第26話、クオリアの化物

 化物ばけもの……僕は、バケモノ……

 それは、まだ僕がおさない頃の話だった。僕が自分の特異体質いのうりょくを両親に打ち明けた時から両親は変わってしまった。僕の事を化物ばけものと呼び、明確に恐れの念を抱くようになったのである。

 その事実を僕がかなしいと思っていた。けど、それでも僕は仕方しかたがないと自分自身半ばあきらめていた。

 両親のおそれの感情や悲しみの感情をよりダイレクトにかんじていたから、僕は両親に対して遠慮えんりょしていたんだと思う。

 実の親から化物と呼ばれるのは悲しかった。さみしかった。けど、それと同時に両親のおもいも理解出来てしまったから。だから、僕はこれ以上何も言う事が出来ないでいたから……

 僕が持って生まれた特異体質。それに人一倍悩んでいたのが両親だった。

 他の人達から化物と呼ばれ、恐れられるのに人一倍に心をいためていたのも理解しているから。理解出来ていたから……

 ああ、そうか……

 僕は両親に遠慮して家を出たんじゃない。これ以上、自分の両親が自分の事で悩み苦しむ姿を見ていたくなかっただけなんだ。

 それを自覚じかくした瞬間、僕の目の前に両親の幻影まぼろしが現れる。両親はとてもやせ細っており極限のストレスにより心身共にい込まれていた事が理解出来た。

 そんな両親に、僕は深々と頭をげた。

「ごめんなさい、父さんと母さんが僕一人の為に追い込まれていたのをっていてそれでも何も出来なかった。それどころか、僕はそんな事実じじつに耐え切れず一人で逃げ出してしまって……」

「……………………」

「……………………」

 父さんも母さんも、何も言わない。何も答えず、ただ感情を宿さない淡泊たんぱくな瞳で僕をじっと見詰めていた。見詰めていた。

 けど、そんな両親に僕はただあやまる。

 こんな程度でゆるされるなんて思っていない。けど、それでも僕は頭を下げて謝る事しか出来ないから。だから、頭を下げる。

かっていたんだ、本当は。父さんも母さんも僕のために誰よりもずっと頑張り続けていた事を。その心身をけずってずっと僕の特異体質と向き合おうとしてくれていた事を知っていた筈なんだ。なのに、それを僕は心身を削ってやつれていく父さんと母さんに耐え切れずげてしまった」

「それは、ちがうよ」

「……え?」

 不意ふいに掛けられた父さんの言葉。それに、思わず僕は頭を上げる。

 父さんも母さんも、涙をながしていた。涙を流して、いていた。

 母さんが、そっと僕をき締めて言った。

「貴方が自分の特異体質に振り回され、自分を化物とめるのを見ていられなかったのは私達自身。貴方を追い詰めて、追いやってしまったのはほかでもない私達よ」

「それは―――」

 反論はんろんしようとする僕に、父さんも母さんも首を横に振る。

「もう、自分を責めるのはめなさい。お前は俺達の自慢じまんの息子だ。何処までも強くて優しい俺達の息子なんだ」

「貴方の事をあいしてる。他の誰が何と言おうとも、私達の愛する息子よ」

「ああ……」

 そう、か……

 僕は、ただ逃げていたんじゃない。両親と向き合おう事をずっとおそれていただけなんだろう。僕は家族を捨てて一人暮らしをえらんだんじゃない。僕は両親と向き合うのを恐れてずっと目を背けていたんだ。

 両親が僕を化物とんだのではなく、僕自身が自分を化物と責めていただけ。それなのに、僕は全てを両親のせいにして……

 格好かっこうがつかないな。何て馬鹿ばかな……

 思わず苦笑を浮かべてしまった。

「父さん、母さん。二人に紹介したいが居るんだ」

「へえ、彼女か?」

「うん、こんな僕だけどきだと言ってくれたんだ」

「うん、うん。また今度、私達に紹介しなさいよね」

「うん、今度紹介する為に家にもどるよ。だから、だからまた……」

 また、今度こそ家族一緒に―――

 その言葉を言いえる前に、両親の幻影は雲散霧消うんさんむしょうしてしまった。

 ああ、っているさ。これは本当は幻影げんえいなんかじゃないって。本当はこれは僕と両親を再び向い合せる為にフユさんが用意した試練しれんなんだ。

 だから、もう僕はまよわない―――

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