俺は死神を説得して死の運命から逃れてやる!

夢神 蒼茫

俺は死神を説得して死の運命から逃れてやる!

「ゴホッ、ゴホッ! い、妹よ、どうやら俺はここまでのようだ。死病を患い、先立つ俺を許してくれ」



 呼吸も荒く、顔を紅潮させる男がそう言った。


 ベッドの上に横たわり、実際今にも死にそうなほどに苦しんでいた。


 だが、妹は容赦しない。濡らした手拭いを程々の勢いで投げ付け、横たわる兄を蔑むかのごとく冷たい視線で見下ろした。



「なぁ~に言ってんのよ、このバカ兄は。“風邪”くらいで気分出してんじゃないわよ!」



「いやしかし、風邪は万病のもとと言って、そこから別の病気を併発してだな」



「バカ兄の場合、“厨二病”をどうにかしなさい!」



 病人が寝込んでいるのだというのに、妹はそのベッドの足を蹴飛ばし、ガタリと揺らした。



「まったく……。毎度毎度さぁ、妙な妄想膨らませて、アホみたいな会話に付き合わされる家族の身にもなってほしいわよ!」



「おかげで、作家としては売れっ子だぞ」



「商品として売りに出されている加工された文章と、毎日聞かされる空想癖の戯言ざれごとを同列で語るな!」



 妹は再びベッドに蹴りを入れ、もう知らないと言わんばかりにきびすを返した。



「だが、妹よ、安心するがいい。もうすぐ死神がここに来る」



「そのまま連れてってと頼むわ、死神さんに」



「ひどくなぁ~い!? だが、問題ない。俺は死神を説得し、死の運命から逃れてみせる!」



 臆面もなくそう言い放てる度胸と厚顔さは称賛に値するが、生まれてこの方、これと毎日付き合わされてきた身としては、本気でどうにかならないのかと思う妹であった。



「あのさぁ、バカ兄、一日五分でいいから、真面目に生きてよ。地頭じあたまはいいんだし、もうちっと協調と平和に頭を使ってくれたら、個性的な天才で通るのにさ。私に言わせりゃ、妄想こじらせてるマジモンのバカよ」



「フッ、真の天才とは、凡人には理解できぬものだ。……クッ、おのれ死神め、気配をビンビン感じるぞ」



「いよいよ熱が頭の中枢を焦がし始めたわね。それに死神は身構えている時には来ないから、バカ兄には縁遠い存在よ」



「そう油断させておいて、いきなり背後からサクッと魂を抜き取るのが、死神という存在だ。やらせはせん、やらせはせんぞぉぉぉ!」



「あ~、はいはい。一晩寝て、さっさと頭冷やしなさい」



 いよいよ相手しきれなくなった妹は、荒々しく扉を開け閉めして、部屋を出て行った。


 一人取り残された男は、さっさと寝て回復しようと思い、電灯をリモコンで消した。



「フハハハハハ! 死神よ、来るなら来い! 俺は死の運命から逃れてみせるぞ!」



 暗い部屋の中に響き渡る男の声であるが、当然ながら反応はない。


 虚しさだけが残る暗闇に包まれ、さてもう寝るかと、男は目を瞑った。



(……ん?)



 目を瞑り、少し時間が経ったとき、男は体に違和感を感じた。


 寝つきは良い方なのだが、どうにも眠気が湧いてこない。それどころか、息苦しささえ感じていた。



(この感覚は……、風邪でどうこうというわけではない。……うん? これはどうしたことか、体が動かぬではないか!?)



 感覚はあるのに、指一本動かない。足をバタつかせようとしても、ピクリとも反応しない。


 当然、体を起こす事も叶わない。



(こ、これは金縛りってやつか!? クッ……、お、おのれ、“死神”め、現れやがったな!)



 気合を入れてカッと目を見開くと、“それ”はいた。


 全身を覆う漆黒のローブ、フードや袖から覗かせる姿は骨、骨、骨。


 分かりやすいくらいのイメージが固着した“死神”であった。



「おいおい、どこが身構えてたら来ないだよ、愚妹め……。バッチリ来てんじゃね~か、死神が! しかも正座!」



 そう、死神は横になっている男の上、ちょうど腹の辺りで正座しており、そこから見下ろす格好で視線を合わせていた。


 なお、顔は髑髏であるので、実際に視線が合っているのかどうか、疑わしくはあったが。



「死神が来たって事は、もうすぐ俺の命は尽きるってことか!?」



「いかにもその通りや。まあ、ご愁傷様やな」



「ノリの軽い死神だな、おい。しかも上方かみかたの訛りを交えながら」



 実際、口調は軽く、とても死を司る神とは思えぬほどに明るかった。



「まあ、あれや。お前さんはもうすぐ死ぬ。明日の朝日を拝めんっちゅ~話や」



「あ、やっぱりそうなのか」



「せやかて、心配する事ないで。ワテはお前さん方が表現するところの死神ってやつや。主神デウスにお仕えする農夫でな。魂を迷うことなく葬送するのが仕事なんや」



「地獄行き? 天国行き?」



「それは知らん。死者の魂を刈り取って、それを送り届けるのが仕事なんや。そこから先は別件や。ただ、死神に送り届けられず、彷徨った挙げ句に冥府魔道に堕ちてまう魂もあるんや。水先案内人が付いてるのは、逆に幸運やで」



「笑わせるな!」



 男は動かぬ体のまま死神を睨み付けた。



「俺は天才だ! 断言できる!」



「せやな。死神と相対して、物怖じせずに堂々としていられるんは、ある意味で才能や」



「俺は切れ者、弁が立つ!」



「お前さんの妹に言わせれば、屁理屈の類やろうけどな」



「フンッ! 高尚な言葉や哲学は、愚妹には理解できぬと言う事よ!」



「本人が聞いたら、病態お構いなしにかかと落としが飛んできそうやな」



「……ハッ! 俺の死因はまさか!?」



「あ~、ちゃうちゃう。妹が原因やない」



 死神は首を横に振り、妹が死因でないことを告げた。


 なお、正座の姿勢は一切崩さない。



「では、なんだと?」



「それは言えん。先の事は主神デウスだけが知っているんやが、ワテら死神はお仕事前に回収する魂のあらましを教えてもらえる。ん~やが、それを相手に告げることは禁則事項や。死の運命から逃れるのに、死神自身が手を貸すことになるからやな。送り届ける魂を捨てるに等しい行動やから、当然アウトやで」



「ならば、自力で抗うのみだ!」



 死んでたまるか。やりたい事がまだまだある。見苦しかろうが生き延びてやるぞと、男は意気込んだ。


 そんな男を見下ろしながら、死神はため息を吐いた。ような気がした。



「無駄や~。死の運命から逃れた人間なんぞ、世界が始まってから一人もおらん」



「ならば、俺がその一人目になってやる!」



「生者の帰着するところは死、これは絶対に動かせん。死は万人に平等や。どこの時代、どこの国、そんなもん関係ないで。死は誰にでもやって来るもんや。違いがあるとすれば、遅いか早いかだけや」



「知った事か、この邪神めが! 生者の権利を奪い、むさぼり、愉悦に浸るなど悪魔の類だ!」



「悪魔やのうて、農夫なんやがな~」



「誰が刈り取られてやるものか! 生こそは万人に与えられし権利である! それを不当に奪おうなど、断じて認めん! 許せん! 断固拒絶する、お前を!」



 ここでまた死神がため息を吐いた。ような気がした。



「たまぁ~におるんよな、こういう手合い。みっともなく足掻くより、大人しく“その時”が来るのを待てばこっちも楽やのに。命は有限、人生と言う道はどこかで果てが見えてくるもんや。永遠に照り続ける蝋燭なんてのは、この世にはないんやで?」



「黙れ! 不当に生の権利を奪い、魂を貪り食う存在など、誰が受け入れるか!」



「いや、だから農夫……」



「俺は断固として死を拒絶し、生を邁進まいしんする! 文句があるなら説き伏せてみせろよ、死神さんよ~。できないとか言わないよな? 納得しない魂を引っぺがして持って行くなんざ、農夫じゃなくて泥棒だっての、この野郎バカ野郎!」



「生を邁進する言うても、今夜限りの命やで」



「それを断固拒否すると言っているのだ! 私はやりたい事がある、知りたい事がある!」



「知識欲や好奇心は、翼も寿命も与えてくれへんで。人間、どこ行くにも二本の足。翼が生えるのは、あの世へ旅立つ時だけや。要は諦めが肝心や」



「諦めたらそこで人生終了じゃねえか! 私はどこまでも生きて、どこまでも追い求める!」



 どうにも面倒な仕事に当たってしまったと、死神は今まで以上に深くため息を吐き出した。ような気がした。



「追い求めるのはかまへんが、時間は有限やで。仮に永遠に歩む時間を与えられたとしてもや、永遠の果てには何もないんやで」



「なぜそう言い切れる!?」



「永遠の先に行った奴なんぞ、誰もおらんからや。確認できないんなら、それは“無”と同義や。歩むんやのうて、流された方がマシってもんや」



「なんと怠惰な! 仮にもその存在に“神”を内包する存在が、諦観に浸るとは!」



「そりゃそうや。限りの無い歩みは、不死の存在と言えども無常なもんや。人間の感覚で言えば、“怖い”とでも評するべきか。永遠とはそういうもんや」



「永遠など恐れるに足らず! その先に答えがあるならば、永遠の果てまで歩み続けるまでよ!」



「そんなものはないって言ってるやろがい。んなら、ちと試させてやるわ」



 すると、今度は男の枕元に別の死神が現れた。姿形は最初の死神と同じであるが、枕元に立って見下ろしている格好だ。



「クッ! 一人では天才相手に手に負えぬからと、友軍に援兵を頼むか! 正々堂々の一騎打ちはどうした、一号!?」



「一騎打ちも何も、一切の約束しとらんのやがな。あと、一号ってなんなんや?」



「最初に現れたから一号! 分かりやすいだろうが! そして、腑抜けの名前でもある! 仮にも神を名乗る者が、人間ごときに手を焼き、助けを呼ぶとか恥ずかしくないんですかね~?」



 露骨なほどの挑発ではあるが、死神一号は動じる気配を見せない。


 そんな中、死神二号がヌッと顔を男に近付けた。



「一号に代わり、二号が相手か!? いいぞ、かかって来い! 相手になってやる!」



「……What?」 

(なんだ?)



「……ん?」



「I can't speak Japanese. I am sorry.」

(日本語は分からん。すまんな)



 普段、聞き慣れない言葉。だが、意味は分かるし、その言葉の正体も男は知っている。


 そう、死神二号が話す言葉は“英語”だ。



「こらぁ! 俺様を論破できないからって、英語で喋って、けむに巻く気か!?」



「Shut up!」

(黙っとれい!)



「二号、てめぇ! 今、絶対、日本語理解してただろう!?」



「What are you talking about?」

(何の話をしているんだか?)



「白々しいにも程があんだろ、二号ぅぅぅ!」



 神と名のつく存在が、あまりにも情けなく、狡い手段に訴えかけてきた。


 だが、それが逆に男の闘志に火を着けた。



「そっちがその気なら、こっちにだって考えがあるぞ!」



「Fight?」

(やんのか?)



「ああ、そうだ。やる気なんだよ!」



 男は覗き込むように見下ろす二号に、眉を吊り上げて睨み返した。

 


「English is understandable! Come on, refute it!」

(英語は理解してんだよ! さあ、論破してみせろよ!)



「Oh……」

(おぉ……)



 二号は困惑した。ように見えた。


 なにしろ、こちらも顔は髑髏である。表情は分からないが、明らかに引いている感じが男には伝わっていた。


 だが、人間ごときにやり込められる死神ではなかった。


 “また”枕元に別の死神がやって来たのだ。



「クソ! また助っ人のおかわりかよ!? 一つ倒せば、次が来る! 畑で兵が取れるロシアか、ここは!? 東部戦線には行きたくないでござる!」



「No. Sono italiano」

(いいや。私はイタリアンだ)



「三号はイタリーかよ!? 全ての道はローマに通ず! 抜かりはないわ!」



 男は現れた死神三号も睨み返した。



「Dai, confutalo!」

(さあ、論破してみせろよ!)



「Dici sul serio……」

(マジかよ……)



「Bene est si Latine!」

(なんなら、ラテン語でもいいぞ!)



「Oh……」

(おぉ……)

 


 これもダメかと判断したのか、さらに追加でまたまた死神が現れた。


 急に呼び出されたのか、落ち着きなくキョロキョロ視線を泳がせる四号であった。



「解釋情況!」

(誰か状況を説明してくれ!)



「你的工作就是反駁我!」

(俺を論破するのがお仕事だ!)



「我不明白!」

(訳が分からんぞ!)



「吵! 趕緊反駁!」

(うるさい! 早く論破しろよ!)



 これでもダメだった。男は勝ち誇ったように、あらゆる言語で言い続けた。



「俺を論破できる者はいるかぁぁぁ!?」



 こうなると、死神達も下がれない。


 たった一人の人間の魂を回収するのに、相手の口車に乗ってしまったがためのカオスな状況だ。


 論破の言葉を持たないが故のゴリ押しだが、世界を崩壊させないためにはやむを得ないのだ。


 なにしろ、死神達の目の前にいる男は、じきに死ぬことになっている。主神デウスが定めた完全無欠の摂理であり、これが覆るような事があってはならない。


 次の朝日を拝む機会が無いと言った手間、夜の間に魂を回収してしまわねばならない。


 だが、“自称・天才”のこの男に隙はなかった。



「おらぁ! 論破してみせろよ、死神さん達よぉぉぉ!」



「次! 次ぃ! 次ぃぃぃい!」



 一号もムキになり、次から次へと同僚を呼び寄せる始末だ。


 その都度、返り討ちにあっているわけだが。



「甜面醤! 豆板醤! XО醤! これから喋るは、アゼルバイジャ~ン!」



「これもいけんのかよ……」



「うるせえぞ、一号! 敗北者はすっこんでろ!」



 完全に男のペースに呑まれ、現れては引き下がる、情けない死神が列を成し、いつしかそれは群となり、部屋を覆いつくすほどに揃ってしまった。


 ちなみに、同じ姿の死神が雁首揃えているのに、一号だと認識できているのは、一号が男の腹の上で未だに正座しているからだ。


 しかし、それは突如としてやって来た。


 所詮、この場はただのありきたりな寝室である。広さにして六畳程度の部屋だ。


 無限の広がりがあるわけのないその空間、収容限界というものがある。


 それが極限にまで達した。一部屋に死神が集まり過ぎたのだ。



「お、おのれぇ、死神め! この天才を論破できぬからと、この空間を“死”で覆いつくし、私を“窒息死”させる気か!?」



「そなら人間、最後に呼んだ死神の問いかけに応えてみせぇ~や」



「は、反則だ……。いくら何でも“サキャパ”はないわ~」



「それをサキャパと認識できただけでも大したもんや」



「せめて“パスパ”で……」



「そっちやったらいけたんか。お前、やっぱ天才やな」



「お、おのれぇ……」



 時すでに遅し。その部屋は“死”で満たされていた。


 死に抗った反動で却って死を呼び寄せ、それが男の首に手をかけたのだ。


 息苦しく、呼吸もままならぬまま、男は思わぬ形で命を落とした。


 ちなみに、死因は“窒息死”である。目に見えない何かに押し潰され、息もできず、そして、無数の死神が見守る中、運命に絡み取られた。


 男の体から魂が抜け落ち、一号はそれを丁寧に掴んで懐にしまい込んだ。



「ほな、皆さん方、援護感謝するで。まさか主神デウスの仰られた、『回収対象の死因は“窒息死”』ってこういう意味やったとは驚きやったが、無事回収できたわ」



 笑っているのかどうか定かではないが、一号は満足そうであった。魂の回収を行うのが死神の仕事であり、無事に仕事をやり遂げたのだと喜んだのだ。


 無理に呼び出された同僚の中には、少々不貞腐れている者もいるが、だからと言って怒る気にも慣れなかった。


 部屋の中にすし詰め状態の死神に、主神デウスが定めた男の運命は“窒息死”。これすら懐の内だと分かってしまえば、ここで一号に怒鳴るのははばかられた。


 それは主神デウスに異議申し立てするに等しい行為なのだ。


 それならばヨシ、というのが死神達の共通する心情であった。



「「「じゃ~な~、今度奢れよ~」」」



 そう言って、部屋に充満していた“死神達”がサッと消えていった。


 残ったのは一号と、なぜか二号であった。



「やれやれ、どうにか終わったな。こんなに手こずったのは久しぶりやで」



「Absolutely. Rather than saying, because you have abandoned the argument」

(そうだな。と言うより、お前が論破を放棄したからだぞ)



「だって、面倒臭かったんや。って、もうイングリッシュは必要ないで」



 英語で話していたのも、当然ながら小芝居である。他の言語でもそうだ。


 次々と死神を呼び寄せ、その都度喋る言語を変えていたに過ぎない。


 いずれ“弾切れ”になると踏んでいたのだが、それが思ったよりも長引いただけであった。



「フン! この男も頭のいいバカだな。“死”はいつの時代、どこの国にも存在するのだ。時間と空間の概念を飛び越える“死”を、人間の浅知恵で凌ごうなど、おこがましいにも程がある」



「まあ、そう言うたるな。生にしがみ付くのは、生きている証。生きている内はどれだけ足掻こうとも、当人の自由や」



「もう死んだがな」



「しかし、ただの人間が死神と相対して、いい勝負(?)をしたんや。案外、主神デウスに気に入られて、仕官の口を用意されるかもしれんぞ」



「だったら、死神にはなって欲しくはないな。どっか別の部署に配属を願いたいものだ」



「すべては主神デウスの御心のままにってな」



「それより、お前、私も含めて、呼び出した死神全員にちゃんと奢れよ。去年は無休で、一年ぶっ通しだったんだからな! 三百六十五連勤!」



「こっちもや。生ある者が死なない日があるわけないわ。数が多すぎて、サビ残も当たり前の状態や」



「てか、死神になってから、休暇を取った記憶ないな」



「それな! いったどこまでも“死”は続くんや~?」



「世界が終わるその時までかな」



 誰も彼もが踊り続け、俳優が一人もいなくなるまで続く“死”の舞踏会。世界はそんな劇場だ。


 裏方しにがみもまた、そんな舞台劇の見えざる配剤に過ぎない。


 そう自覚すればこそ、死神もまた働くのであった。



「ほな、魂を届けてくるわ」



「私はこのまま次の回収に向かう」



「おう、お疲れやで~」



 そして、一号と二号は消えた。


 残されたのは、文字通り魂の抜けた男の死体だけだ。

 

その男の顔は、どういうわけか満ち足りているかのように笑っていた。



                    ***



 翌朝、男の死体は起こしに来た妹によって発見された。


 死因は“窒息死”。喉に痰などが詰まり、眠りの内に窒息したのだろうというのが検死結果だ。


 妹も夜半まで、何やら訳の分からない言語で叫んでいる兄を壁越しに感じていたので、“悪夢”にでもうなされて叫び続けて喉を潰したのだろうと納得しつつ、なんて兄らしい馬鹿げた死に方だと頭を抱えた。


 なお、記憶する限りの兄の名言(妄言)をまとめ、一冊の本『バカ兄の言語録』として売りに出したところ、ベストセラーになった。売れっ子作家の突然死と言う話題性もあって、売れに売れたのだ。


 これには流石に妹も苦笑いであった。


「あの世で死神さんに迷惑かけてなきゃいいけどね。バカ兄は永遠の先まで突っ走っていきそうだし」



 妹はただただ兄の冥福を祈るだけであった。ちょっと豪華なお供え物を墓前に沿えながら、墓石に刻まれた墓碑銘を指でなぞった。


 兄がかつて語った言葉をそのままに。



“好奇心は足取りを軽くし、口を雄弁にさせる。されど、求めすぎると足元を掬われ、口を紡ぐ結果になるものだ” 



                  ~ 終 ~

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