第12話 幸か不幸か

 広い草原でフィーと遊ぶ二人がいた。追いかけっこをしたり、空を飛ぶ練習をしたり。彼等は穏やかな日々を過ごしていた。



 空の島。現在の人口は87人。鳥類は計12羽。一羽は子供であるが、かなり多くなった。その御かげで狩りや採取などの効率が上がった。



 フィーが疲れて寝たので、レティシアが神殿に連れて帰った。アルフィーは訓練を始める。素振りやランニング。瞑想をした精霊を意識するなどを素早くこなす。



 そこで同じく訓練をしているユイを見つけた。柔軟な股関節を180度に大きく広げ、上半身を前に倒している。ふくよかな胸がピタリと地面にくっついた。



「凄い開脚ですね」


「アルフィーカ。これ基本ネ」



「あの時の蹴りも凄かったです」


「まだまだヨ。師匠はもと凄かったネ」



(受け継いだ技か……)


「魔獣に触れることが出来るんですね」



 それを聞くと、開脚を止めて立ち上がる。


「彼女の魔法、少し似てるネ。違うは治癒の効果ヨ」



「それはユイさんと師匠だけの?」


「始祖。昔会た。流浪の民の教えネ。それ一族の拳法に融合したヨ」



(かなり昔から伝わっている技なのか)



「ん?」



 ユイはアルフィーをテキパキと座らせて、足を掴んで股を割く。後ろから力を徐々にくわえる。開脚だ。彼は抵抗が遅れる。甘い吐息が耳を撫で、背中にムニュっとした柔らかい何かが当たり、思考が止まったからだ。それから。



「ぎゃぁぁああ!?」


 激痛から逃れようとするが、もう遅い。凄まじい力で押さえつけられ、逃げきれない。



「ちょと堅すぎネ。棒みたいヨ」



「イデテテテテテ!? 待って待って!」


「大丈夫ヨ、段々気持ちくなるネ。ふにゃふにゃ柔らかくなるヨ」



「ぎゃあぁぁぁああぁ。助けてぇぇえ!?」


「全部任せるヨ」



「ぅぎゃぁぁああぁぁああ」





 その後、隙を付いて何とか開脚から逃れた。痛みと渾身の力を出し切ったことで汗をかいていた。


(確か……水浴びの場所が出来たんだっけ。丁度良い。行ってみるか)



 彼は噂で聞いた建物へと入った。看板があり、それに従う。


(へー。水じゃ無くてお湯なんだ。外で体を洗って、溜めたお湯に浸かるのか。面白そうだ)



 どうやら男女別に専用の下着があるらしい。服を棚に入れると、専用の布を下半身に身に付けた。


 広い浴槽、窓からの絶景、大理石の床。人が通るであろう場所に、加工した木材が敷いてある。珍しそうに周りを見ていると、先客と目が合った。



「ア、ア、ア、アルフィー殿がなんで!?」


「ぇ……ディアナ嬢?」



 真っ赤な顔で慌てふためくディアナ。ツルリと足を滑らせて尻もちを付く。アルフィーは本日二度目の開脚を見た。



「ま、まさか我慢できずに私を!」


「と、とにかく俺は外に出るので!? さよなら!」



 急いで外に出ようとする者。方や急いで起き上がろうとする者。けれども。



「ぐあっ!? あがぁぁああ!?」



 そこで王族らしからぬ濁音の混じった叫び声をあげた。もう少しで出ようという時に呼び止められた。


「た、頼む……行かないでくれ。私を見捨てないでくれッ。アルフィー!」


「いやいやいや!」



「腰ッ……腰が……ッ」


 そこで今の状態に気が付いて停止する。彼は振り向かずに問いかけた。



「た、立てない的な?」


 涙目のディアナは弱った声を出し、コクコクと頷いた。



(しっかりしてると思ったのに……姉妹を感じた)



 ディアナは横になって丸くなりながら、痛くない体勢を探す。


 体勢が決まったらしく、彼女の体に布をかけ、腰に手を当てて癒しの魔法を使う。それだけでなく、マッサージで適度にほぐす。



「ぁぅ……いい……っ」


「ここら辺は、どうです?」



「いたたたたた! 駄目だ! そこはまだ早い!」



「こんな感じですか?」


「ぁ……ぁぁ……気持ちいいぞ。そこをもっと重点的にしてくれ……」


(……その言い方に悪意が無いのがな)



 ディアナは自然と目を閉じる。痛みがあるが、それが消えていく心地よさも同時に味わっているのだ。さらに時間が経つと、苦痛が和らぎ余裕すら現れる。



「そうだ、アルフィーこれが治ったら勝負を」


「えい」



「いたたたたた!? 急に何をする!?」


「ここですか?」



「ぁん! 急にツボに! だが、気持ちいいぞ……だいぶ良いっ。んんっ。もっと深く指を入れても大丈夫だ……イィ……上手いぞ」



 アルフィーがふと視線に気が付くと、背後でクライヴが見ていた。


「わ、悪い。覗くつもりはっ……てか部屋でやれよ」



「あ……ちがっ。今、ディアナ嬢は腰を痛めててな! 俺のせいでもあってさ! だからちょっとお詫びを! ええっと……と、とにかくお前は勘違いしているッ」



「ま、まあ頑張ったんだよな……あ、俺はまた後で入るぜっ。あれだ、優しくしてやれよな」


「ちょと待って! あのな!」



(やばい……)



 クライヴはそそくさと去って行った。痛みでなるべく動きたくないディアナ。目を閉じたまま、声だけで特定する。今は布をかけているため、彼女は冷静である。



「ああ、クライヴ殿か。先ほど転んだ拍子に腰を痛めてしまって立てなくなったのだ。今、アルフィー殿に治療してもらっている。お見苦しい所を、ぁぅ、見られてしまったな」



「もう行きました……」



「なるほど、私が外に出るのを待ってくれているのか。中々紳士な男だ」


(実は順番待ちじゃないんですよ)



「そろそろ。大丈夫じゃないですか? 早くクライヴに真実を伝えたいのでッ」


「……すまなかった、私のミスで……早く風呂に入りたいだろうに」



「あ、いえ、俺がもっと重大なミスしたのでっ、早くクライヴを追い……」



「人生は長い……そんなに焦らずとも、良いではないか……」


「……なんか時間稼ぎしてませんか?」



「ぅッ……じ、実はな……先ほどの痛みが脳裏に焼き付いてな……怖いから歩くまででいい、手を貸してくれないか?」



(ほぼ最後まで)


「はい」



「あっ、ゆっくりだぞ? 絶対にゆっくりだぞ?」



 そこからディアナが一人立ちしたのは一時間後であった。もの凄く痛かったらしい。なんだかんだで、日常でする動作から、剣を抜き軽く撃ち合うまで一通り試した。



 その後、クライヴは探しても見つからず、この短い間に噂が広まっている事に気が付いた。




 噂で街中を歩くのが気まずくなり、人通りの少ない場所を歩いていた。日増しに広くなる空の島。異常が無いか、見回っていた時の事である。耳を澄ますと大量に流れる水の音が聞こえた。



 そこには滝があり、水飛沫が上がる。ふと滝壺へ目を凝らす。ロイクが座禅を組んで、垂直に落ちる激流に打たれていた。寄ると滝を音が大きいのにも関わらず、目を開いた。



「邪魔したようですみません」


「気になさらずに」



「何をしてるのですか?」



「修行ですよ。心を落ち着け。自然を感じる」



「もしかして、そうやって精霊と?」



「はい。私はレティシア様のような能力がありません。だからこうして鍛えているんです」


「俺も一緒に良いですか?」


「どうぞ。隣へ」



 静寂。滝が音を発する中、その表現は矛盾している様に思える。しかしそれは、外では無く内側の話である。二人は暫くの間、そこに座って居た。

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