第7話 O・MO・TE・NA・SI

 森の精霊は視線を、侵入者たちがいる方角へと向けた。

「だいぶ近づいてきたようですね」


 そう言うと精霊は、不敵に笑った。

 そして周囲の木々がザワザワと音を立てながら揺れていき、少しずつ霊力を放出し始めていく。


 地面からも少しずつ霧が現れはじめ、木々のざわめきは静まっていき、森全体を静寂が支配するようになっていった。

 これは……間違いなく、あの術を使うつもりのようだ。


「……まさか」


 思わずそう呟くと、精霊は不敵な笑みの中に妖艶な表情も混ぜて、こちらを見た。

「太古の昔の民は、我々を畏れ敬ったものです……」


 霧が濃くなってきた。

「森は時として無慈悲に……人を食べますからね」


 そこまで言うと、彼女は無表情になって小生を見た。

「不肖の息子よ。早くお行きなさい……貴方までお説教を受ける気はないでしょう?」

「あ、ああ……失礼します。我らが偉大なる母君よ」



 私は森の中を駆けながら思い出していた。

 人喰いの森は、世界各地に伝承として残っている。どうやら侵入者たちは、その意味をこれからじっくりと知ることになるようである。


 悲鳴にも近い声が聞こえてきた。

「ま、前が……見えねえ!」

「くそ……どうして突然濃霧が!?」


「これ、絶対にユニコーンの魔力だろう!」

「くそ、こういう時の神頼みだ! 教会にどれくらい投げ銭したと思ってるんだ!」


「神よ……どうか、この魔力から我らをお守りください。ユニコーンを捕らえた暁には、必ずやお布施を……」



――確かに、神の力は偉大なものです


「……!?」


――しかし人間よ。いい加減に気が付くべきですね


「な、なんだ……なんだこの声は!?」

「魔女だ、きっと魔女の仕業だ!」

「い、いや……ユニコーンの魔力だろう、騙されるなぁ! 出てこないと……森を焼き払うぞ!!」


――世の中には、貴方がた人間の作り出した常識が通じない場所がある



 人喰いの森は、世界各地に伝承として残っているものだ。

 その聖域に許可なく足を踏み入れた者は、得体の知れない何かによって……消される運命にある。



――――――――

――――

――


 精霊の空間を脱出すると、その先にはごく普通の暗闇に包まれた雑木林へと出た。


 さて、あの旅の演奏家はどこだろう。耳で探しても、匂いで探しても、視界で探しても、その気配を感じない。

「…………」


 精霊は脱出したと言っていたから大丈夫だとは思うが、森を出たあとの身の安全までは保障してくれてはいない。探して合流できるのなら合流した方がいいだろう。


 その雑木林を歩き回って彼女の気配を探ってみたが、本当にこの周辺にはいないようだ。

「……足跡はおろか、気配すらないな」


 彼女だって、今まで独りでたくましく旅をしてきた人物だ。街道を歩いていたら再会という可能性もある。

 そう思いながら小生は雑木林で一休みし、旅を再開することにした。



 仮眠を終えると、雑木林にもすっかり朝日が差し込んできた。

 旅をしながら探す人物も2人に増えてしまったわけだが、やることは以前とそれほど変わらない。小生は泉の側まで行くと、まずは全身に炎の気をまとって、寝ている間に身体にまとわりついたノミを一斉処分した。


「さて……これからどこに向かおうかな?」


 少しずつ泉から立ち去ろうとしたとき、ふと脚元を見て小生は思わず表情を変えていた。

 なんと、生えていたのは伝説の秘薬といわれる【イリクサー】の材料として、知られている草が生えているのである。


 それも、1株や2株ではない。

 200以上もの貴重な薬草が群生しており、小生は思わず「これは夢か……?」と呟いていた。


「誰か……精霊が管理しているのかな……?」

 小生は焦る気持ちを抑えながら、角を光らせて精霊へと呼びかけを行ってみた。こういうモノが生えているからと言って、下手に口にしたら後から持ち主が……というパターンは避けたい。


「…………」

「…………」


 小生は再び「本気か……?」と呟いた。

 どうやら、持ち主と言えるような精霊や竜族もいないようだ。もちろん、人間のにおいや気配もない。


「つまりこれ、本当に気まぐれ的に自然発生したもの……ということか!?」

 そして当然のことながら生唾を呑んだ。


 これほどたくさんの薬草を食べることができれば、霊力が強まるだけでなく、新たな回復魔法も使えるようになるかもしれない。

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