第5話、初戦闘

 劉が僕に向かって炎をはなってきた。瞬間温度週百度にも達するであろう猛火もうかが津波の如く僕へと襲い掛かってくる。けど、僕はそれを横へ回避かいひする事で何とか避ける事に成功した。

 だけど、それで終わりではない。続いて炎の塊が流星群りゅうせいぐんの如く空から降り注いで襲撃してくる。それを、僕はギリギリの所で何とかかわしてゆく。

 続いて劉は炎を収束しゅうそくさせた超巨大なやいばを生み出し、横に一閃する。背後にも横にも避ける暇がない。なら、僕は思い切ってしゃがみ込む。

 僕の頭上を炎が通り過ぎる。少し、髪の先がげるような嫌な臭いがした。

「どうしたどうした!そんな程度か⁉その程度で俺につつもりか!」

「……っ、赤司劉!お前の本質は炎に対する畏敬いけい崇敬すうけいだ!」

「っ⁉」

 びくんっと劉の身体がふるえた。僕は、戦いをとおしてようやく自分の異能の本質を知る事が出来た。アキと出会い、そして襲撃しゅうげきされ。今回劉と戦う事でようやく自分の異能を知る事が出来た。

 僕の異能。それは、他者のクオリアを知覚しれる異能だ。

 それはすなわち、他者のクオリアを知る事で干渉かんしょうする事を可能とする異能だ。だからこそ僕は自分の異能を通して、劉の異能を解体かいたいする!

「お前は他者よりも炎に対する恐れや崇敬の念が強い!世界をき、全てを呑み込む炎に対して恐れると同時にあこがれの念も抱いたんだ!」

「だ、まれ……!」

「全てを焼き尽くしてうばっていく炎に対しておそれると同時、全ての理不尽を焼き払い呑み込んでゆく炎にあこがれた!それがお前のクオリアだ‼」

「止めろ!俺の心をあばくなっ‼」

 もはや精密性せいみつせいなど何処にもありはしない。ただ滅茶苦茶に放たれるだけの炎が僕やアキへと襲い来る。けど、関係かんけいない。アキはその程度の炎は簡単に切り払えるし僕だって避ける事が出来る。

 劉は錯乱して滅茶苦茶にわめきながら炎を乱発する。だが、そんな中を僕は炎をギリギリで避けながら劉へと接敵せってきする。

 そして、劉が放った炎をギリギリの所でかわしつつ彼へ手を……

 ・・・ ・・・ ・・・

 僕の視界の前では、家をつつみ込む程の猛火もうかが広がっていた。家を焼き尽くす猛火を呆然と眺める一人の少年。恐らく、おさない頃の赤司劉だろう。

「……綺麗きれい

 幼い劉は、家をき尽くす炎を見て呆然とつぶやく。

 彼の手には、いまだ炎がくすぶっている。そんな彼を、周囲の人達は恐れを抱いているのだろう。恐怖きょうふに引き攣った表情かおで誰もが見ていた。そんな光景を、僕はただ俯瞰的に眺めている。

 ああ、そうか。これは彼の心象風景。クオリアのっこだ。

 幼い頃、彼は両親から虐待ぎゃくたいを受けていた。酒浸りになる父親と、新興宗教にのめり込む母親。そんな両親から虐待を受ける毎日。

 お前のせいだ。全て、お前が悪い。そう言い聞かせるように罵倒ばとうされる日々。

 そんな日々にわりが来たのは、彼がまだ十歳になったばかりの頃だった。

 家を焼き尽くす猛火。それは、ある日突然目覚めた劉の異能の暴走ぼうそうだ。ついに包丁まで取り出してきた母親から身をまもる為、彼の自己防衛本能がはたらいたのだろう。

 或いは、何時かこんな日常まいにちを焼き尽くしてくれる何かを彼自身が望んでいた結果だったのかもしれない。ともかく、彼の両親は家を焼き尽くすほむらと共に全て呑み込まれて焼き払われた。

 以後、彼の心の奥底にはこの日の炎が深くきざみ込まれる事となる。世界を焼き尽くす炎のクオリア。それが、彼の根源こんげんだろう。

 燃え盛る炎に包まれた家。それを呆然とながめる劉に、僕は話し掛けた。

「なあ、君は。劉は異能バトルロイヤルで何をねがうつもりだったんだ?お前がどうしてもかなえたかった願いって一体なんだ?」

「俺の、願い。それは……世界にはびこるありとあらゆる理不尽りふじんを俺がこの手で焼き払う事。この手で、全ての理不尽を焼き払いたい」

「……ちがうな。多分だけど、お前の心にはこの日の記憶きおくがずっと残っていた筈。この日両親を自身の手で焼き払った。その時に何か後悔こうかいを残した筈だ」

「……………………」

 ああ、なるほど?そういう事か……

 僕は、ようやく理解りかいしてきた。

「此処は僕の推測すいそくだけど、赤司劉。お前は最後まで両親とかり合えなかったことを後悔していたんじゃないか?どうして父親が酒浸りになってしまったのか。どうして母親が新興宗教にのめり込むようになったのか」

「……………………ああ」

「……両親おや自分じぶんの事も分かって欲しかった。自分も両親の事を何一つ分かってやれなかったから。だからこそ、お前は後悔こうかいしているんだろう?」

「……ああ、あああ。あああああああああああああっ!」

 失ってしまった命は二度とよみがえらない。犯してしまったつみは消えてはくれない。

 過去は二度ともどっては来ない。時間は回帰かいきしない。だからこそ、命は何よりも尊いし死はおもたいんだ。

 それを理解しないまま、全てをき払ってしまった。だからこそ、彼は全てを焼き払う炎に憧れると同時に何よりも恐れたんだろう?

「だから、今度こそ失敗しっぱいしない為にも。つぐなっていこう。僕も少しくらいなら君を手伝うからさ。生きて、必死に生きて償っていこう」

「ああ、あああああああ!ああああああああああああっ!」

 僕が彼に手をし伸べると、彼はその手をにぎり締めて大声を上げて泣き叫んだ。

 彼の心象風景が、全てを焼き払う炎が、くだけ散った。

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