第9話 異世界少女の来訪事情②
その後もごはんを話題にしながら和やかに食べ進めて、お皿や丼にあった料理は全部きれいさっぱり俺らの腹の中へ。
パンを食べていたはずのルティはおにぎりを4個まるっと食べきったし、チビ妖精も俺ら用と同じサイズのおにぎりを2個追加で平らげやがった。
恐るべし、ハラペコ組。
「あの、食後のあいさつはどうすればいいのでしょう」
「『いただきます』の時と同じ手を合わせて、『ごちそうさま』って一礼すればいいんですよ」
「なるほど、『ごちそうさまでした』ですね」
「じゃあ、みんなでいっしょにやりましょうか」
「はいっ」
先輩の言葉にうなずいたルティは、真似をするように両手をぽんっと合わせた。箸のやりとりで、完全に先輩に懐いたらしい。
「ごちそうさまでした」
「「「ごちそうさまでした」」」
「ごちそーさまでしたですっ」
俺たちも、また先輩に合わせて食後のあいさつをする。うちは父さんの仕事の関係上、母さんとふたりで食べることが多いから、こんなににぎやかな食事は本当に久しぶり。そのおかげか、さっきのバカみたいな緊張もきれいさっぱり消えていた。
これも、みんなで楽しく食べられたおかげかな。
「先輩、今度こそ手伝います」
「そう? じゃあ、大皿とか丼を流しのたらいに置いてくれるかな」
「わかりました」
お礼を兼ねて申し出てみたら、今度は受け入れてもらえた。美味しいごはんを食べさせてもらったんだし、このくらいは手伝わないと。
「私も、手伝います」
「あっ、あたしも」
「ピピナはおはしをもっていくですよー」
「ふふっ、ありがとうございます」
続いて、有楽とルティ、それにチビ妖精も片付けを申し出る。
「わっ、お、落ちるっ」
「大丈夫だよ。ほら、こういう風に大きいのを下にして、そこから順番に小さめのを重ねていけば」
「なるほど、考え無しに重ねてはいけないのか」
取り皿を扱う手が少し危なっかしかったルティも、有楽のサポートで無事に片付け完了。みんなでやったから、あっという間に終わらせることが出来た。
「お茶を入れてくるから、リビングで待っててね。みんな、緑茶でいいかな?」
「緑茶で大丈夫っす」
「あたしもです」
「ニホンのお茶であれば、私は何でも飲んでみたいです」
「あのー、ピピナのはちょっとぬるいのでおねがいします」
「ピピナさんのはぬるめですね。わかりました」
先輩はキッチンへ向かって、俺たちはリビングへ。コの字型に並べられているソファに座ると、俺のはす向かいに有楽とルティが腰掛けた。チビ妖精もルティの膝の上に降り立って、ちょっぴりだけふくれたらしいお腹をさすっている。
「さすがにお腹も落ち着いたか」
「うむ。皆のおかげで、ひとここちつくことができた」
「それならよかった」
ソファの背もたれに寄りかかったルティが、穏やかな笑みを浮かべる。
夕方のスタジオ前で見た凛々しい表情とも、うちの店で見せた食事中の姿とも全く違うリラックスした姿が、その言葉を物語っていた。
「久方ぶりに湯浴みが出来て、サスケとルイコ嬢の家で美味しい食事も頂けた。まさか異なる世に飛んで、かような歓待を受けられるとはな」
「ルティちゃん、ずっと堂々としてたもん。あたしはそれで大丈夫だって思ったよ」
「だな。話は噛み合わないことがあっても、挙動不審じゃなかった」
「今更うろたえたところで、状況が変わることはあるまい。ならば、堂々と受けて立つしかなかろう」
「なるほどな」
穏やかな笑みは、すうっと自信に満ちたものへ。
14歳にしてこの風格とは、将来はどんな風に成長するのやら。
「そういえば、ルティはどうしてあの時スタジオの前にいたんだ?」
「〈すたじお〉とは、サスケとカナと出会ったところでいいのか?」
「ああ」
「……うーむ」
「いや、言いづらいことだったら別にいいんだけど」
「そういうわけではない。ただ、どう言えば伝わるのかと思って」
その言葉のとおり、ルティは表情を曇らせるというよりも、考え込んでいるようにため息をついてみせた。
「はいっ、お茶ですよー」
「ありがとうございます」
「まことにありがとうございます、ルイコ嬢」
リビングへ戻ってきた先輩が、テーブルの上にそっとお茶が入った湯飲みを置いていく。チビ妖精のだけは、サイズの関係かおちょこに入れられていた。
「今、何故私が皆の前に現れたのかという話をしておりました」
「えっと、ルティさんと初めて会ったときのことかしら?」
「はい」
お盆を膝に置いて俺の向かいに腰掛けた先輩へ、ルティが小さくうなずく。
「うまく伝わるかはわかりませんが……〈まんしょん〉の屋上に私たちが潜んでいたということと、この二日間何も食べていなかったというのは先ほど話したとおりです。昨日と一昨日はまだ耐えられたのですが、さすがに空腹だけはどうしようもなくなってしまい、ふらふらのピピナを残して、我が〈まんしょん〉を降りることにしました」
「あれっ、チビ妖精から生命力を分けてもらったんじゃないのか?」
「ちびよーせーゆーなです」
テーブルの上でおちょこを抱えてくぴくぴ飲んでいたチビ妖精が、不満そうに俺をにらみつけてきた。
「ピピナのぱわーはあげられても、ぺこぺこのおなかはどーしようもできないのですよ」
「多少は和らぐのだが、さすがにそれが長く続くのは辛くてな」
「なるほど、水を飲むだけじゃ満腹にならないようなもんか」
「うむ。食料を調達しようと考え、我は〈まんしょん〉を降りたのだ」
「でも、どうやって調達するつもりだったの?」
「…………」
有楽の問いかけに、ルティが声を詰まらせる。さまよっていた視線はチビ妖精に向いたり、俺たちに向いたりしてからようやくテーブルの上へと定まって、
「どうにか、出来ると思って」
「どうにかって、何も無いのに?」
「何も無いというわけではない」
顔を上げて立ち上がると、紅いブレザーのような服をハンガーから取ってソファへと戻ってきた。
「この服に縫われている宝飾品を換金すれば……多少は、どうにかなると思ったのだ」
「えっ、ちょっ、ルティさま、なにをいってるですか!?」
テーブルに広げられた服の襟元には、校章みたいに小さな金色の紋章が。そして、胸ポケットのところには青く輝く宝石のような紋章が銀色の台座に付けられていた。
「『なにかもらえるものをさがしてくる』っていってたじゃないですかっ! そんなつもりだったら、ピピナはいかせなかったですっ!」
「仕方がないだろう」
「だめですよっ! これは、ルティさまのだいじなだいじなものなのですっ! それをかんきんするなんてっ!」
「だが、あのままでは我もピピナも行き倒れだ」
「でもっ、でもー!」
さっきまでの可愛らしさや俺へ見せた悪態を全部かなぐり捨てて、チビ妖精がルティの目の前へと飛んで必死に突っかかっていった。これって……
「これは、ルティさんにとってかけがえのないものということですか?」
「そーですっ! れんもがっ」
「ピピナ、そこまで」
「むーっ! むーっ!」
先輩の問いかけに答えようとしたチビ妖精の口を塞いでまで、ルティは詳しいことを知られたくないらしい。それくらい、この紋章はふたりにとって大事なものってことか。
「ルティさん……」
「申しわけありません。私の家に関わるものということだけで、留めさせてください」
「……わかりました」
「ピピナも、相談せずに済まなかった。皆のおかげで換金せずにいられたのだから、それでよかったと思ってくれまいか」
「むぅ」
「本当に、すまない」
「……わかったです」
頭をなでられたおかげか、それとも謝られたからか、暴れるのを止めたチビ妖精がルティの手の上にへたり込む。それでもまだ納得はしていないみたいで、ただ悲しそうにルティを見上げていた。
「結局、換金所を探して歩き回っていた最中に我の空腹が限界になり、あの長椅子に座り込んでしまったのです。もしあの場でサスケとカナのにぎやかな会話や、ルイコ嬢のおだやかなおしゃべりを耳にしていなかったら、きっと今の我らはなかったでしょう」
そこまで言ったルティが、俺たちに深々と頭を下げた。
「皆、私にとっての恩人だ」
「いやいや、そんな大げさな」
「あたしたちにとっても、ルティちゃんはラジオを聴いてくれた恩人だよ」
「ええ。別の世界から来た人たちにラジオを聴いてもらえるなんて、普通は出来ない体験ですからね」
有楽と赤坂先輩の言うとおり、ルティだって俺たちにとっての恩人だ。
俺たちのラジオを聴いてくれたし、スタジオの前で俺たちのお願いに応えてくれたからこそ、こうして異世界の子と話すっていう面白い経験をさせてもらってるんだから。
「では、〈らじお〉を通じての出会いに感謝ということですね」
「おっしゃるとおりです」
「だな」
「はいっ」
ようやく顔を上げたルティに、穏やかな笑みが戻る。
少しでも、俺たちが支えになれているのであれば幸いだ。
「〈らじお〉といえば、カナは様々な場所で聴こえるようなことを言っていたな。あれはまことなのか?」
「うんっ。あ、でも、マンションだとどうなんだろう……」
「そこはご心配なく」
先輩はくすっと笑うと、ソファの後ろにある棚の上に置かれたオーディオコンポの電源を入れた。
「ちゃんと、アンテナはつけてあるの」
「わっ、きれいに聴こえるんですね」
「おお……」
スピーカーから流れてきたのは、ピアノの音色と女性のやわらかい歌声。今の時間、わかばシティFMはライブハウスの収録番組を放送しているはずだから、きっとそれが流れてるんだろう。
「カナの言うことは、まことであったのだな」
「日本とかほかの国でも、ラジオを聴くための機械が売られてるんだよ。これもそのひとつってところ」
「このようなものから聴こえるのか……不思議だ」
「魔術と機械の合わせ技、ってやつだな」
「そうなのか」
先輩の受け売りでおどけてみたけど、やっぱりルティは真に受けたらしく、コンポをじっと見つめていた。
「……いいな」
背もたれに寄りかかりながらつぶやいて、聴き入るように目を閉じる。
ピアノの音色と溶け合った歌声は、若葉市出身のインディーズアーティストのもの。わかばシティFMでも番組を持っていて、月に一度の定例ライブはこうしてライブ番組で放送されるのが恒例になっていた。
しばらく俺たちも聴き入っていると、はす向かいから規則的な息が聞こえだした。
「ルティちゃん?」
「…………」
有楽の問いかけにも、返事は穏やかな呼吸だけ。そのうち、少しずつ有楽に寄りかかったルティの頬は、こてんと肩へのっかった。
「寝ちゃいましたね……」
「いろいろあったから、きっと疲れてたんだろ」
「お風呂で温まって、お腹もいっぱいになって気が緩んだのかもしれないわね……どうしましょう」
「起こすのも悪いし、ここで寝かせてあげたほうがいいかもしれません」
幸い、ソファは眠るのに困らなさそうな柔らかさだし、春も半ばでふとんを多く掛ける必要もない。下手に動かして起こすよりも、ここで寝かせてあげた方がいいだろう。
「そうね、そのほうがいいわね」
「じゃあ……よいしょっと」
寄りかかられていた有楽がルティをソファに優しく寝かせて、赤坂先輩が自分の部屋から持って来たタオルケットと毛布をそっと掛ける。寝顔はとても穏やかで、小さな呼吸といっしょに小さな肩が上下に揺れていた。
「今日は、これでお開きかな」
「仕方ないですね」
「俺も、お茶を飲んだら家に戻ります」
先輩の言葉に、俺と有楽も応じる。あと何日かは休みなんだし、ルティにはまた会えば――
「あの」
声がしたほうを向くと、チビ妖精が羽をはばたかせて俺たちの目の前にふわりと浮いていた。
「ピピナがこんなことゆーのはへんかもしれませんけど……きょうは、ありがとうございました」
神妙な顔つきで深々とおじぎをする姿は、さっきまではしゃいでいたり、散々俺に悪態をついていたとは思えないぐらいていねいで、
「ルティさまのこと、よろしくおねがいします」
友達への思いやりに満ちた、あたたかいものだった。
「ええ、もちろん。ルティさんもピピナさんも、よろしくお願いします」
「何かあったら、あたしたちに言ってね」
「……おう」
さすがの俺も、チビ妖精にそう返すのが精一杯で。
「ありがとーですっ」
少し曇った笑顔と感謝の言葉を、ただ受け止めることしか出来なかった。
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