第28話、試されるアイ

 薄っすらと、アキの口元がわらった気がした。その瞬間しゅんかん———

「ぐ、ぶっ!?」

 僕が反応はんのうする間もなくアキの手に持っていた刀が翻り僕の胸元を穿った。血しぶきが上がり、穿たれた傷口きずぐちから止め処なく血があふれ出る。誰かの悲鳴が聞こえた気がしたが、この際気にしない事にする。

 アキの両肩を手でつかみ、そのままき締めようと引き寄せる。だが、その前にアキは僕の息の根を止めようと刀を引き抜き、何度も刺突しとつを繰り返す。

 だが、それでもはなさない。例え、何があっても僕は彼女を放さない。絶対に。

 そのまま、僕はアキを引き寄せて抱き締める。アキが抵抗ていこうするが、それでも絶対に僕は放さない。先程から止め処なく血があふれ出ているが、それでも放さない。絶対に放してなるものかよ。

 そうして、僕は自身の異能いのうを発動させる。アキのクオリアにダイブする。

 そのまま、僕の意識は急速にアキの中へと……

 ・・・ ・・・ ・・・

 真っ暗だった。何処までも真っ暗な、死におおわれた世界。既に死んだ世界。それこそが、支上アキのクオリアだった。

 その世界の中央に、アキは一人うずくまっていた。

 僕は、一歩彼女へあゆみ寄った。びくっとアキの肩がふるえる。

「アキ」

「……やだ、これ以上私を見ないで。こんな、みにくい私を見ないで」

 ぎゅっと膝をかかえ、丸くなり蹲るアキ。そんな彼女を、僕は背後からそっと抱き締めてやった。彼女の肩が、小刻みに震えている。既に感情が飽和ほうわして泣いているのだろうと思う。

 そんな彼女を、ぎゅっと抱き締めて放さない。

「醜くなんてないよ。アキは、ずっと綺麗きれいだよ。僕の大好きな、アキだ」

「…………けど、でも」

「大丈夫。僕は絶対ぜったいにアキの事をきらったりなんてしないよ」

 僕がそう言うと、少しだけ落ち着いたのかアキの震えがまった。

 けど、相変わらずアキの心は弱々よわよわしいままだ。

「……貴方にだけは、この景色けしきを見られたくなかった。こんな世界モノ、絶対に見られたくなかったのに」

「ああ、確かにこんな世界をずっと見ていたら希望きぼうを持てないよな」

 一面真っ暗な、死におおわれた世界。既に死んだ世界。アキが何かをするまでもなく死んでいる。そんな世界を見ていたら、希望なんて持てないだろう。

 木々はやせ細り、れ果てている。地面はかわききって所々ヒビが入っている。

 何処もかしこも風化ふうかして少し触れただけでももろく崩れてしまいそうだ。

 きっと、アキはこんな世界をずっと見て生きてきたんだろう。けど―――

 けど、それでも―――

「ユウキには、こんな世界を見られたくなかった。貴方にだけは……」

「けど、それでも世界は綺麗きれいだ―――こんな風にな」

 そう言って、僕は周囲に視線を向けた。瞬間、景色は一変した。

 木々は青々と生いしげり、大地は肥えて水はうるおい、世界に生命が満ち満ちているのが一目で理解出来る。

 そう、世界はこんなにも美しい。アキが、呆然とその景色に見惚みとれる。

「……………………」

「世界はこんなにも綺麗だ。世界には確かに死でち溢れている。けど、同時に生命で満ち溢れてもいる。アキが見たかったのはこんな自然しぜんの風景だ。違うか?」

 アキは首を横に振る。アキの目は、涙でにじんでいる。

 色とりどりの、輝く世界に目を輝かせている。

「帰ろう、アキ。世界はこんなにもうつくしいから」

「……うん」

 アキが、抱き締める僕の腕にそっとれた。瞬間、僕達の意識は元の世界へと引き戻されていき……

 ・・・ ・・・ ・・・

 意識が現実世界へと引き戻された。その瞬間、僕はその場にたおれ伏した。

 ……ああ、そう言えば僕はさっき重傷を負ったんだっけ?

 そう思い、僕はそのまま意識を手放てばなした。

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