第17話 異世界少女、初出演!①

「「若葉南高校放送部プレゼンツ!」」

「松浜佐助と!」

「有楽神奈の!」

「「『ボクらはラジオで好き放題!』しゅっちょーばーん!!」」


 いつもの「わかばシティFM」の駅前スタジオに響く、いつもの陽気な声。

 赤坂先輩の計らいでいつものオープニングBGMを流しながら、俺と有楽でちょっと変則的なタイトルコールを叫ぶ。今日は珍しく、みんながモニターヘッドホンを着けていた。


「みなさんこんにちは。某ラジオ局アナのボンクラ息子、松浜佐助と」

「心はいつでも背水の陣! 声優のヒヨコ、有楽神奈です!」

「今回は『ボクらはラジオで好き放題!』出張版と題しまして、レギュラー放送とは別枠で番組を録ってみることにしました」

「番組枠は1時間っ! 今日はせんぱいたちといろいろしゃべっちゃいますよ!」


 いつも通りのハイテンションでいて、いつもとはかなり違う収録。収録時間も多くなってるし、それどころか電波でもネットでも流すつもりはまったくない。

 そして、一番の違いは――


「それではゲストをお呼びしましょう。『レンディアール』という異世界の国からやってきた女の子、エルティシア・ライナ=ディ・レンドさんです!」

「うむっ。我こそが、エルティシア・ライナ=ディ・レンドである!」


 俺たちの番組に、ルティがゲストで来ているってことだ。


「今日は異世界から来たルティちゃんをお迎えして、ルティちゃんのことやレンディアールのこと、そして日本に滞在してみてどう感じたかを聞いてみたいと思います!」

「我が答えられることであれば、なんでも答えてみせよう!」


 俺らのハイテンションにつられてか、それともマイクの前に座っているからか、ルティもテンション全開で有楽の言葉に応える。

 それだけ、今日の企画を楽しみにしていたんだろう。


 *  *  *


 さて、何故ルティがわかばシティFMのスタジオに入っているのか。

 昨日の夜――学校でラジオドラマを収録したあとにまで、話はさかのぼる。


「お手数かけてすいません、先輩」

「いいのいいの。どのみち、明日はバックアップで局にいる予定だったから」


 帰りの電車にガタゴト揺られながら、つり革に掴まっていた俺は隣り合った赤坂先輩へ頭を下げた。それをいつもの笑顔で受け止めてくれるのが、申し訳ないけどちょっとうれしかったりもする。


「じゃあ、明日のお昼1時に局に集合で、2時から収録っと。生放送のときと同じ構成で収録すればいいのよね」

「はい。ドラマのほうは今回のOKテイクの時間を仮乗せすればいいと思うんで、差し引いてその時間を収録すればいいかなと」

「実質、収録は17分ぐらいかな」

「終わってからの受けコメントもあるんで、そのままラジオドラマを流してもらえるとありがたいです」

「わかったわ」


 バッグからスマートフォンを取り出した先輩は、片手ですいすいとスケジュール管理アプリに入力していった。


「けど、本当にいいんですか? 俺たちがスタジオを借りちゃって」

「明日はお昼もリネージュ若葉からだし、スタジオを使うのは朝だけだもの。局長も、わたしがついているならいいって」

「そいつはありがたいっす」

「何か起きない限りは6時まで大丈夫だから、焦らずやりましょうね」

「はいっ」


 有楽がオーディションに出るからと、俺たちの番組の事前収録が必要になったのは日曜日のこと。

 それを聞いた先輩がわかばシティFMの局長さんたちに掛け合った結果、火曜日――5月3日の昼から夕方であればとスタジオの使用許可が下りた。

 いつものレギュラー番組は、ゴールデンウィークの特別編成で市内にある大型ショッピングセンターからの生放送。そのおかげで、放送事故でも起きない限り気兼ねなくスタジオを使わせてもらえるってわけだ。


「それと、ルティさんの見学もいいって」

「許可が出たんですか」

「わたしが番組で触れたのと、昨日の山木さんとの印象がよかったのが大きかったみたい。あとは……『今どき小さい子がラジオに興味を持つのは珍しい』って」

「あー」


 ふたりして苦笑いしながら、帰宅ラッシュのせいで少し離れたところにいたルティと赤坂のほうを向く。ルティは窓の外を流れていく夜景を見ていて、有楽は何かをたずねられては楽しそうに答えているみたいだ。


「でも、ラジオ作りを間近で見てもらうにはいい機会でしょ」

「ですね。ルティは、もう見学のことは知っているんですか?」

「南高へ行く支度をしているときに電話が来たから、すぐに話したらもう大喜びで」

「そりゃそうでしょうね」


 こと、ラジオが関わると大きく食いついてくるルティがスタジオに入れるなんて知ったら、そりゃもうはしゃぐに決まってる。

 その様子を想像していたら、ふとひとつの考えが頭の中に浮かんだ。


「たぶん、収録時間ってかなり余りますよね」

「そうね。そのぶん、局内の見学とかスタジオの説明を考えてるけど」

「だったら、ルティに収録体験をさせてみたらどうです?」

「収録体験……ああ、事前実習みたいに?」

「はい」


 俺と有楽の『ボクらはラジオで好き放題!』を含む若葉市内の高校生が担当している番組は、担当前の4月前半に必ずわかばシティFMのスタジオで30分の収録実習が行われる。

 もし可能なら、そのスタイルでルティに収録を体験させてやりたい。


「それ、いいわね。実際に体験してもらうにはちょうどいいかも」

「放送には、さすがにのせられないでしょうけど」

「そこはほら、USBメモリにとっておいて、あとでわたしたちの記念品に」

「記念品か。それもいいっすね」


 先輩がかばんから取り出したUSBメモリを見て、その手があったかと思い至る。

 俺と有楽も持っているこのUSBメモリには、さっきのルティの歌声が録音されていた。俺たちが帰る前に、中瀬がこっそりコピーしておいてくれたものだ。


「さすがに上の人からの許可は必要だと思うから、明日かけあってみるわね」

「よろしくお願いします。ルティには、許可がおりてから話しましょう」

「ええ」


 相変わらず仲睦まじいルティと有楽を見てから、俺と先輩は顔を見合わせて笑い合った。やっぱり、先輩も俺と有楽と同じようにルティには大甘らしい。

 もし許可が下りなくても、南高で部活ってことにして放送室で収録するか、最悪父さんが持っている機材を借りて、家で収録させてもらえばいい。どっちにせよ、ルティにはこの休みの間にラジオを体感して欲しかった。

 きっとそれは、ルティが俺たちといっしょにいたっていう証しになるはずだから。


 *  *  *


 そして、今日。午前中に無事許可をもらえたってことで、ルティがスタジオのマイクの前に座っている。有楽は暴走を防ぐために俺の隣に座らせて、赤坂先輩は機材をスライドさせてルティの隣に座っていた。


「それじゃあ最初のコーナーは、『ルティちゃんにいろいろ聞いてみよう』!」


 オープニングといつもの提供クレジット、CMを流し終えてすぐの有楽のタイトルコールは、先輩の操作で豪華なエコーつき。それに続いて、ギターとフルートによる可愛らしいBGMが流れ始める。


「このコーナーではそのタイトル通り、ルティさんことエルティシア・ライナ=ディ・レンドさんから、事前に聞いたプロフィールをもとにいろいろと質問していきたいと思います」

「うむ、いつでもよいぞ」

「まず最初は、ルティさんのプロフィール紹介ですね。有楽、よろしく」

「はいはーいっ」


 隣の有楽が、台本とは分けられたホチキス綴じの資料をごそっと手にして視線を落とす。


「エルティシア・ライナ=ディ・レンドさん、通称ルティさんは、この地球とは異なる世界にある『レンディアール』っていう国の出身。地球の12ヶ月と同じように12個のこよみがあって、こっちの7月にあたる『水暦すいれき』に15歳になるそうです。とってもかわいい女の子なんですよー、ブログに載せたいくらい!」

「有楽、主観ダダ漏れだぞ」

「実際かわいいんですもん」

「確かにかわいいがな」

「か、カナもサスケもかわいいかわいいって言うなっ」

「またまたぁ。ルティちゃんったら照れちゃって」

「ううっ」


 あーあー、ルティのやつったら顔を真っ赤にして。しかし、ここは俺もネタにさせてもらおう。


「こんな感じでかわいいって言われることが苦手なルティさんですが、有楽は構わずにかわいいかわいいって言い放ってるわけです」

「人聞きが悪いこと言わないでくださいっ! 自分の気持ちにウソがつけないだけですー!」

「……サスケよ、カナの勢いがいつも以上だとは思わぬか」

「大好きなラジオと大好きなルティが合わさって、制御出来ないんだろうな」

「ずーるーいーっ! ふたりとも顔をつきあわせてずるいですっ!」

「おわっ!?」


 有楽のやつ、俺のジャケットの裾を掴んで強制着席させやがった! 本当に、めっちゃパワーアップしてやがる……


「続いて行きますね。ルティちゃんが日本に来たきっかけは、賊に襲われた最中に友達が助けてくれたら若葉市に落ちたとのこと。ファンタジーでは定番のオチ物ってやつですねー」

「お、オチモノ……?」

「確か、アニメやマンガでよくある『異世界から来た女の子は空から落ちてくる』っていうネタだっけか」

「そうですそうです。あたしたちアニメ・マンガ好きにとってはあこがれのシチュエーションなんですよ。それを経験した子が、まさか目の前にいるなんて!」

「有楽、ハウス」

「もぎゃっ!?」


 さっきの仕返しとばかりに、ルティへのほうへ身を乗り出した有楽の顔をクリアファイルで押し戻してやる。


「せ、声優が出しちゃいけない声が出ました……」

「自業自得だ」


 赤坂先輩からも「静まって」っていうジェスチャーが出てるんだから、抑えろっての。


「あこがれと言われてもだな……我にとっては、恥ずかしいことこのうえないのだが」

「実際災難でしかないですからね。そもそも、どうして賊なんかに?」

「住まいを移してから数日経っていたのだが、少し離れたところで住民とは違う者どもと出会ってな。我を見た一部の者が、突然捕まえようとしてきたのだ」

「で、追い掛けられたと。その人たちとは、何か話したりしたんですか?」

「全く。ただ、我を見ただけでだぞ」

「うわー、ゲスい。でも、それだったら街へ逃げ込めばよかったんじゃ」

「ですよね。レンディアールって、治安が悪いの?」

「そのようなことはない。中央都市は平穏そのものだし、主要都市でも大きな事件は聞いたことがなかった。だが――」


 そこまで言ったところで、ルティがほんの少し目を伏せる。


「足を踏み入れたのは国境に接した場所であったから、何者かが潜んでいたのかもしれぬ」

「辺境までは目が行き届きにくいってことかぁ」

「うむ。あと、街へ逃げ込めばとのことだが……その、とにかく逃げたくて、ピピナに『どこか遠くへ』と願ってしまったら〈ワカバ市〉の上に来てしまったのだ」

「遠くにも程があるだろ……」

「でも、確かに『違う世界』なら遠くだよね」

「うむ。遠すぎではあるが、おかげで賊から確実に逃げられた。奴らの馬でも、ここには来られまい」

「馬まで使うって、本気も本気じゃねーか」


 おっと、いかん。思わず素に戻っちまった。しかし、そうなるくらい酷い話だ。


「そういえば、レンディアールのインフラ――えっと、情報網とか交通網ってどうなっているの?」

「主に馬だな。我が国は農耕と畜産が活発だから、物流の兼ね合いもあって馬が多い。情報の伝達には、専用の厩舎で生育された早馬が用いられている」

「妖精とか精霊さんがいるみたいですけど、そっちにはお願いしないんですか」

「精霊と我々は古来より友誼を結んでいて、互いを使役するようなことはしない決まりになっているのだ」

「そのわりには、ピピナ……えっと、ルティの妖精って、自分で『守護妖精』って言ってますよね」

「あれは……自称というか、なんというか」

「じ、自称って」

「何故か、我が生まれた時からそう自認していたらしい。他の姉様や兄様にも友の妖精がいるように、我もピピナのことは友だと思っているのだが」

「ルティちゃん、ピピナちゃんのことが大好きだもんね」

「うむっ、大好きだとも」


 にっこりと笑いながら、ルティがそばに置いていた空色のポシェットをそっと撫でた。今日もまた、チビ妖精は先輩の家で引きこもり中らしい。


「ではでは、次の項目。ルティちゃんの身長は146センチで、体重は43キロ。スリーサイズはななじゅ――あ、ここはヒミツかな」

「当然だろうが! つーか、なんで知ってる!?」

「妹の服を借りるときに必要だからですよ。ついでに、あたしは身長157センチで体重52キロ。スリーサイズは上から85-61-83です」

「お前はなんで自分からバラすかなぁ!?」

「別に減るものじゃないですし――」


 というか、胸を張って言うな! 強調されてるから!


「あ、体重が減ったらみんな減るか」

「お願いだから、恥じらいぐらい持とうよ……」

「声優の先輩方には、恥を切り売りしている人だっていますよ」

「その前に女子高生! キミはまだ16歳!」

「あの、ルイコ嬢。〈すりぃさいず〉とはなんなのですか?」

「え、えーっと……」


 ほらっ、スタッフなはずの赤坂先輩にまで飛び火してるし! 困ってるじゃねえかもう……


「男の子には秘密の、女の子の大事な数字……かな?」

「???」

「スリーサイズってのはねー」

「あっ、こらっ」


 有楽のヤツ、素早く席を離れてルティのそばに行きやがった。しかも、そのまま耳にくちびるを近づけて、


「――と、――と、――の――」

「なっ!?」


 言い終わった瞬間、ルティの顔が真っ赤になってるじゃねぇか!


「だ、ダメだっ! 我の貧相な体を数字で表すなっ!」

「だから言わなかったよ?」

「言いかけたではないか! というか、そなたのその数字は何なのだ! 我と歳がひとつしか違わぬのに、それなのか!?」

「んー、家系? お母さんも妹たちもみんなこんな感じだし」

「か、家系だと……母様も、姉様方もほとんど同じな我は……」

「気にしない気にしない。あたしはそんなルティちゃんが好きだよ!」

「神奈ちゃん?」

「ひっ」

「そろそろ、落ち着こうね?」

「は、はいぃっ!」


 ルティには見えないように、先輩が俺たちのほう――特に、有楽のほうを向いて満面の笑顔を向けてきた。これ、カミナリが落ちる直前のサインだ……


「そ、それでは次に行きましょう! 次は、次は……はいはい、好きな食べ物ですね」


 有楽から資料を奪い取って、強引にコーナーを進める。こうでもしないと、脱線してばかりで話題が止まったままだからな……

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