第1話、異能バトルロイヤル?

 夜のアメノトリフネは海風うみかぜもあってとてもえ込む。だが、夜の散歩は僕にとってはもはや日課となっているから。街灯にらされた街中をのんびり歩いてゆく。

 そんな夜風の中、今日はどうにも不穏ふおんな空気が混じっているのを感じた。今日はなんだか少しばかりおかしな雰囲気ふんいきだ。何処か、不穏な気配?

 特異体質もあって、そういう空気には少しばかり敏感びんかんだったりする。今日の空気は何だかぴりぴりと張り詰めていて、何処かいやな空気だった。そんな空気の中、僕は街中を歩いてゆく。

 そして、不意にかどを曲がった時。僕の視界一杯にあかが飛び込んできた。

「…………え?」

 鮮烈せんれつな赤だった。どろっとした、血の赤だ。だが、落ち着け。その赤は僕の特異体質が見せるイメージでしかない。血の赤なんて何処にもいじゃないか。それより今は他の事に集中すべきだ。

 そう、今此処には他に集中しゅうちゅうすべき事がある。何で、血の赤なんてイメージが視界一杯に広がったのか?その原因げんいんが、今目の前にあった。

 一振りの日本刀。それをたずさえた少女が居た。恐ろしくつめたく、そして鋼の刃の如き鋭い殺気を放つ少女。その少女を、僕はっていた。

 今日の午前頃、学校の始業式で見かけたあの少女だ。あの時もそうだ、あの少女の周りだけ血の赤で満たされた世界がひろがっていた。

 恐るべき殺意。れるだけで切れそうな、剣呑けんのんな世界が広がっている。

 そう、そうだ。今、僕はこの少女に視認しにんされている。

 あの剣呑な殺意の全てを向けられている。その表情かおは美しいと形容出来る程に綺麗な笑みを象っている。だが、どうしてだろうか?何故なぜ、僕はこんなにも身体が震えるのだろうか?

 ああ、そうだ。僕は今、彼女の事をこわいと思っているんだ。人は、こうまで鋭く研ぎ澄まされた殺気さっきを放つ事が出来るのか。

 そう思うと、僕は震えがまらなくなった。

 瞬間、少女の身体がゆらりとれた。来る‼

「うおっ⁉」

 僕は、考えるより前にび退いた。一瞬だった、一瞬のだけで彼女は距離を詰めて僕へと切り掛かってきた。とても人間ヒトが出せる身体能力ではない。明らかに常識外の身体能力の高さだった。

 そんな僕の反応に、少女は少しだけ興味きょうみを持ったようだ。少しだけその口の端が吊り上がり獰猛どうもうな笑みを象る。

「へえ?貴方、とても面白い異能いのうを持っているのね。私の初撃しょげきを躱したのは貴方が初めてよ」

「……それは光栄こうえいだね。けど、どうして僕を殺そうとするんだ?僕って、こう見えて誰かに恨まれるようなおぼえはないけど」

 こわがられた事は山ほどあるけどね……

「あら?もしかして、異能バトルロイヤルについて何もらないのかしら」

 異能、バトルロイヤル……?

 聞き覚えの無い言葉に、僕は思わず怪訝けげんな表情をする。だが、その間も少女の猛攻は止まらない。振るわれる日本刀を紙一重でけてゆく。

 別に、僕は身体能力が其処までたかい訳ではない。これも僕の特異体質があっての事だった。僕の特異体質は、簡単に言えば他人の見ている世界セカイを視認すること。

 つまり、他者の視界を他者の視点で見る事だ。それはうらを返せば、他人が何を考えているのか?何をするつもりなのか?またはどういう価値観かちかんを有しているのか?

 そんな事を理解りかい出来てしまうのが僕の特異体質だ。

 それ故に、僕は他人の行動を先読みする事が出来る。他人ヒトが動き出す前に、その兆候を見抜いて先に動く事が出来るのだ。

 そんな事を言えば、やれチートだズルいとか言われそうだが。実際の所はそうでもなかったりする。例え、相手の動きを先読さきよみしたとしても身体能力は至って平凡な男子高校生のものなのだ。はっきり言って限界げんかいもある。

 そして、そんな特異体質を以ってしても彼女の猛攻もうこうを紙一重で躱す事しか出来ないでいるのだ。それ程に、彼女の一撃は重く鋭く、そしてはやい。

 そして、彼女の言う異能だけではない。恐らくだが、彼女自身の戦闘センスもずば抜けて高いのだろう。先程から僕の先読みがどんどんと読み返されてやぶられてゆくのが分かる。次々と、先読みが破られてゆく。

 まずい、このままでは僕がぬ。

「う、うわああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ‼‼」

 気付けば、僕は一目散に彼女からげていた。彼女へ背を向けながら、脱兎の如く逃げ去っている。

 そんな僕に、彼女はすこしだけきょとんとした顔をしていた。

 そんな彼女の様子の変化を見る事なく、僕はそのまま逃げ出していった。

 ・・・ ・・・ ・・・

「……はぁっ、はぁっ…………っ」

 気付けば、僕は人工島のはしにある海岸部まで来ていた。物陰ものかげに隠れて、息を殺して身をひそめている。

 これからどうすれば良い?どうしてこうなった?異能バトルロイヤルって何だ?

 分からない。何も分からない。どうすれば良い?

 様々な思考しこうが、頭を過っては駆け抜けてゆく。駄目だ、思考が上手く纏まらないしどうすれば良いのか全く分からない。んだ。

 僕は、このまま死ぬのだろうか?そんな事が、頭の片隅によぎった。

 どうして、こんな事に?思えば、僕はこんな特異体質のお陰でずっと孤独だ。

 特異体質のためか、他人の想いやかんがえを理解する事は出来た。だが、それはあくまで一方通行でしかない。たして、誰か僕の事を理解してくれた人が居たか?少しでも僕の想いをんでくれた者が居ただろうか?

「……ああ、どうしてこうも―――孤独こどくだ」

 気付けば、僕の頬を涙がつたっていた。幼少期から、ずっとだ。周囲から異物のように見られて。両親からすらこわがられて。

 どうして、僕はこんなにも孤独なんだろうか?

「さて、一体何処にるのかしら?そろそろ探すのもきてきたのだけど」

「———っ⁉」

 気付けば、少女はすぐそばにまで来ていた。その表情は薄っすらとみを浮かべているのが分かる。どうやら、りのつもりらしい。

 僕はこのまま、黙って狩られるだけなのだろうか?大人しく狩られてゆくのが筋なのだろうか?分からないけど、それだけは嫌だと心の奥がげていた。

 ああ、それだけは嫌だ。どうしても嫌だと……

「う、うう……あああああああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁっ‼‼」

「っ⁉」

 気付けば、僕は少女に向かって飛び出していた。少女は咄嗟とっさに日本刀を構え、僕に向かって切り掛かる。だが、それよりも僕が少しばかり早い。

 それに、僕には特異体質がある。少女の思考のこりを見抜いて動きを先読みする事が出来るから。

 そのまま、僕は少女に組み付いて地面に一緒にころがった。

 ……

「……一体、どういうつもりかしら?」

 気付けば、僕は少女にき付く形で地面に転がっていた。少女のっていた日本刀は少し離れた場所に転がっている。僕は、少女の身体からだを強く抱き締める事で少女が日本刀を取れないよう拘束こうそくしているつもりだ。

 だけど、或いは。いや、本当は……

「どういうつもり、か。一体どういうつもりだろうな?」

「ふざけているのかしら?そのつもりなら、私はこのまま貴方を殺すわよ?」

 殺す。そんな言葉が容易く出てくる少女の精神性メンタルに、思わず僕は反発心が生まれてきたようだった。

 ああ、どうして僕はこうも心の奥がざわつくのだろうか?

 どうして、こんなにも涙がにじむのだろうか?分からない。分からないけど。

「分からない。分からないよ。けど、こうせずにはいられないんだ。君の心には血の赤しか見えなかった。君の気配には死の気配しか感じなかった。けど」

「…………」

「どこか、君の心はさみしかった。それだけは分かったから。だからっ!」

「……そう」

「?」

 少しだけ、彼女が薄っすらとやわらかく微笑んだような気がした。思わず、僕は少しだけ力をゆるめてしまう。その瞬間、

「いい加減、私をはなせ変態野郎!」

 そんな言葉と同時どうじに僕の額に彼女の額がぶつかった。僕の視界に僅かに火花が散ったような感覚と共に。僕の意識はそのまま暗闇の中へとみ込まれてゆき。

 やがてそのまま意識が暗転あんてんした。

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