第6話、代行者~メッセンジャー~

 視界がくだけ散ると、其処は海岸部かいがんぶだった。詰まれた物資が少し滅茶苦茶になってしまったけど、それでも僕とアキは無事ぶじだ。劉は僕の手を握った状態で黙りこんだままに項垂れている。どうやら放心状態ほうしんじょうたいとなっているらしい。

 そんな僕達に、アキがそっとあゆみ寄ってくる。その顔には苦笑が浮かんでいた。

「大丈夫?怪我けがは……どうやら無いみたいね」

「ああ、うん。其処は大丈夫だよ。それより、こいつを……」

「それよりも気を付けた方が良いわよ。そろそろるわ」

「来る?」

 何が?と、言おうとした瞬間、強烈なプレッシャーが僕達へし寄せる。そのあまりにも強烈なプレッシャーに、思わず僕達はや汗をかいてしまう。何か、恐ろしく強大な何かが来る?

 そう思った瞬間、一人の人物がこちらへと歩いてきた。

 果たして、何と形容けいようしたものだろうか?視界しかいを確保する穴すら無い、全体が真っ白なだけの仮面かめんを被った黒装束の人物。そんな人物が、こちらへと悠然と歩いてくるのが理解出来る。ただ、それだけなのに。何故か震えが止まらない。

 果たして、こんな人物が存在していものだろうか?こんな、あまりにも強大なプレッシャーを放つ人物が。

「やはり、来たわね代行者メッセンジャー。貴方の目的は劉の粛清しゅくせいかしら?」

「……違反者いはんしゃを引き取りにきた」

 仮面のうらにボイスチェンジャーでも仕込んでいるのだろうか?その声は機械音声で男性なのか女性なのかすら分からなかった。けど。

 だけど、どうしてだろう?彼から感じるクオリアはどうしてか見覚みおぼえのあるような気がしてならなかった。本当に、気のせいかもしれないけれど。

 一瞬、彼が僕の知るあいつとかさなったのは果たして気のせいだったのか?

 だけど、だまって劉をれていかれる訳にはいかない。このまま連れていかれれば一体何をされるのか分からないからだ。

「ま、て!待ってくれっ!」

「ユキ……」

「———っ⁉」

 ———⁉

 思わず、目を大きく見開いて仮面の人物を見る。そんな、うそだろう?

 僕の事をユキと呼ぶ人物やつなんて。そんな、まさか……

「———いずれ、全てを話す時がくる。今はさよならだ」

「待っ―――‼」

 瞬間、幾本ものけんが僕の足元へ突き立った。一瞬、僕がひるんだその瞬間。

 僕のすぐ傍に仮面の人物は接近していて。鳩尾に掌底しょうていを喰らった。

「がっ⁉」

「今は、お前達と敵対てきたいする気はない。今日は違反者をき取りに来ただけだ。また何れ会う時まで、さらば」

 それだけを一方的に言うと、もはや抵抗ていこうする気力すらない劉を軽々と片手で持ち上げそのまま去っていった。

 そんな、嘘だ。あいつが……

 僕は、絶望の中鳩尾に食らった掌底のいたみにより意識を失った。

 ・・・ ・・・ ・・・

「…………此処ここ、は」

 気付けば、僕は自室で横になってねむっていた。どうやら、アキによって此処まで運ばれたらしい。僕の隣には少しだけいたましい表情をしたアキが、じっと僕の事を黙って見ているだけだった。

 どうやら少しばかり心配しんぱいを掛けたらしい。そんな彼女に、僕は何とか笑みを作って笑い掛ける。

「……無理矢理、作ったみを私に見せないで」

「…………ごめん」

 失敗した。どうやら、今の僕には上手うまく笑みを作る事すら出来ないらしい。

 少し、かなしくなってきた。そんな僕にアキはすこし真剣な目で僕を見た。

「……ユウキ、貴方。代行者の正体しょうたいを知っているわね?」

「……………………知ら―――」

「知っているわね?」

「……ああ、知っている。正直、しんじたくなかったけど。それでも僕の事をユキと呼ぶのはあいつしか居ない」

「……………………」

「    」

 僕は、その名を口にした。その瞬間、どっと何とも言えない感情おもいが僕の心に流れ出してきて。気付けば僕の頬を涙がつたっていた。

 え?あれ、どうして……

 そんな僕を、アキはそっと胸にきしめた。抱き締めて、そっと頭を撫でる。

 そんな彼女の優しさに、思わず僕の口から嗚咽おえつが漏れだす。

「もう、無理する必要は無いわ。泣きたければ存分に泣けばいい」

「っ、う……」

 もう、我慢の限界だった。気付けば、僕はアキの胸元にしがみ付いて泣いた。

 そんな僕を、アキはやさしく抱き締めてくれた。優しく抱き締めて、背中を撫でて宥めてくれた。それが、今の僕にとってとてもうれしかったから。

 だから、もう自分自身をめる事が出来なかった。

 ・・・ ・・・ ・・・

「ごめん、もうい。ありがとう……」

「もう大丈夫?」

「うん、もう大丈夫。泣いたらすっきりした……」

 そう、と言ってアキは僕をはなしてくれた。少し、気恥きはずかしい。

 でも、それでもアキは僕を優しくなだめてくれたから。嬉しかったのは事実だ。

 だから、

「ありがとう、アキ」

「うん、良いよ」

 そう言って、アキは僕に笑い掛けてくれる。

 ……やっぱり、僕はアキの事が大好きなんだろう。鼓動がねた。

 けど、やっぱり……

 やっぱり、僕はアキに心の中であやまっておく。ごめんなさいと。

 やっぱり、一度あいつとはなしておく必要があるだろう。

 その過程かていで、もしかしたら僕が死ぬ事になるかもしれないけれど。それでも僕はあいつと話しておく必要ひつようがある。

 あいつと、海老原秀と……

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