第11話 ラジ学事始②

「んんっ……で、先輩たちはこれからどこかに行くんですか?」


 このままだとペースを握られそうなんで、すっかりお出掛けモードな3人へと話を振った。


「今日は〈さっかぁ〉の試合とやらを見に行くらしいぞ」

「サッカーか」

「ほら、今日はリベルテの試合があるでしょ」

「あー、日曜日ですもんね」


 話題を変えたところで出て来たのは、案外身近なサッカーの話題。先輩たちは若葉市をホームタウンにしているN4リーグ――全日本サッカーチャンピオンズリーグ4部の所属チーム「リベルテ若葉」の公式戦を見に行くらしい。

 ホームスタジアムは市内の少し外れにある陸上競技場。駅前まで行けばシャトルバスも出てるし、手伝いが終わればあとはフリーだし……よし。


「だったら、俺も行こうかな」

「松浜くんは高校生だから、無料で入れるわね」

「サスケも〈さっかぁ〉が何たるかを知っているのか」

「日本というか、この世界中で有名で球技のひとつだよ。一個の球をお互いの陣地に蹴り合って、網の中に入れて得点を競うんだ」

「網に、球を?」

「うーん、ざっと言うとだな」


 ルティの疑問に応えるべく、つまようじ入れから一本のつまようじを取り出してテーブルの真ん中に置く。そこから離すかたちで半分に切った紙ナプキンを小さく四角に折って、対称的に置けば即席のフィールド図の出来上がりだ。


「この真ん中を境に、まず向かい合う形で11人ずつ選手がいる。その真ん中に一個の球を置いて、合図があったら、自分がいるところとは反対側の陣地にあるこの網へボールを蹴り入れるわけだ」

「ほほう。レンディアールにも似た球技があるが、ここでは蹴るのか」

「ルティさんのところにも、似たスポーツがあるんですね」

「はい。『リベッキ』と言ってな、藁を編んだ球を紐付きの網でくるんで、振り回すようにして仲間へと投げ渡して相手の的へと当てるのです」

「それはそれで見てみたいな」

「なかなか迫力があっていいぞ。いつか、皆にも見てほしいな」


 そのリベッキとかいう球技を思い浮かべているのか、ルティが笑いながら右手の手首をくるくると回す。

 実際、スポーツはまず直接見るのに限る。いくら言葉で表現しようったって、ちゃんと見ないと想像もつかないからな。


「3人とも、楽しんで来てくださいね~」


 と、有楽がひらひらと手を振って意外なことを言い出した。


「有楽は行かないのか?」

「午後から事務所でオーディション台本の受け取りがあるんです。今朝、マネージャーさんから電話があって」

「そっか。チャンス、しっかりと掴み取ってこいよ」

「ありがとうございます。ただ……すいません、再来週の日曜日がオーディションだから、来週の『ボクラジ』は収録でお願いできますか?」

「もちろん。その分、オーディションで頑張ってくれればいいさ」

「ありがとうございますっ」


 ぺこりと頭を下げて、有楽がほうっとひと息つく。

 放送部に入るとき、仕事のほうが優先っていう約束を事務所と交わしたんだから、それを邪魔することはない。むしろ、いろんな経験を積んでいく有楽と組んでラジオが出来るのは、相方として万々歳だ。


「しかし、ルティ大好きなお前には名残惜しいだろ」

「そういう気持ちもありますけど、お仕事も大事じゃないですか。それに、明日のラジオドラマの収録にルティちゃんが立ち会ってくれるから平気です」

「なぬ?」


 こいつ今、大事なことをさらっと言いやがったな?


「ちょっと待て、収録に立ち会うだと?」

「はいっ」

「まさか、勝手にルティを連れて行くつもりじゃ」

「まさかぁ。桜木ブラザーズから、今朝ちゃんと許可をもらいました」

「もうOKもらったのかよ」

「はいっ。ルティちゃんには、目いっぱいあたしの演技を見てもらいますよ!」

「そ、そうか」

「えっと……だめ、か?」

「あ、いや、そういうわけじゃない。そういうわけじゃないんだ」


 しゅんとするルティに否定してはみたけど、第1回以上にハードになっていく物語をルティに聴かせて本当に大丈夫なんだろうか。昨日有楽が即興でやったのをちょっと見せただけで、すごくビビってたってのに。


「その収録って明日よね。わたしも講義が無いから、いっしょに行こうかしら」

「もちろんっ! 瑠依子せんぱいもウェルカムですよっ!」

「はいっ、共に参りましょう!」

「ぜひぜひ! 部員総出で歓迎します!」


 先輩、ナイスフォローです! 


「ありがとう。実は、昨日のドラマを聴いてたら待ち遠しくなっちゃって」

「えっ」


 って、ちょっ、せ、せんぱい?


「よかったぁ、瑠依子せんぱいにそう言ってもらえて」

「我も、カナがどう演じるかが実に楽しみだ」

「……えーと」

「よーしっ、がんばらなくっちゃ!」


 まさか、先輩がそっちの方向へ行くとは……こうなったら、俺がなんとか防波堤になろう。


「お待たせしました。……あら佐助、たそがれちゃってどうしたのよ」

「なんでもねえっすよ」

「だらしないわね。まあ佐助はほっといて、お待たせしました。ミニパスタサラダのモーニングセットです」


 たそがれてる俺を放ったらかしにして、母さんは3人の前に料理が載ったトレイをテーブルに置いていった。


「おおっ、なんと色鮮やかな」

「なんだかヘルシーな感じですね」

「さっぱりしているから、朝食べるのにちょうどいいの」


 みんなが言うとおり、このセットは「見た目の鮮やかさ」「ヘルシーさ」「さっぱり感」を売りにしたメニューだ。野菜中心のサラダパスタにライ麦パンと、みかんのジャムがのったヨーグルトにお好みの飲み物がついて、税込み550円。ワンコインとまではいかないが、それなりにお得だと思う。


「サスケは、いっしょに食べないのか?」

「もう朝飯は済ませたんだ。カフェオレで十分」

「ならば、昼はいっしょに食べたいな」

「昼か。いいな、それ」


 そういうお願いだったら、お安い御用だ。


「スタジアムの前に屋台が出るから、そこで何か食べよう」

「屋台だとっ。どういうのがあるのだろうか……」

「みんなでいっしょにまわりましょうね」

「はいっ。カナも、今度はいっしょに食べに行くのだぞ」

「えっ、あたし?」

「うむ」


 突然話を振られてじゅるりとパスタをすすってしまった有楽に、ルティは当然だとばかりにうなずいてみせた。


「やはり、カナともいっしょに出かけたい。ここにいる間に、必ずだ」

「ルティちゃん……うんっ、今度いっしょに行こうねっ」

「ああ、約束しよう」


 ルティが力強く言えば、一瞬きょとんとした有楽が笑顔でうなずく。ついさっきまでちょっと一歩引いていたけど、ルティの言葉に引き寄せられたみたいだ。

 ……心配するまでもなかったかな。


「どうしたの? 松浜くん」

「いえ、なんでもないです」


 思わずこぼれそうになった言葉を、首を振って打ち消した。


 ルティは今、ちゃんと俺たちとここにいる。

 どこか大人びたルティも、子供っぽい面を見せるルティも、ルティはルティ。きっと、そういうことなんだろう。

 多分、今はそれでいいんだ。


 これから数日は、目いっぱいルティに付き合ってあげたい。

 そう思いながら、俺は朝食中のみんなとこれからの予定を話し合うことにした。

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