も来て、私たちは車で街へと向かう。

 車の中ではなんだか遠足気分な紫苑くんがとってもはしゃいでいて、杏くんに呆れられていた。


「紫苑、そんなにはしゃいでいると昼までもたねぇぞ? ちょっと落ち着け」

「ええー? だってたのしいんだもん!」


 それでも紫苑くんはワクワクがおさえられないのか、座ったまま上半身で何かのリズムを取ってる。


「ふふっ、紫苑さま今日を楽しみに一週間幼稚園頑張っていましたものね」


 玲菜さんの言う通り、この一週間紫苑くんは頑張って幼稚園に行っていた。

 私と一緒にいるーと泣いていたのがウソみたいに。


 玲菜さんが試しに「頑張って幼稚園に行かないと、土曜日のお買い物に連れて行ってもらえないかもしれませんよ?」と言ったらピタリと泣き止んで頑張ると言ったらしい。

 それくらい頑張ったんだもん、はしゃいじゃうのは仕方ないよね。


「うん! ののねーちゃんといっしょはあんしんだもん! ばんぱーだから!」

「ばん……ああ、バンパーですね。はい、望乃ちゃんは紫苑さまを守ってくれるんですよね」


 紫苑くんの意味不明とも言える言葉に玲菜さんはすぐに納得の声を上げる。

 実は紫苑くん、“ばんぱー”と言っているけれど、本当は“ヴァンパイア”と言ったつもりらしい。


 ちゃんと覚えていないのと、上手く発音出来ないのとで“ばんぱー”になったみたい。


 そして初めは何を言っているのか分からなかった玲菜さんだけれど、杏くんが機転きてんかせてくれたらしい。

 紫苑くんが木から落ちたところを私が助けた話を聞いて、車の衝撃しょうげきを吸収するバンパーみたいだなって言ったからそれを覚えちゃったのかもしれないって。

 ちょっと無理やりな気もするけれど、玲菜さんは杏くんの奇妙きみょうな例えを特に不審ふしんには思わなかったみたい。

 小さい子は思いもよらない言葉を気に入ってよく使ったりするから不思議じゃなかったらしい。


 何はともあれ、私がヴァンパイアだと紫苑くんの口からもバレる心配はなさそうで安心したんだ。

 それに、紫苑くんを守るって意味ではバンパーでもあってるしね。


 はしゃぐ紫苑くんをみんなでほほ笑ましく見ながら、私たちは目的の店についた。

 まずはスーツを新調したという杏くんの用事を済ませないと。


 入った店は、私一人じゃあ一生お世話になりそうにないほどのブランドショップだった。

 イタリアの高級ブランド店のスーツもあつかっているとか聞いたけれど、なじみが無さ過ぎて分からない。

 でも店構えからして高級だってことは分かる。

 店の中も高級志向とでも言うか……。

 とにかくすごすぎて圧倒あっとうされちゃった。


「常盤杏さまはこちらへ。他の皆さまはカフェスペースでお待ちください」


 紳士的な、まるで執事みたいな店員さんがそう言って杏くんを連れて行った。

 合流した男の護衛の人もついて行ったから、私は柊さんと紫苑くんの護衛としてカフェスペースについて行く。


 カフェスペースにもスタイリッシュなスーツや素敵なドレスが見本としてかざられていて、見ているだけでも結構楽しかった。

 でも、何度か来ている紫苑くんは待つのがつまらなかったみたい。

 何度も玲菜さんや柊さんに「まだー?」と聞いていた。


「どうしましょう。まだ時間はかかりますし……紫苑さまだけ別の場所へ遊びに行きましょうか?」


 困り果てた玲菜さんが提案するけれど。


「やだー! にーちゃんやののねーちゃんといっしょがいいー!」


 私たちとは離れたくないと叫ばれる。

 どうしましょうと更に困り果てた玲菜さんを見て、柊さんがある提案をした。


「じゃあ紫苑、ちょっと望乃さんにキレイなドレス着せてあげようか?」

「え⁉」

「ののねーちゃんに?」

「ああ、ドレスを着たキレイな望乃さんを見てみたくないか?」


 突然引き合いに出された私は驚きの声を上げる。


「柊さん? あの、なんでそんなことを?」


 私は護衛だし、ドレスを着てる余裕よゆうなんて……。


「だって望乃さん、さっきからちらほらドレス見ていただろう? 気になっていたんじゃないかなと思って」

「それは……」


 確かに気になっていたよ?

 でも、護衛任務を放り出してまで着てみたいわけじゃない。

 ここはちゃんと断らないと。

 そう思ってハッキリ伝えようとしたときだった。


「うん、やる! キレイなののねーちゃんみたい!」


 今の今までぐずっていたとは思えないほどキラキラした目で紫苑くんが喜びの声を上げる。


「……」


 この笑顔を前にやりませんとは言えなかった。

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