第30話、その涙を拭うもの

 目をました。其処は知らない部屋のベッドの上だった。僕のそばには何故かエルさんが居る。えっと、どうして此処ここにエルさんが?

「……えっと、どうして此処にエルさんが?」

「そりゃまあ、僕は医者いしゃですよ?病人や怪我人の居る場所にるのが当然じゃないですかね?」

 いや、それはまあその通りだけど……

 まあ、それはそれで良いか。僕は其処で思考しこうをいったん切る事にする。それより今は他に考えるべき事があるだろう。アキの事だ。

 さっきから部屋の隅で膝を抱えて不安ふあんげな瞳で僕をじっと見詰みつめている。

 えっと、アキは其処で何をしているんだろうか?どうしてそんなにおびえたような表情で僕を見ているんだろうか?

「えっと、アキ?」

「———っ⁉」

 びくっと肩をふるわせて怯える。えっと?

 困惑こんわくする僕に、エルさんが補足説明を入れる。

「えっと、話を聞いた限りですがどうも神にあやつられるまま君をしてしまった事を悔やんでいるみたいですね。下手へたをすれば死んでいたかもしれないと、ユウキ君を失ってしまっていたかもしれないというのもあるらしいですけど」

「ああ、なるほど……?」

 なるほど?どうも、あやつられていたとはいえ僕を刺して重傷をわせた事を心から悔やんでいるらしい。下手をすれば僕を失ってしまっていたかもしれない事も当然あるだろうけど。

 けど、やっぱりアキにはもっとわらっていて欲しいと思うのは僕の勝手かな?思わず苦笑を浮かべてしまう。

 傷口を確認する。やはりエルさんの治療ちりょうは完璧だ、もう傷口が完全にふさがっているいのが理解出来る。それだけ確認すると、僕はベッドからき上がりアキの許へと歩いていった。

 アキがおびえた目で僕を見ている。けど、った事ではない。アキの傍まで近寄るとそのままアキをやさしく抱き締めた。

「……まあ、とりあえずなんだ。ごめんなさい」

「どう、して?どうしてユウキがあやまるの?私が、全部悪いのに……」

「アキに心配しんぱいを掛けた。アキを不安にさせて怯えさせてしまった。だから、ごめんなさいだよ」

「でも、でも……」

 それでも、アキはきそうな声で肩を震えさせる。もう、すでに精神的に限界なのだろうと思う。けど、それでも僕は言った。

「それに、言っただろう?そう簡単かんたんに僕は死なないって。君を取り戻す為なら、僕は絶対に生き延びて君をすくってみせる。だから、もうかないで欲しい」

「う、ぐぅ……っ」

 静かに嗚咽おえつを漏らすアキ。そんな彼女を、僕は強く強く抱き締める。

 大丈夫、僕は此処に居る。まだ、きている。そうつたえる為に、ぎゅっと抱き締める腕に力を籠める。

 そんな僕に、アキも腕を回して抱き締めてくる。

あいしてる。君の事が誰よりも大好だいすきだ。きっと、何があったとしても必ず君と添い遂げてみせる」

 秋の事が大好きだ。両親よりも、親友よりも、今まで会ってきた誰よりも。

 ずっとずっと大好きだ。愛している。だから……

 必ずだ。君が泣いているなら、必ずその涙をぬぐってみせる。

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