第16話 異世界少女、高校へ行く③
「みんな、おつかれさまっ」
少し遅れて中瀬と出て来た赤坂先輩は、少し大きめの水筒を手にしていた。
「せんぱい、それってもしかして」
「今日も作って来ちゃった。みんなの分のはちみつレモン」
「ありがとうございます! ボクと空也は、最後のラジオ以来かな」
「瑠依子先輩の手作り、おいしいんだよねぇ」
「松浜くんと中瀬さんの分もあるからね。はいっ、ルティさんも」
「わ、
「もちろんですよっ」
呼ばれてきょとんとしながらも、ルティは赤坂先輩から紙コップを受け取ってはちみつレモンを注いでもらっていた。
「今日は見学に同行させてもらったんですから、そのお礼です」
「じゃあ、あたしは来てくれたお礼ってことでクッキーを」
「ボクは、いい歌を聴かせてくれたお礼ということでキャラメルをひとつ」
「私は遊んでくれたので、とっておきのチョコレートを」
「俺からは、のどのケア用にのど飴だな」
「えっ、えっと」
続いて有楽と七海先輩、そして中瀬と俺からそれぞれいろんなものをもらって困惑するルティ。まるで近所のおばちゃんたちからお菓子をもらってる子供のような……いや、これを言ったらみんなに叩かれそうだから、黙っておこう。
「うーん。じゃあ、僕は……ちょっと味気ないかもしれないけど」
そう言って空也先輩が持って来たのは本の束だった。
「スタジオから見てたら、ルティくんが熱心に聴いてくれたみたいだからね。よかったら、これをもらってくれないかな」
「これは、何なのだ?」
「『ダル・セーニョ』、全12話分の台本だよ」
空也先輩には、ルティの表情がそう見えたのか。でも、実際は怖がっていたんじゃないのかな。
「いいのか……じゃない。よろしいのですか?」
「うんっ。もし、よかったら」
「それでは、ありがたくちょうだいいたします」
「えっ」
ルティはみんなから受け取っていたものを一旦椅子に置くと、一礼して空也先輩からしっかりと台本を受け取って、大事そうに抱えた。
「ルティ、大丈夫なのか?」
「大丈夫だとも。カナとナナミの演技はとても怖かったが、お互いの感情のぶつけ合いに聴き入ったのも確かだ」
よく見てみると、ルティの足からはさっきの震えが消えて表情にも余裕が生まれていた。
「それに、せっかくクウヤ殿から頂けたのだ。これをもとに、日本語の読み書きを勉強してみたい」
「あれっ、もしかして」
「うむ。日本語は、聞くことと喋ることしかできない」
苦笑いして、あとは察してくれというような表情を浮かべる。もしかして、チビ妖精がルティに渡せたのってあくまでも「聞いた」情報だけなのか?
「これも出会えた縁。クウヤ殿、まことにありがとうございます」
「ううん。喜んでもらえれば、こっちとしてもうれしいよ」
「あと、不躾ながらひとつうかがいたいのですが……クウヤ殿は、なぜこの物語を書いたのですか?」
「んー……なぜ、かぁ」
ルティの問いに、空也先輩の細い目が視線を宙にさまよわせる。いつも余裕な先輩からは、なかなか見られない表情だ。
「ルティくんは、どうしてそう思ったのかな?」
「この物語は、決して楽しき物語というわけでなさそうです。それでも、娯楽が多き〈らじお〉において、どうしてこの物語を考案したのかと」
「そういうことか」
そして、納得がいったように空也先輩にいつもの笑みが戻る。
「はっきりと言えば、勝負をしたかったからだね」
「勝負……とは、何とでしょうか」
「去年の僕と姉さんは、学校を舞台にしたコミカルなラジオドラマをやってたんだ。姉さんが脚本で、ボクがその補佐をして。その時まだ1年生だった松浜くんと海晴くんは脚本も演じるのも苦手だって言ってたから、今年もボクたちがラジオドラマをやることが決まっていた」
「そうしたら、去年の夏休みに神奈君がここに入りたいってやってきた。まだなりたてとはいえ、本職の声優が来るんだったら『来年はもっと違うことをやりたい』と思うようになってきてね」
自然と空也先輩に寄り添っていた七海先輩も、空也先輩の言葉を補うように口を開いた。
「それで、去年ボツにしたネタの中から『命』をテーマにしたこの作品を拾って、妻のリューナと夫のウィルの物語に、ウィルの妹・エリシアを加えてみた。ふたりだけだとどうしても悲劇だけだったのが、エリシアを加えたら『クローン人間は本当に人を幸せにできるのか』っていう違う見方が増えたんだ」
「ルティ君が言うように、この作品は娯楽向けじゃない。それでもボクたちが『命』っていう前とは全然違う命題を演じて、どこまで聴いてくれる人たちを惹き込むことが出来るか、みんなで勝負してみたくなった」
「最初それを聞いたとき、ほんとにびっくりしましたよ。ずっとコメディかなーって思ってましたから」
「この物語は、神奈くんを驚かせるためにも用意したんだから当然だよ」
苦笑いする有楽を煽るように、空也先輩は楽しげに笑う。入学式の次の日に早速やってきた有楽に『これをやることになったから』って台本を渡して、読んだ有楽の目を白黒させてたもんな。
「で、最後に佐助くんと海晴くんにも協力をとりつけて勝負開始ってわけ」
「いや、あれ事後承諾っすよね。『やることになったからよろしく』って」
「私は『海晴くんの腕の見せ所だよ』っていきなり言われました」
「そうだったっけ?」
俺と中瀬とふたりしてため息はついてみせたものの、桜木ブラザーズがどんな物語を作るかが楽しみだった俺は当時、この二人に正直に『楽しみです』って言いたくなかったのもあって、嫌々ながらも受けたように見せかけたんだった。
あははーと笑う空也先輩には、見透かされているかもしれないけどさ。
「なるほど、聴く者たちに勝負を仕掛けたかったということですか」
「そういうこと。たまたま聴いてくれた人にもこれまでのリスナーさんにも、別のラジオをやってる他校にもね」
「ボクは、先生方がいつかまた怒鳴り込んでくるんじゃないかって楽しみにしてるよ」
「この後はクローンを作ったり、成功したと思ったらだんだん――」
「先輩、ネタバレネタバレっ!」
「おっと」
「????」
やばいことを言いかけた空也先輩を止めてはみたものの、実際これからが本番なんだよなぁ……ルティ、本当に最後まで読むことが出来るんだろうか。あと、先生たちも上辺だけじゃなく物語の本質を理解してくれますように。
「まあ、あとは台本を読んでみてのお楽しみってことで」
「わかりました。しっかり勉強して、じっくり読ませて頂きます。なので――」
ルティはそう言うと、少し顔を紅くしながら手にしていた台本のうち、一番上の一冊目を空也先輩へ差し出して見せた。
「もしよろしかったら、クウヤ殿のお名前を表紙へ一筆頂けないでしょうか」
「へっ?」
「有名な方や力のある方には〈さいん〉を頂くのだと、サスケの家で知りました」
「えっ、ええっ!?」
「おや、空也が驚くとは珍しい」
あー、そういえば昨日の朝、赤坂先輩がうちで支払いをするときに壁のサインに興味をもってたっけ。しかし、これはまた珍しいものを見たもんだ。
「超レアですよ、超レア」
「明日はきっと雪ですね。5月ですけど確定です」
「1年のときの空也くん、こんな感じだったわねー」
「ちょっとみんな、からかわないでよ!」
「クウヤ殿、お願いします!」
「ああもう、わかったから! サインするからっ!」
いつもの余裕の表情はどこへやら、空也先輩は困ったように苦笑しながら台本を受け取って、胸ポケットからペンを取り出した。
まあ、結局恥ずかしがった空也先輩に
「本当に、俺たちもサインしていいのか?」
「うむ。皆の名がここあるのがうれしいのだ」
レンディアールへ戻るのは、もうちょっとだけ先のこと。
――ここでの思い出の品に、なってくれればいいな。
みんなのサインが書かれた台本を大事そうに抱えるルティを見ていたら、ふとそんな想いが浮かんでいた。
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