1-2. Mr.行き当たりばったり、昼くらいに昼食らいヒルクライム


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 鉄道に全く詳しくない私である。

 新幹線の写真を見せられても「これはN700系の……」とか「北陸新幹線のカラーが……」なんて知ったかぶりをするのがせいぜいだ。

 しかしそんな私でも、新幹線が凄くカッコイイということはわかる。

 美しい造形を描く流線形。白と青の基調とした清廉なカラーリング。いかにも速そうな面構えだ。

 そして実際に速い。速過ぎる。

 調べてみたところ、こだまの営業最高速度は270km/hにも達する。もちろん停車駅や加速減速の都合で、全区間その速度で走り続けることができる訳ではないのだが、それでも陸上を移動する最速の乗り物であることは間違いないだろう――いや、ざっと調べてみたらのぞみを始め、世界各国の高速鉄道の世界では当たり前のように営業速度300km/hが存在しているらしい。

 飛行機であればもっと速い。時速800km/h。

 今この瞬間にも、世界中を鉄道で、飛行機で、時速数百キロで移動している人々が何万人もいると考えると、凄いなぁ、と小学生のような感想しか思いつかない。

 

 バイクに乗っていると体感でわかることだが、高速移動というのは風圧との戦いでもある。

 50km/hで走るということは、風速50km/hの向かい風があるのと同じことだ。これは外気に晒されない自動車に乗っていると中々実感できないだろう。

 これは本当に経験則の話なので根拠は無いのだが、バイクで高速道路走行すると100km/hを境に途端に風圧が増して感じるのだ。

 体感だが90km/hと100km/hでは風圧が1.5倍くらい違って感じる。

 バイクで、そして100km/h程度でそんな風に感じるくらいだ。

 新幹線の270km/hなど、一体どれだけの風圧と戦っているのか想像もつかない。

 あの長く平たい新幹線の鼻は、単なるデザインではなく風圧を逃がすための機能として追及されたものでもある――つまり、機能美という奴だ。

 

 私の乗った新幹線こだまはガンガンスピードを出して、あっという間に愛知県を通過してしまった。

 これが各駅停車、その分加速減速で常に最高速度を維持している訳ではないということが素晴らしくもあり、おそろしくもある。

 窓の外に時折現れて二秒で過ぎ去る白い壁は下りの新幹線。すれ違いの相対速度は500km/hを超える計算だから、もうワケがわからないね。

 

 愛知県を抜けたすぐそこにあるのは静岡県の浜名湖。

 浜名湖ボートレース場のそばに、新幹線に並走する形で競艇大橋が掛けられている。

 ここは普通の道路なので、タイミングを合わせれば新幹線と競争することができるポイントだ。

 ロードバイクで浜名湖一周をしたこともあるのだが、その時に新幹線に挑んでみたが私の貧脚では一瞬で千切られてしまった。あるいはウサイン・ボルトであれば一矢報いてくれるだろうか。

 そんなことを考えながらスマホを弄っていると、あっという間に目的の駅に着いた。

 時刻はおよそ13時。

 私は新富士駅へと到着していた。

 

 駅のホームから、白い雪を戴冠する美しい富士山の姿が見えた。

 明日、あの日本一に挑むのだ……!

 そう思うとぶるりと身体が震えた。武者震いという奴か。

 負けてなるものかとの思いで下っ腹に力をこめると、グウと腹の虫が鳴った。

 あの、いい場面なんで、ちょっと空気読んで下さりません?


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 スマホの便利さは、言うまでもなく携帯性だ。

 インターネットに接続できる機器を持ち運ぶことができる。知らない街についても指先一つでよさげなレストランを検索できる。

 駅の外でロードバイクを組み立て直した私は住宅街にある小さな洋食屋さんへと向かう。

 その途中で渡った大きな幹線道路が、国道1号線だった。

 東京と大阪を結ぶ国道1号線は、三重県四日市市在住時代にお世話になった道路でもある。この道路を西へと進めば、あの街に続くのか……と感深くふと見れば、青看板に『東京 150km』の文字を発見。


「東京まで150kmか……ロードバイクでなら、行けるな」


 嘘でも冗談でもなくそう思ってしまった。

 私のようなド貧脚の自称中級者でも、実際にその距離を走ったことがある。

 箱根の坂道が問題になるかもしれないが絶対に不可能な距離ではないのだ。

 150kmが自走可能な範囲内という、一般常識とはズレた認識。こんなことだからロードバイク乗りは距離ガバとか言われるのだ。

 

 住宅街洋食屋さんでランチを頂く。古き良き昭和の趣を残した雰囲気で、ご近所のマダムたちがランチを楽しんでいた。

 食事を終えて、女将さんに話しかける。


「富士山が見える場所で生活するのって、凄いですね。羨ましいです」

「あら、どちらからいらしたの?」

「岐阜の多治見からです」

「それはまた遠い所から……今日の富士山は凄くキレイでしょう。ちょうど先日、雪が積もったのよ」

「五月に雪ですか!」


 富士山と言えば冠雪した姿を思い浮かべる人が多いだろう。私もそうだったし、駅のホームで見た富士山がイメージそのままだったので失念していた。

 夏場は雪も解けてしまっているのが当たり前なのだ。ところがこの数日前、山頂付近では積雪があったそうだ。

 標高3000m超の気候は低地のそれとは違うとはいえ、五月に再冠雪するのはとても珍しいことなのだという。

 今年この時期に富士山を訪れた人は、私を含めて実に幸運だ。

 真夏日の予報が出ているものの、五月の過ごしやすいこの時期に、富士山の最も美しい姿を見ることが出来たのだから。



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 昼食を摂った後は改めて富士宮市を目指さなければならない。

 実は新幹線で富士山を目指すに当たって、富士宮にどうやって向かうかも悩んでいる部分だった。

 

 ・静岡で降りて、在来線を乗り継ぐか

 ・新富士で降りて在来線の富士駅から改めて電車に乗るか


 同じ東海道を走っているとはいえ新幹線駅の全てが在来線と接続している訳ではない。

 そして富士駅と新富士駅は、2kmほどだが距離が離れているのである。

 さてどちらを選ぶべきかと悩んだところで、ハタと気が付いた。自分が何を抱えて新幹線に乗るのか?

 ロードバイクである。

 新富士駅から富士駅までロードバイクで移動すれば――いや。

 富士宮までそのまま自走していけばいいのだ。

 なに、ほんの12km程度のこと。やや登り基調の平坦ルート。明日には日本一の霊峰に挑むというのだ。

 明日の本番に向けて最後の腕試し――いやさ脚試し。やってやろうではないか。


 こうして私はvs富士山、その前哨戦を始めることとした。



 

 

 

 

 











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