第15話 朧夜

 杏くんとさらに仲良くなれたその日の夜、頼んでいた血液パックが届いた。

 柊さんの血をなめてから、特に血を飲みたいって思うことはなかったけれど……。

 あれは本当に吸血衝動だったのかな?


 お母さんから聞いた話だと、まず飲んでみたいって思うことから始まるらしい。

 それをガマンしてしるとそのうち人をおそいたくなるから、早めに血液パックを頼むようにって言われてたもん。


《ヴァンパイアは、相手の了承りょうしょう無く吸血行為をしてはならない》


 ヴァンパイアとハンターの間で決められたルールの一番初めにある項目こうもく

 ハンターを目指す私にとって、一番しちゃいけないことだもん。


 柊さんの血はなめちゃったけど、かみついてないからギリギリセーフってところ。

 だから万が一を考えて頼んでみたものの……。


「……飲める、かな?」


 飲み口を開けてクンクンと匂いをかいでみる。

 ……少なくとも、美味しそうとは思えない。

 やっぱりまだ吸血衝動始まってないのかな?

 でもだとしたらどうして柊さんの血は美味しかったのか……。


「うん、一人で考えても分からないよね!」


 私はすぐに悩むのをあきらめてお母さんに電話をかけた。

 報告もねて何日かに一回は電話しているから、ついでみたいなものだけど。


『はいはーい、どうしたの望乃ちゃん? 報告?』


 聞き慣れたお母さんの明るい声を聞くとやっぱり安心する。

 うーん、ちょっとホームシックってやつになってるのかな?


「うん、報告もだけどちょっと相談もあって……」


 と、私は早速柊さんの血をなめちゃったこと、吸血衝動が始まったのかと思って血液パックを頼んだけれど飲みたいって思えないことを話した。


「これってやっぱり吸血衝動じゃないってことなのかな?」


 最後にそう確認すると、うんうんと私の話を聞いていたお母さんは数秒だまり込んだ。


「お母さん?」


 呼びかけると、いつもよりちょっと低い声がスマホから聞こえる。


『……ねぇ、柊くんの血をなめたって言ったけれど、もしかしてあなたがヴァンパイアだってバレたんじゃないの?』

「え⁉」


 するどい!


「それは、大丈夫だと思うよ? なめておけば治ると思ったって言って誤魔化したし」


 実際には誤魔化せなかったんだけれど、せっかくバレたことをだまっていてもらってるんだから内緒にしないと!


『ふぅん……』


 私の言葉をうたがっている様にも聞こえる声に私はハラハラしながら次の言葉を待った。


『まあいいわ。えっと、吸血衝動が始まったかどうかってことよね?』

「うん、そう!」


 私はホッとして、見えるわけがないのにうんうんと大きくうなずく。


『中学生になったばかりだし、年齢的にも始まるのは早すぎるわ』

「でも、柊さんの血は匂いからして美味しそうだったよ?」

『ってことはあれかもね』

「あれ?」


 繰り返して聞く私に、お母さんは意味深な様子で『フフッ』と笑う。


『柊くんが、望乃の“唯一”かもしれないって話よ』

「私の、“唯一”?」


 “唯一”って、ヴァンパイア一人に対して世界に一人だけいる特別な人のこと?

 お母さんにとってのお父さんみたいな人のこと?


「え? ウソ、本当に?」


 だって、世界に一人だけなんだよ?

 お母さんは見つけられたけれど、ほとんどのヴァンパイアは見つからずに一生を終えるって聞いたよ?

 確かに両親の関係はちょっとあこがれていたけれど、私にそういう相手が見つかるとは思ってなかった。


『さぁね。かもしれないって言ったでしょう?』

「は?」


 お母さんの答えに拍子抜けする。

 ドキドキしながら聞いたのに、ハッキリとした答えをくれないなんて。


『甘くて美味しいって思ったのならその可能性があるってことよ。“唯一”かどうかは結局自分で気づくしかないんだもの』

「そうなの?」

『そうよ。年ごろになって“唯一”に出会えれば、血はもちろん相手のすべてが欲しくなっちゃうの』


 私はそうだったわぁ、なんて。

 お父さんへのノロケが始まりそうな予感に私はあわてて質問した。


「じゃ、じゃあ、私は全部が欲しいって思わないから柊さんは“唯一”じゃないってこと?」

『もう、今言ったでしょ! 年ごろになったらって。望乃ちゃんの場合は恋愛面が年ごろじゃないのよ』

「んな⁉」


 なにそれ⁉

 私がお子様だってこと⁉

 そ、そりゃあ確かに恋とかよく分からないけど……。


『まあ、せっかく取り寄せたなら血液パック試してみたら? まったく飲めなければ、吸血衝動は始まってないってことだけはハッキリするから』

「うん、わかった」


 柊さんのことは私が年ごろにならないと分からないみたいだし、これ以上なやんでも仕方ないかな?



『それより、護衛任務の方はどう? 学園では何もない?』


 私が気持ちを切りかえていると、お母さんは仕事の話をふってきた。

 いつもの報告かな?


「この間言った通りやっと三人全員と仲良くなれたから護衛任務もしやすくなったよ。学園の方も、問題らしい問題はないかな?」

『そう……』


 大丈夫と言ったのに浮かない感じの声。

 どうしたんだろうと思っていると『言うべきか迷っていたんだけれど』と続けられた。


『今回の依頼、ただの護衛なのにどうしてハンター協会が正式に受けたと思う?』

「え? さあ……」


 そんなこと考えてもいなかったから分からないと答えるしかない。

 でも、言われてみれば確かに。

 学園でもそばにいられる護衛が欲しかったからヴァンパイアである私に依頼が来たのは分かる。

 でも、ハンター協会は基本的にヴァンパイアがからむ事件しか手を出さない。

 今回の場合、“正式”に依頼を受けるということはまずない。


『送られてきた脅迫文にね、蝙蝠こうもりと月のマークがついていたの。そのマークは、とあるヴァンパイアがひきいる犯罪組織のマークなのよ』


 私の考えを超えて、犯罪組織なんて物騒ぶっそうなものが聞こえてくる。


「え? なにそれ、どういうこと?」


 戸惑う私にお母さんは『きっと契約を良く思わない人達がその犯罪組織に依頼したのね』と説明した。


『だから今回の依頼にはヴァンパイアがからんでくるかもしれないってこと。望乃はまだ他のヴァンパイアの気配とか感じられないだろうけど、少しでもおかしいって思う人がいたら知らせてちょうだいね』

「う、うん。分かった」


 大人になれば感じることが出来るらしいけれど、私はまだヴァンパイアとしても半人前だから他のヴァンパイアの気配なんて分からない。

 でもそういう事なら、もっと警戒した方がいいんだろうと思って了解の返事をする。


『《朧夜おぼろよ》っていう組織らしいんだけれど、まだまだ謎も多いらしいのよ。気をつけてね』

「うん、分かったよ。教えてくれてありがとう」


 心配してくれるお母さんにお礼を言って、私は話を終えた。



 ちなみにその後血液パックを飲もうとしたけど、マズくてはき出しちゃった。

 少なくとも吸血衝動は始まってないみたい。

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