1-3. Mr.無計画、昼くらいに昼食らいヒルクライムでヒィヒィCry
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富士市から富士宮市まで、ざっと12km120mアップのコースだ。
昼食を摂った私は意気揚々とロードバイクに跨り走り出す。
ここでひとつ、獲得標高という言葉を説明しておきたい。
マラソンやロードバイクでよく使われるそれは呼んで字の如く、『そのコースを走った時にどれくらい標高を昇るのか』の数値だ。
この場合下りは数えない。例えばあるコースを走って100m標高が高くなり、500m低くなり、200m高くなったとすれば獲得標高は300mとなる。
獲得標高は平均勾配に比すと直接言えるわけではないが、そのルートがどれだけキツいかの目安ということになる。
上記の富士市-富士宮市のルートだと12kmの120mアップ。殆ど下りは無いので平均勾配で約1%、なだらかな坂道を登るのんびりとしたシティサイクリングのコースと言えるだろう。
14時過ぎ、私は富士市県道174号を富士山を眺めながら走っていた。
『TOSHIBA』の看板と富士山のツーショットが見えるコースといえばピンと来る方も多いかもしれない。
しかしまぁ、富士山。
実にデカい。何度見てもデカい。どこから見てもデカい。
何と言ってもその圧倒的な存在感。ド迫力。
同じ3000m級の山で独立峰と言えば岐阜県と長野県の間に跨る御嶽山が挙げられるが、御嶽山が日本一と言われることは無い。
富士山より低いから?
違う。
富士山が、圧倒的に美しいからだ。
神様が砂山を作ったかのような、そんな山体をしている。
自然の造形美。新幹線が機能美を突き詰めた美しさであるならば、富士山は自然美の極致ではないだろうか。
山というイデアはきっと富士山に類する形をしているに違いない。
実のところ私は直に富士山を見る三年前まで、ちょっと侮っているところがあった。
「いやね? 富士山が日本一なのは認めるよそりゃ勿論。日本で一番高い山だし? それであのキレーな形だし? でもさぁ。言うて『山』やん? 山っていうならウチんとこにも雲仙普賢岳ってあるしさぁ、ね?」
と舐め腐っていた。
そんな私の眼前に現れたのが『富士山』である。
もはや言葉など不要。
自身が日本一であることなどツラツラ言い訳のように説明する必要無し。
なるほど。
当時の私は一瞬で悟っていた。
圧倒的、とはこのことか。
日本の山に詳しい訳じゃないが、日本の山のどれと比較しても文句なしだというのはもう間違いない。
「富士サン、ナマ言ってさっせェんしたぁ!!」
そう言って深々と頭を下げる私に、富士サンは「気にしてネェよ」とばかりに優しく肩を叩き無言で去って……
なにこれ。私は一体なにを書いているんだ。
さておき、フジイチ前哨戦のサイクリングである。
富士市ー富士宮市を繋ぐ県道174号と414号は切れ目なく市街地が続く。
私のような余所者はともかくとして、人々にとっては日常生活の場なのだ。
部屋の窓の向こうから富士山が見える。お隣の家の生垣の向こうに、校庭の向こうに、看板の向こうに、スーパーの屋根の向こうに富士山が見えている。それが当たり前の生活。
借景というにも程がある。視界の端に常に富士山があるそんな日常生活は、一体どんな感覚なのだろう。
あるいは逆かもしれない。
海と山が隣接する長崎県で過ごした私が、海と山が離れている三重県に引っ越した直後『平地のど真ん中で海も山も無いことに軽い混乱を覚えた』ように、富士山周辺に住む人々は富士山から離れた時に、『どこを向いても富士山が存在しない事実』に驚くかもしれない。
もし機会があれば知りたいものである。
さて殆ど平坦だった県道174号から414号に入った。時折踏み込む場面はあるものの殆どそれは一瞬のこと。緩やかな上り坂が続く。
右手に富士山を眺めながらのんびりと走っているといつの間にか富士宮市に入っていた。
富士宮市で真っ先に目に入ったのは巨大な鳥居だ。
静岡県富士山世界遺産センターの大鳥居。
側には水が張ってあって、鳥居と富士山と逆さ富士が一つの視界に収まるようになっている。
撮るよね。そりゃもうロードバイク並べてパッシャパシャ撮るよね!
バイク乗りもロードバイク乗りも、自分のマシンが大好きだ。
そりゃそうだ。こんな趣味性の高い乗り物、好きじゃなきゃソレを買わないし選ばない。
特に私はどうせレースになんて出ないと割り切っているので性能は二の次で、カラーリング重視で選んでいる。
そんな大好きなマシンを富士山と並べて撮れるなんてチャンス逃せるか。
富士市から10kmの走行で、富士山に近づいている。
その分視界に入る富士山も近く大きく、そして迫力を増している。
ひとしきり写真を撮って満足したところでホテルに向かおうとしたところでふと思う。
ちょっとチェックインするには早いな?
12km走ってきたけど前哨戦というにはちょっと短いな?
そういや青看板に、白糸の滝ってあったな…?
……。
前哨戦、延長突入ゥ!
ホテルへと続く横道を無視して、私は県道414号線へと再び挑み続けることに決めた。
やめときゃいいのにね。
・
この文章を書いている時点で全ては終わって、多治見のアパートに戻ってきている私だが、前哨戦延長を戦う私も全く同じことを思っていた。
やめときゃよかったァ!
しかし明日のフジイチも今白糸の滝を目指すのも、誰に相談したわけでもない、全部自分で決めた事だ。文句を言うべき相手は鏡の中の間抜け面だ。
国道414号は、先ほどの富士山世界遺産センターの前を過ぎた少し先にから勾配を急にした。
今までの緩やかな登り坂ではない、れっきとしたヒルクライムのスタートである。
距離14km 獲得標高380m
下りは皆無。ざっくり計算したところ、平均勾配2.7%
平均という言葉をその数値の通りに受け取ってはならない。
極論すれば0歳児と100歳の老人を同数集めたならば、その集団の平均年齢は50歳となる。
偏りは絶対に存在する。
まっ平に近い場所もあれば、ほんの短距離だがググッと傾斜が強い場所もある。
その短距離の急傾斜が地味に脚を削ってくるのだ。
2.7%という数値も侮ってはならない。確かに短い距離なら大したものじゃない。だがそれが14kmも続くとなれば話は変わってくる。
徒歩で例えるならば1段の高さ20cmの階段を、時折50cm交じりで延々1時間登り続けなければならない……と思っていただければまぁ感覚的に近いと思う。
ただでさえ寝不足でトレーニング不足。しかもロードバイク用のパンツではなく普通のジーンズ。
よくもまあこんな準備不足でヒルクライムに挑もうと思った物だ。
無計画にも程がある。
しかもこの日は全国的な真夏日を迎えていた。
登るほどに涼しくなりはしたが、時刻は15時を過ぎて暑さのピーク。最高気温は29℃に達した中旅行の荷物を背負って見合わぬ服装で。
少しづつ住宅は減って畑が増えていく。田舎特有の肥料の香り。
そんな中汗だくで歯を食いしばり、自転車を漕いでいるオッサンが一人。
その横を電動自転車でスイスイ追い抜いて行く高校生が不思議な顔で私を見ている。
畜生てめぇクソガキャア、平地で会ったら覚えてろよ絶対チギってやっからなァ!?
イキッたところで状況は変わらない。
というかそんなセリフを吐くよりも空気を吸いたい。
勾配はどんどん急になって行く。
辛い。キツイ。
ゼェゼェヒィヒィ言いながら坂を登ると、コンビニの看板――この先600m。
絶望する程じゃないけど手放しで喜ぶには微妙に遠い……ッ!
平地だったら1分の距離を、5分近くかけて進んでようやく私は
駐車場にへたり込む私を、コンビニから出てきた客が不思議な顔で私を見ている。
畜生てめぇク……オヤジ……ぜぇ、ぜぇ、へいっ……ちで、会った、はぁ、はぁ、お、覚え…おぼ……おぼぼぼぼぼ
イキることもできません。
駐車場で沈してた私は頭の片隅で考えた。
ヤッベェなあ。
この道、フジイチのコースなんだけどなぁ……。
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