第13話 異世界少女、スタジアムで叫ぶ②
そのままおしゃべりを続けながら、さっき座っていたスタンドの席に戻る。全席自由だから席が決められているわけじゃないけど、赤坂先輩の発案でスタンドの真ん中らへんの席で見ることになっていた。
「ところでルイコ嬢。先ほど私につけられたこれらが、〈らじお〉を聴くための機械なのですね」
「はいっ。『ポケットラジオ』って言って、さっきの山木さんのラジオを聴きたいっていう人向けに、ここのスタジアムに来た人へ無料で貸し出しているんですよ」
「ふむ……ですが、貸し出す意味がよくわかりません。見ていれば、勝っているか負けているかなどは一目瞭然ではないですか」
「まあまあ。それを聴きながら、サッカーの試合を見てみてください。もちろん、松浜くんから教えてもらったことも参考にしながらで」
「はあ」
どこか納得がいかないとばかりに、中途半端な返事をするルティ。仕方なさそうにイヤホンを入れ直したのを見て、俺も左耳にイヤホンを入れるのと同時に右耳へホイッスルの音が飛び込んできた。
『さて、いよいよキックオフです!』
続いて、山木さんの言葉と同時にセンターサークルにいたリベルテ若葉の選手がボールを蹴り出した。
『9番の藤崎から11番ズーバー、10番の中原へとフォワード陣がボールを繋げて新発山のフィールドへ切り込んでいきました。ホームの若葉は3-4-3、アウェーの新発山は4-4-2のフォーメーションでゲームに入ります』
「おお、あれがナカハラとやらか」
ドリブルしながら駆けていく背番号10の選手を追うように、ルティの顔がぐいーっと流れる。サッカーを生観戦すると、みんなこうなるよな。
『若葉7番の田村が13番森戸へ通す。さあゴール前に10番中原が走り込んでるぞっ、森戸がセンタリングを上げ――ああっ、今のは惜しいっ。オフサイドです』
しばらく試合を見ていると、ゴール前の攻防になったところで短くホイッスルが鳴った。
『毎度の解説になりますが、オフサイドというのを簡単に説明しましょう。相手陣地で、ゴールキーパー以外の選手全員よりも味方の選手が前に出てしまい、その選手にパスが通るとオフサイドという反則になってしまうのです。ただいまの場合は、若葉10番の中原が新発山3番の三嶋よりも前に出ていた状態で、若葉13番の森戸がパスを出して通ったためにオフサイドが成立しました』
「これがサスケが話していた〈おふさいど〉とやらか」
「こうして実際に見ると、少しはわかりやすいだろ」
「うむ。それに、ヒロツグ殿の実況のおかげで、こんなに遠くでも誰が誰かわかるというのも面白い」
楽しそうに笑いながら、ルティはもっと聴きたいとばかりに左耳のイヤホンをさらに押し込んだ。
その後はセンターライン近くで一進一退の攻防が続き、そのうちだんだんリベルテ側が押されてスローインやコーナーキックに逃げることが多くなってきた。なんとかミスを誘ってゴールキックを得た若葉が反撃に移ろうとした、その時だった。
「よしっ、〈ごぉる〉前はがらあきだぞっ!」
『さあ若葉の9番フォワード、藤崎がセンターラインを越えてドリブル--おおっとここで後ろから
「なぬっ!?」
インヴィクタスの外国人選手が奪ったボールが、大きく弧を描いてセンターラインを越え、フィールドの反対側を走っている選手へときれいに渡っていく。
『そのままボールをワンタッチで7番の高遠へと繋げて若葉側へ切り込んでいきます。非常にスピーディーな守備と攻撃の連携、去年N4で上位入りを果たした連携は今年も健在です』
「くうっ、負けるなっ! 行けっ!」
そのまま背番号7の選手がリベルテ陣の中へ切り込んで、進路を塞がれると近くの選手へと短いパスをまわし始めた。
『リベルテ若葉のディフェンス陣も対応はしているのですが、細かいパスワークに翻弄されている模様。ペナルティエリア付近では若葉のディフェンス3番倉本が対応……あっと抜けたボールに新発山11番が飛び込んでシュート!』
「ああっ!」
ルティが声を上げたのと同時に、インヴィクタスの選手が思いっきり蹴った球は飛びついたキーパーの手をすり抜けて、リベルテのゴールに突き刺さる!
『はいったぁぁぁぁぁッ! 一閃ッ! 入ってしまいましたッ! 柏原のシュートで新発山先制ッ! 0対1ッ!』
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うっわー……今のはお見事だわ」
リベルテの守備がもたつく隙を突いた華麗なゴールに、俺もただため息をつくしかない。
ゴール裏も、リベルテ側はサポーターが選手へ叱咤激励を飛ばしているのに対して、インヴィクタス側はお祭り騒ぎでゴールを祝っていたりと対照的。両方ともN1やN2のサポーターよりずっと少ない規模だけど、スタジアムに響く声は直接でも、イヤホン越しでもかなり迫力があった。
『新発山のエース、フォワード柏原は今季9試合目にして7得点! 両手を広げてテクニカルエリア、監督のところへと駆け寄ります! 相手ながら天晴れと言う他ありません! 先の試合で出場停止を受けた守備陣のエース・上原がいない若葉守備陣は、新発山の攻撃陣に大きく翻弄されています!』
「うぬぬぬぬぬぬ……」
「ル、ルティ?」
悔しそうに、でも怒りをこらえるかのようにルティが震える。
「サスケっ」
「な、なんだよ」
「我も応援するっ」
「はい?」
「我も、〈りべるて〉を応援するっ!」
そこからは、あっという間だった。
『若葉の9番藤崎が新発山ゴール前へ駆け込む! あっと、倒れました! 倒れましたがファウルはありません! そのまま新発山の選手が前方へクリア!』
「おかしいぞっ、今のは反則ではないのかっ!」
『ペナルティエリアのわずかに右斜め前、絶妙な位置でのフリーキックです。新発山13番のジェフリーが蹴るようで――おっと横にいた3番三嶋が素早くシュートっ! あぁぁぁぁ間一髪! 間一髪です! 若葉のゴールキーパー川岸がファインセーブ! 右上に吸い込まれそうになったボールを指先で弾き出しましたっ!』
「よくやったぞカワギシぃっ!!」
『さあチャンスだ! 若葉の10番中原が新発山守備陣を振り切ってシュート! あぁぁぁぁボールは上空へ! ゴールバーのはるか上へと飛んで行ってしまいました!』
「的外れなところへ射てどうする!」
フィールドでの攻防を見て、そして山木さんの実況を聴いて、ルティが一喜一憂する。ハーフタイムになっても俺と先輩にサッカーのことを尋ねたり、山木さんによるリベルテ若葉の歴史講座に聴き入ったりと満喫していて、さっきのタオルマフラーのおじさんと意気投合までするようになっていた。
だけど、試合はリベルテに決め手が無いまま後半ロスタイムへ。リベルテの選手のシュートをインヴィクタスのゴールキーパーが弾いて、コーナーキックになったところでほとんど全員の選手がゴール前に集まってきた。
『おそらくこれがラストワンプレーになるでしょう。ここまでファーストステージ2勝1分5敗、16チーム中13位と低迷しているリベルテ若葉、最低でも勝ち点1はもぎ取りたいところです』
「〈らすとわんぷれー〉とは、これが最後の攻防になるということか?」
「そうだな。ゴールになっても防がれても、ホイッスルが鳴って試合終了になると思う」
「むぅ……」
さっきまで思いっきりはしゃいでいたルティは、祈るように両手を組みながらゴール前へと視線を移した。
『コーナーにいる若葉のディフェンダー、4番の大原がボールを置いて大きく下がります。残りのフィールドプレーヤーもゴールキーパーの川岸も全員、全員がペナルティエリアの中と周辺で大原のボールを今か今かと待ち望んでいる状態……』
「行けっ……」
『さあホイッスルが鳴った! 大原がクロスを上げる! 川岸が飛び込む!』
「行けぇっ!」
『ヘッドォ!』
大原のボールに合わせたのは、リベルテのゴールキーパーでチーム一背が高い川岸。その頭に当たったボールは、ゴール中央から飛びついた相手キーパーの手に届くことなくゴールエリアの右隅へと落ちていった!
『ゴォォォォォォォォォォォル!! 決まったぁっ! キーパーの川岸が頭で右隅へねじ込んでゴールッ!』
「すげえっ!」
『素晴らしい! 昨年のエリアチャンピオンズリーグ決勝を思い出す、値千金の実に素晴らしいゴールでしたッ!』
「やったぁぁぁっ!」
あまりの出来事に腰を浮かすと、隣のルティも両腕を挙げてぴょんぴょん飛び跳ねだした。
そして、次の瞬間。
「サスケ、やったぞっ!」
「おっ、おいルティっ!」
そのまま俺に飛びついてきて、力いっぱいぎゅうっと抱きしめてくる。
「やったぞ! 〈りべるて〉が追いついたぞっ!」
「わ、わかったから! わかったからっ!」
「ルイコ嬢っ、追いつきました! 追いつきましたっ!」
「今の、すごかったですねっ!」
「はいっ!」
続いて、反対側の赤坂先輩にもぎゅうっと抱きつく。ルティのやつ、リベルテが勝って本当にうれしいんだろうけど……その……女の子って、とってもふわふわしてるんだな。
身体に残るぬくもりと柔らかさを感じながら、俺はそんなどうしようもないことを振り返っていた。
「ふうっ」
「楽しかったか?」
「うむ、とても楽しかった」
俺の問いかけに、ルティが満足そうに答える。
試合が終わって、山木さんへのあいさつも済ませた後。俺たちはスタジアムを出て、シャトルバス乗り場へとのんびり歩いていた。
「松浜くんも、楽しかった?」
「はいっ。リベルテの試合をこうして生で見るのは初めてでしたし、試合も面白かったし……あと、面白い人にも会えたんで」
そんな俺とルティ、そして赤坂先輩の肩には、緑地にリベルテ若葉のエンブレムが描かれたタオルマフラーがかかっていた。
「社長殿か。確かに面白い方であった」
「まさか、社長さんが客席にいるなんて思いませんでしたね」
山木さんへのあいさつに、何故かルティと意気投合したタオルマフラーのおじさんがついてきたと思ったら、実はリベルテ若葉の社長さんだったなんて誰が思うよ。しかも、見込みがあるとか言われて、開幕戦に配ったらしいタオルマフラーまでもらっちゃったし。
「社長殿がヒロツグ殿に礼へ行った気持ち、よくわかります。本日のヒロツグ殿の実況はまことに楽しきものでした」
「確かに、説明とかも親切で面白かったな」
「うむっ。また、ルイコ嬢が仰っていたこともわかりました。競技を知らぬ者でも楽しめるよう、ヒロツグ殿は努力しているのですね」
「ええ。会場で見られない人にもですけど、会場に来た人であまりサッカーを見たことがない人にもわかりやすいよう実況しているそうです」
「だから、〈ぽけっとらじお〉の貸し出しもしていたと……うむ、実に慧眼です」
うんうんとうなずいて、納得するルティ。スタジアム用のポケットラジオを返す際、ちょっと名残惜しそうにしていたのは、見ていた俺と先輩だけの秘密だ。
「しかし、意外だったよ」
「何がだ?」
「山木さんと話してた、ルティの印象に残った実況がさ」
「ああ、あの実況か」
それは、放送時間があと少しになった時のこと。
『どうにか、どうにか試合終了直前に勝ち点1をもぎ取ったリベルテ若葉。選手たちの笑顔は今、すっかり引き締まったものに変わっています。初のN4で連勝してからというもの、引き分けに続いて5連敗からまた引き分けというのは厳しい状況に変わりはないでしょう。なにより、フォワード陣が4戦連続無得点というのはあまりにも寂しすぎます! 次戦での奮起に、是非とも期待しましょう!』
締めくくりに山木さんが喋ったのは、現在のチームの厳しい状況を再確認したもの。決して耳障りがいいとは言えないこの厳しい言葉が、ルティには強く印象に残ったらしい。
「我も驚いたのだ。好きであるものに、ああまで厳しい言葉を並べられるのが。褒めたり慰めたりでなく、厳しくあろうとするのはそう簡単ではあるまい」
「実際、ファンの目線からしたら勝っていない状況なのは変わらないからな。変に取り繕ったところでごまかしにしかならないし、好きだからこそ厳しく言うしかなかったんだと思う」
「うむ。『好きな〈ちぃむ〉の実況は難しい』と仰っていたが、まさにそのことであろうな」
「チームへの愛ゆえに、ってところか」
「愛ゆえに、か」
いい言葉だ、とくすっと笑ったルティは、
「だからこそ、それだけ力のこもった実況ができるのかもしれぬな。あのような方がおられるというのも、実に面白い」
楽しむようにそう続けて、スタジアムのほうに振り返った。さっきまでの熱気は嘘みたいに消えて、今はただ公園でサッカーをする子供たちのはしゃぎ声が響いている。
「我も、たくさんの人へ言葉を伝えられるようになりたいものだ」
どんな顔で、ルティがその言葉を口にしたのかはわからない。
でも、その声はとても穏やかで。
「今日が、我の第一歩」
振り返った表情は、希望に満ちあふれていた。
「帰ろうか。サスケ、ルイコ嬢」
「そうだな」
「はいっ」
先に歩き出したルティの歩幅に、俺と先輩がすぐに追いつく。
広い公園の道路を、ゆっくりとまた歩き出した俺たちは――
「ふふっ」
笑顔のルティを真ん中にして、自然と3人で手を繋いでいた。
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