第8話、揺れ動く心

 はしる。走る。急いで走る。急がないと、はやくしないと間に合わない。

 まさか、ユウキが此処ここまでしてくるとは思わなかった。何て馬鹿ばかな事をしたんだと私は思わず愚痴ぐちりたくなる。けど、分かっている。ユウキにとって、あの男はきっと大切な友達なんだろう。

 代行者、海老原秀の事を―――

 そして、一人で行くなんていう馬鹿ばかげたことをしてしまう程度にはきっとユウキも苦悩していたんだと思う。いや、でも。それでも……

「……何て、馬鹿な事をっ」

 心がれ動く。激しく動揺どうようしてしまう。それは、単純に信頼していた仲間に裏切られたからという理由りゆうではない筈だ。

 ……ああ、分かっている。私が此処までユウキ一人に対して必死ひっしになる理由。それはきっと、私自身がユウキの事を―――

 いや、今はそんな事などどうでも良い。早く急がないと。

 何処どこに居る?ユウキは何処に行った?くそっ、せめて居場所いばしょが分かれば……

 海岸部は絶対に無い。あの一件で今は封鎖ふうさされている筈だ。だが、だったら何処にユウキは居る?早くしないと、に合わない。

 あせりばかりが私の心をき立てていく。分かっている。焦るのはこの状況ではよくない事くらい。でも、それでも……

 ぴりりりり!ぴりりりりりり!携帯がり響く。こんな時に、一体誰が?そう思って携帯を取り出し画面を見る。其処にうつし出された名前を見て、思わず目を見開いてしまう。支上剛三、私の父さんだ。

 私は、通話つうわボタンを押す。

「……何?今更父さんが私に何のよう?」

『別に、大した用事ようじは無い。ただ、お前はになっているのではないか?神田ユウキの居場所を』

「———っ、それは⁉」

『今、二人は第三星海高等学校のグラウンドにる』

 二人———つまり、今ユウキと代行者は高校のグラウンドに居るのだろう。

「…………何が目的もくてき?」

『別に、大した理由などありはしない。それよりもお前ははやく行かなければいけないんじゃないのか?』

「———っ、感謝かんしゃなんてしないわよ!」

 携帯のボタンを押し、通話を終了しゅうりょうする。一体何の目的で電話をかけて来たのかは知らないけど、それでもユウキの居場所がかったのはありがたい。急いで、第三星海高等学校へ向かう。

 急ぐ。急ぐ。急ぐ。急いで、やがてどっしりとした鉄門が見え始める。此処が第三星海高等学校、私達のかよう学校だ。

 門をび越え、そのまま急ぎグラウンドへ向かう。其処そこには、ユウキが黒装束の男と対峙していた。仮面をはずしているけど、代行者に間違いない。彼が、海老原秀なのだろう。

 ユウキは息も絶え絶えに、地面に膝をいていた。そんなユウキに、代行者はそのままゆっくりとを―――

「ユウキっ‼」

 急ぎ、私は刀を生成せいせいして代行者へ切り掛かる。私の一太刀は、それをあらかじめ読んでいたのだろう代行者によって軽々とかわされる。

 代行者は、ほんの僅かに笑みを口元に浮かべると、代行者の仮面をかぶる。

 ユウキは、心底驚いたような目で私を見ていた。

「……ふむ、ずいぶんと来るのがはやいな。まあ良い、今日は此処ここまでにしよう。必ずお前は俺達の仲間なかまに引き入れる。必ずだ」

 そう言って、代行者は跳躍ちょうやくするように去っていった。

 瞬間、どさりと糸がれた人形のようにユウキがたおれる。振り返ると、既にユウキは意識が無いようだ。それほどまでに、ちのめされたのだろう。

 代行者は圧倒的な戦闘センスがある。それこそ、単独で一国の軍隊ぐんたいと戦える程の戦闘力があるだろう。それに比べ、ユウキは素人しろうとだ。恐らく、異能による先読みだけで何とかしのいできたのだろう。

 だが、異能にたより切りでは代行者には勝てない。それほどまでのが、今の二人には存在しているのだから。

「……………………」

 ああ、かっている。既に気付きづいている。

 私は、ユウキの事を―――

 ・・・ ・・・ ・・・

 くらい。暗い。何処までも暗い海をただようような……

 そんな不安定ふあんていな感覚の中を、僕はずっとたゆたっていた。

 僕は、一体何をしていたんだろうか?そもそも僕はなんだ?何も分からない。何も分からなくなっていく。

 恐怖心きょうふしんすら感じなくなっていき。やがて……

 ———よう。

 ん?今、何か……

 ———よう。が……

 こえない。何を言っているんだ?

 ———おはよう。我が継承者こうけいたらん者。

 継承者こうけい?何を言って……

 瞬間、僕の意識をかきさんばかりの眩いひかりが暗闇の中差し込んで。

 ・・・ ・・・ ・・・

「……え?」

 其処で、目をました。僕は、一体何を見ていたんだろうか?今の夢は一体?

 いや、それよりも……

 そうだ、思い出してきた。僕は、あの夜秀にやぶれて―――

 き上がろうとした瞬間。むにゅっと、腕にやわらかい何かを感じた。ん?

 え?あれ?それよりどうして今、僕は自室でているんだ?それより、あの時確か記憶が正しければアキがたすけに来ていなかったか?

 だとすれば、今この腕に感じているやわらかさは……

 振りかえる。其処には、アキがぎゅっと僕の腕を強くき締めていた。時間は既に朝になっているのだろう。日がのぼっている。

 そんな中、アキはほぼはだかと言って過言ではない程度のあられもない姿で僕の腕に抱き付いて寝ていた。

 ……え?

「何で?」

 思わず、ツッコミを入れてしまった僕はわるくない筈だ。

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