1-4. シライトウォーターフォールとダウンヒル


 沈したコンビニからさらに登りを重ね、周囲に住宅も畑もほとんどなくなって森に囲まれた区域へと至る。

 白糸の滝は、そんな閑散とした森の中にあった。

 日本では珍しいラウンドアバウトで左折したそこが白糸の滝の駐車場だった。

 全くの案内がなかったので知らなかったが、音止めの滝も同じ公園内に存在する。白糸の滝同様日本の名瀑百選に選ばれている滝だ。

 売店で買ったアイスを食べながら音止めの滝を眺める。

 富士山麓の雪解け水が集まり、音を立てて落差を飛び降りていく様は大迫力だ。

 百選に選ばれる滝はいくつか見たことがあるがどれも見応えは抜群で、音止めの滝は新しい展望台の工事もしてあるようだ。それが完成したら是非また来てみたいモノである。


 白糸の滝は、音止めの滝からさらに歩道を進んだ場所にある。位置的には駐車場の真下、ぐるりと回り込んで下った位置だ。

 そこで私は目の前の光景に歓声を上げた。


 細く白い糸のような流れが幾本も岩壁を伝いながら落ちる。

 それが視界一般に広がるのだから、美しくないはずがない。


 音止めの滝は川の流れが落差を飛び落ちる形の滝だ。

 ところがこの白糸の滝は、上部に川がない。

 この辺りの地質は水を通しやすいらしく、富士山麓の伏流水が馬蹄状に広がる岩壁から染み出して滝となるのだという。

 富士山の形状といい白糸の滝といい、自然はなんの意図も無いのにこんな美しいものを生み出すことがある。


 しばらくぼんやりと白糸の滝を眺めて歩道のルートを進むと、「お鬢水」の看板が見えた。

 白糸の滝の真上で湧いているこの小さな池は、かの源頼朝にゆかりがあるらしい。

 なんでも後に「富士の巻き狩り」と呼ばれる狩猟会に参加した頼朝が、この池の水面を鏡がわりに鬢を整えたという逸話があるのだという。

 

 ならば、私も鬢を整えようではないか。

 チョイチョイっと…よし、これで私は源頼朝と言っても過言ではないな(過言)。


 そろそろよい時間になってきたので富士宮市街地に戻ることにする。ラウンドアバウトを特に意味無く2周して、元来た道を辿ることに。


 行きが登りの急坂なら、帰りは下りの急坂である。

 当然スピードが出る。ロードバイクはその構造上、そして目的上、スピードを出すことに特化した自転車だ。

 そんなモノで下り坂に突入すればどうなるか?


 答えは簡単。

 50km/hをも超える、ハイスピードダウンヒルだ。


「怖い怖い怖い速い速いヒギィ!!」


 素人の私ですらこうなのだ、プロのレースでのダウンヒルなど、80km/hの爆速の中で順位争いをする世界。プロって凄い。


 ちなみにコレを読んでるみなさんはもしかして、

「バイク乗ってるんだから50km/hなんてフツーでしょ?」

 と思ったりするかも知れない。

 違うのだ。

 確かに同じ二輪で走る機械だ。下り坂なのでエンジンの有無は関係ないし、剥き出しの身体も一緒。

 そこらへんだけみればよく似ているが、決定的に違うものが3つある。


 1つ目に、重さ。

 重いということは加速しにくいという欠点がある代わりに、安定感があるということでもある。

 バイクも自動車に比べれば軽いが、ロードバイクはもっと軽い。

 ロードバイクはバイクより遥かに不安定で、高速走行中の風圧の中で真っ直ぐ走らせるのはそれだけで難しい事なのである。


 2つ目に、本体の幅。

 バイクの乗り方の基本にニーグリップという言葉がある。両膝ニーでタンクを挟んで身体とバイクの一体感を増して重心を安定させ、操作性を向上させる効果がある。

 フレームが細いロードバイクにニーグリップは不可能だ。ハンドルとサドルでしっかりとマシンを抑え込み、かつ強く身体を引きつけておかないとふとした瞬間にギャップで吹っ飛んだり、風に煽られて転倒することもあり得る。


 3つ目に、タイヤの幅。

 比べるまでもなく、バイクのタイヤは太い。ロードバイクのタイヤは細い。

 太いと空気抵抗が高くなるし、重くなる。代わりに接地面積が増えグリップが良くなる。

 逆に細いと空気抵抗が減り、軽くなる。勿論接地面積は減りグリップも悪くなる。

 

 そしてなにより――ギャップに弱くなる。


 ロードバイクはタイヤが細い。

 同じ自転車でも、マウンテンバイクは勿論ママチャリよりも細いタイヤを使っている。

 そしてアスファルトとはいえ、道路上には様々なギャップが存在する。

 轍、亀裂、補修跡。割れ目や砂利、木の枝。

 横はまだしも縦方向の割れ目なんて最悪だ。タイヤがハマって足を取られる事になりかねない。側溝の金属蓋なんか最早罠だとしか思えない。


 さて。

 のんびり走っているだけでも転倒しかねない道路上のギャップを、こんな高速ダウンヒル中に踏んだらどうなるか。

 答え。

 飛ぶ。


 ブレーキミスってタイヤ滑らせたりロックしたりしたら、それはそれでアスファルトで皮膚をすりおろすことになる。


「怖い怖い怖い速い速い速い速い死ぬ死ぬマジで死ぬダメだってマジでもう無理らめぇ飛んじゃうぅぅ(物理)」


 長く時間をかけて登って来たからには、当然長い距離下るわけで。

 富士宮市に汚っさんの悲鳴が響き渡るのだった。



 .


 なんとか無事に富士宮市市街地に戻って来た私は、ホテルのチェックインを済ませ、夕飯ついでにコンビニで買い物をした。

 カロリーメイト、ヌガーナッツ、ミニ羊羹、塩飴、ミニサイズのクリームパン、ゼリー飲料、ドリンク。小さくてハイカロリーなものを中心に買い揃える。

 数km程度のゆるポタならともかく、数十km超えのロングライドとなれば道中の補給は必須。消耗する糖分と塩分の補給のため、コレらが必要になるのだ。

 サイクルウェアの背中にはポケットがあり、そこに押し込んでおくことにする。

 

 こうして諸々の準備を終えた私は、早々にベッドに入る事にした。時刻は22時を回って少し。

 明日はホテルの朝食を食べて、7時にスタートする予定だ。

 準備諸々あるので5時半に起きればよいだろう。

 枕が変わると寝つきが悪くなる方なのだが、前日の寝不足に加えて前哨戦のヒルクライム。

 よい感じの疲労が溜まっているので今夜は熟睡となるだろう。

 明日はついにフジイチ。

 富士山一周チャレンジである。

 年甲斐もなくワクワクをかかえて、私も寝床に入る。

 

 それではおやすみなさい……


 ……

 …………

 ………………






 


 ………………

 …………

 ……

 

 目が冴えて、あっという間に起きてしまった。

 時刻は2:30。

 睡眠時間は4:30,。


 やっちまったゼ☆彡



 

 

 

 

 


 

 







 

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