第7話、ともだち

 食卓に突っ伏すようにたおれるアキ。そんな彼女を、僕はただ冷静れいせいに。ただ冷徹に眺めているだけだった。そう、それもその筈だ。この状況じょうきょうを作ったのは他でもない僕自身だったのだから。

 もう、意識も朧気おぼろげなのだろう。虚ろな瞳で、アキは僕をにらみ付ける。

 その視線だって、もはや力など無い。

「ユウキ……あなた……」

「ごめん、アキ。食事に睡眠薬くすりを盛らせてもらった」

「どう……し、て…………」

 そのまま睡魔すいまに負け、ねむってしまうアキ。そんな彼女に僕は再びごめんと謝る。

 ごめん、ごめんなさいと。だが、これから先の話に彼女をかかわらせる訳にはいかないから。だから、僕は無理矢理にでも彼女をいていく必要があった。だからこそ僕は彼女の食事に睡眠薬を盛ったのだ。

 それにしても、意外と家に常備している睡眠薬でくものだな。そう思いながらも僕はスマートフォンを操作する。

 相手はもちろん、秀だ。

「もしもし……ああ、僕だ。これから言う場所に一人でて欲しい。……ああ、分かっているさ。僕ももちろん一人だ。アキはれて来ない」

 電話を切る。そして、部屋の奥からシーツを取り出しアキへとかぶせる。

 見ると、アキの目元からは涙がにじんでいた。どうやら泣いているらしい。

「……ごめん。このめ合わせは必ずするから」

 そっと、僕はアキの頭をでた。愛おしい気持ちが僕の胸をうずかせる。だが、それでも僕はめる訳にはいかないから。

 そうして、僕はそのまま部屋をた。

 ・・・ ・・・ ・・・

 場所は以前の海岸部、ではない。あの海岸部は昼間に起きたにより立ち入り禁止となっている。今、僕が居るのは僕達の通っている高校こうこうのグラウンドだ。普通に不法侵入だけど其処は気にしてはいけないのだろう。

 そもそも、今この時間は人工島全域が異能バトルロイヤルの舞台ぶたいだ。故に、この時間帯は何処もかしこもお祭り騒ぎのように戦闘せんとうが行われている。

 そんな中、僕の目の前には視界を確保するあなすら無い白い仮面かめんを被った黒装束の男が立っていた。そう、あの時の代行者だいこうしゃだ。

「やっぱり、代行者の正体しょうたいはお前だったんだな。しゅう

「……ああ、幻滅げんめつしたか?ユキ」

 仮面をはずし、困ったように苦笑くしょうを浮かべる秀。そんな彼に、僕は同じく困ったように苦笑を浮かべて首を横にった。もちろん、僕が秀を相手に幻滅するような事は絶対にない。絶対にだ。

 だけど、どうやら秀は其処を不安ふあんに思っていたようだ。だから、僕は真正面から秀に言った。

「あのな、お前がどう思っているのかはらないけど。あの時秀が僕に声を掛けてくれて、友達になってくれた。それだけで僕はお前に感謝かんしゃしているんだ」

「……………………」

「僕と秀、ありていに言えば友達ともだちというこの関係かんけいはどんな事があろうと決して変わらないし変えられない。たった一度の敵対てきたいくらいで何が変わるものかよ」

「……そう、か」

「ああ、そうだ」

 その言葉に、秀は心底報われたかのように笑みを浮かべた。

 僕も、笑みを浮かべた。やはり、僕と秀は何処かているところがあるんだろうと思う。そして、似ているからこそ僕と秀はちがっているんだろう。

 あくまで似ているだけ。それは決しておなじにはならない。

 僕と秀は互いに奇妙な程に似通っているけど、だからこそ互いにことなっているんだろうと思う。限りなく似ているだけで、それは別物べつものだ。

 要するに、鏡にうつされた自分のぞうを見ているようなものか。

「……なあ、ユキ」

「何だ?」

「……お前は、俺の手伝てつだいをしてくれないか?」

「それは、どういう事だ?」

「……支上剛三。剛三さんは今、復讐ふくしゅうの為に全てを投げうつ覚悟かくごでこの異能バトルロイヤルを企画きかくしている」

 復讐。復讐だって?

「復讐って、一体誰に対してのだ?」

かみ、だよ」

「……………………⁉」

 絶句ぜっくした。まさか、この現代において神というが出てくるとは思わなかった。

 だけど、或いはその神こそが……

 いや、でも……

「俺は、お前とは敵対てきたいしたくない。だから、どうか俺と一緒いっしょに剛三さんの復讐を手伝って欲しいんだ」

「……お前は、どうして支上剛三の復讐を?」

「俺は、剛三さんに返しきれないおんがあるんだ。だからこそ、俺はその恩を返す為にこうして代行者として此処ここに立っている」

「そう、か……」

 そう、か……

 僕はうなずいた。きっと、こいつにはこいつなりの苦悩や苦痛があったのだろう。一般とは異なる能力ちからを持って生まれたが故に、その能力に振り回されて生きてきたという事なのか。それは、まだ分からないけど。

 けど、きっと彼には彼なりの戦う理由わけがあったのだろうと思う。

 けど、それでも。それでも僕は―――

「でも、ごめん。僕はお前を手伝う事は出来できない」

「そう、か。それは剛三さんのむすめの為か?」

「ああ、僕はあいつと一緒にこの異能バトルロイヤルをめると約束した。だからこの異能バトルロイヤルに加担かたんは出来ない」

「そうか。残念ざんねんだ……。だが、俺は剛三さんのためにこの異能バトルロイヤルを完遂しなくてはならない。だから」

「僕は、この異能バトルロイヤルを絶対にめる。そして、友達を絶対に連れ戻してみせる。だから」

「「此処で、喧嘩けんかをしてでもお前をき入れる‼」」

 そうして、僕と秀は高校のグラウンドで二人きりの。そして、空前絶後の友情に満ち溢れた喧嘩を始めた。

 僕自身友達の為に、絶対にける訳にはいかない。そして、きっとあいつも同じだろうと思う。だから、これは何よりも対等たいとうな喧嘩だ。

 あいつには負ける訳にはいかない理由があるのだろう。けど、それは僕だって同じだから。だから、僕だって負ける訳にはいかない。

 ———例え、この喧嘩が最初さいしょから僕の敗北まけでほぼ確定しているようなものだったとしても。それでも。

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