第6話 島の発展の兆し

 アルフィーたちは見晴らしの良く、安全な場所に集まっていた。そこにはヨーゼフ、エルナ、ディアナの他、女性騎士が十数人ほど居る。皆は移住の件でここにいる。



「普通はすれ違った時に言わないかな?」


 ぷりぷりと怒るエルナ。ディアナは顔を真っ赤にしていた。国王が死んだのだと号泣していると普通に生きていた。


 それは嬉しかったのだが、途中、目覚めていたヨーゼフも少し悪乗りしたらしい。それを思い出し、じわじわと軽い怒りが込み上げて来た様子。アルフィーは素直に謝る。


「申し訳ございません……」



 視線が痛かったが、ヨーゼフが話を進める。


「さて、にわかには信じられぬが。空の島とな」


「はい。陛下やその民。そして、グリフォンや風の精霊の力もお借りしたく……」



「となれば……王国ベルソンとの同盟という形になるのではないか?」


「? ええっと、お越しにならないので?」



「そうではない。其方が借りの住居を提供する。我々はそこに住まい、あくまで空の島の発展に協力する、という事だ」



 アルフィーはクライヴの方を見た。


「つまり、国王である事、国は捨てないってことじゃないか?」


「ああー、なるほど」


 レティシアの方を見るとそれで良いよ、と頷いてくれた。


「それでは交渉成立ということでよろしいでしょうか?」


「うむ。これより、ベルソン国は其方たちに協力する」




 空の島を遠目で見た一同は驚嘆の声を上げていた。近づくと徐々に島が地上に降りて来た。先ほどとは比べ物にならないほど驚愕する。



 風の精霊の他にも道中で仲良くなった精霊もちゃっかりと乗り込む。そして、島が浮くとクライヴが進行方向側の先頭に立ち、両手を上げて喜びの雄たけびを上げていた。



 エルナたちは空に慣れているのか、崖ギリギリで地上を見ていた。それに新しく加わった、三体のグリフォンが満足そうにくつろいでいた。



 アルフィーはそれを優しい眼差しで眺める。ふと地面に目を落とすと、何か奇妙な生物が居た。


「うわぁッっ!」


 じわじわとゆっくり、それは上昇していく。地面から登場したのはクーだ。


「……」


「この前、もっとゆっくりと現れろって、言ったよね……?」


「……普通に現れて」



「お手柄だよ!」


「何が?」



「ベルソンの民がラシ花ばなと作物の種を持ってたんだ!」


「おお! ラシ花?」



「イグール科の花だよ。日光を吸収して、空気を綺麗にしたり、魔素を発生させる植物」



「そうなると、それも意識した方がいいな」


「という訳で畑を作って欲しい」



「精霊って草食なのか?」


「僕たち精霊は魔素で良いけど、レティシアは食べるだろ?」



「そうだな……」


「あの飛竜の子。草ばっかりだとそういう性質に育つから、動物の肉を上げないと駄目だよ」



「性質せいしつ……?」


「まさかご存じで無い?」



「教えてクーち、クー様」



「仕方ないなー。いいかい。動物と魔物は違う。魔物は育て方や食べる物に左右される。環境への順応が早いからだ」


「肉を上げないと強くならないとかか?」



「誤解を恐れずに言うならば、その通り。後は火の精霊が多いとこで育つと、火を吹いたりとかだね」


(忙しかったとはいえ、割と重要な事を……いや、過去の知識では、言わなくて良い程、普通だったって事か)



「俺の周りには何の精霊が集まってるんだ?」


「えー? 主に光じゃないかな? 全体的に寄っては離れてを繰り返してる」



「どういうこと?」


「遊びに来てる感じだね。君ほど精霊に懐かれてるのは滅多に無いね。レティシアには圧倒的に負けるけど」


「そういうこと……ってことはさ」


「いやぁー。それは無いね。中途半端に育っちゃう」



 色々なブレスがはけて最強じゃない。と言おうとしたら先に否定された。


「なるほど……」




 急用を思い出したらしく、クーは去って行った。フィーを探しているとレティシアと遊んでいた。こちらに気が付くとフィーが駆け寄って来る。撫でていると、舐め返してきた。とても可愛らしい。



「レティシア、フィーってどんな精霊が一番好きなんだ?」



「光の精霊かな。もしかして、育てるの?」


 どうやら彼女もクーに聞いたみたいだ。


「そんな気持ちもありつつ、伸び伸び育って欲しいとも思ってる」



「アルフィーらしいね」


 彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「フィーが好むなら肉も上げたいな」


「そうだね……あ、それと。アルフィーの魔法を教えて欲しいな」



「? 良いけど。使えるかは分からない。村の人たちは殆どが使えなかった」


「でも、出来る事をやっておきたいの。私には……何もないから……」



 一人で旅をしていた頃、朽ちゆく文明に沢山触れた。稀に出会う人々は強き者を見ると、決まって何かを託たくそうとしてきたのを思い出した。



(この島の管理者であることや、精霊の声が聴けるなどと言うのは野暮やぼ。彼女には記憶きおくが無い。だからきっと、何なにか自分が存在している証あかしのようなものが欲しいのだろう)



「分かった。覚えている事を全部教えるよ」


「ほんとぉ! ありがとうアルフィー!」



 淡い青色の髪がなびいた。優しく全てを包み込む様な碧みどりの瞳に惹きこまれる。見惚みとれたアルフィーは我に返り、思わず顔を反らした。


「どうしたの?」


「な、なんでも無いっ。フィーに噛まれて!」


「ピピィっ、ピピィっ」


 やって無いと全力で抗議する。フィーが飛びつくと後ろにゴロンと転がった。それを見てレティシアは楽しそうに笑っていた。





 グリフォンを借りる事が出来たが、肝心なことを忘れていた。そう、一人で乗れる自身が無い。取り合えず近づこうとすると、待ったの声がかかる。緑の右目に淡い紫の左目。金髪ツインテールの女性。エルナだ。



「ちょっと。慣れてないのにそんな近づき方をすると、ボコボコにされるよ?」


「し、知りませんでした。そんなに獰猛どうもうなのですか?」



「そうよ。最初に見つけて乗れるまでに、どれだけ苦労したか」


「どうすれば乗れますか?」


「見ててっ」


 彼女は自慢げな顔になっていた。そのまま騎乗すると空を自由に飛び回る。


(凄い! 俺も早く乗れるようになりたい!)



 その時、遥か遠く。視界にクーが映った。そして、島の速度が急激に上がる。


「ちょ、ちょっと! 何よそれ! 待ちなさい!」


 急な出来事に必死な形相で追って来る。暫くすると速度が遅くなる。すると戻って来たグリフォンは慌てて島に着地した。グリフォンは疲れていた。何故か乗ってるエルナも疲れていた。



(いっぱい叫んでたからな)


「どう? これが真のグリフォン使いよ」


 先ほどまでは息を切らしていたが、何時の間にかしたり顔に戻っていた。ふとクーがいた場所を見ると消えていた。



「とても感動しました。上手かったです」


「じゃあ、次はそっちの番ね。教えた通りにやれば大丈夫」


(何も教わって無い……)



「あのー、もう少し具体的に……」


「何? 文句あるの?」


「いえ、やらせて頂きます」



 背後でニンマリとするエルナ。それに気が付かないアルフィー。近づくとグリフォンが頭をくっつけて来た。そのまま撫でてみると甘えた声を出す。予想とは違ったのか、顔が引きつっていた。


「ッ……まあ? 私の関係者だと思っているからねぇっ」


「そういう事でしたか。助かります」



「本当にやばいのはここからよ! 精々死なない事ね!」


(さらっと怖い事を……)



 乗ろうとしても特に怒った様子は無かったので、騎乗してみる。前にエルナと乗った事でコツを掴めたみたいだ。手綱を引くと飛び立った。縦横無尽じゅうおうむじんに大空を駆ける。


「ぉぉおおぉぉぉおお! 凄い! これがグリフォン!」



 暫く飛んでいるとグリフォンが疲れて来たので降りる準備をする。その時のエルナは無の表情であった。そして、無言でアルフィーを見ていた。


「……」



 着陸したグリフォンを優しく撫でて労うアルフィー。


「ありがとな……ええっとこの子の名前は?」



「無いわ……」


「え?」



「決闘よ……」


「ケットウヨ? あー、中々可愛らしい……お名前、ですね」



「真のグリフォン使いは強く無いと駄目なの!! 勝負よ!」



(えぇ……)


「何故急に勝負にっ?」



「貴方は確かに凄い魔法を使えるわ。でも、国を守るための武力は持ち合わせているかしらねッ」


「もしかして怒ってます?」


「お、怒ってないし! とにかく勝負! ここは地上より安全な分、訓練は必要でしょう!」



「た、確かに……その通りですね」



 アルフィーが剣を、エルナは槍を構える。お互いに隙を探り合う。先に動いたのはエルナだった。電光石火でんこうせっかの如く距離を詰め、同時に鋭い突きを放つ。


 それに剣を上手く当てて反らした。それに反応し、素早く槍を引き戻す。剣の反撃を槍の柄の部分で受け止めた。彼女は蹴りで引き剝がし、距離を取った。


 そして、絶妙な距離を維持し、様子見は終わりとばかりに連続で突きを放つ。彼はそれを紙一重で避け続ける。完全に槍の距離で、反撃は難しい。



 隙を見つけたのか、力強い一歩を踏み込み、強力な突きを放つ。しかし、彼は剣先でそれを止めた。お互いに武器を弾く。少し頭に血が上ったエルナが攻撃を薙ぎ払いに切り替えた。



「こ、のぉっ!!」



 それを見てアルフィーがしゃがんでかわし、足払いをする。彼女は慌てながらも跳んで避ける。一瞬の隙を見つけ、素早く接近し、剣の喉元に付けた。



「くっ……ま、まだ……」



 エルナの顔には余裕がなく、悔しそうにしていた。それを見て、柔らかめに勝利宣言をする。


「……ここまでですね」


 アルフィーは剣を収めながら距離を取る。ジッとこちらを見ているグリフォンと目が合った。


(名前を付ける余裕もないほど追い詰められていたんだな……)



 その時、刃はが無い柄の部分で背中を五回ほどツンツンと突かれた。びっくりして振り返ると、得意げな顔で宣言する。



「私の勝ちー。参ったって言ってなかったもんね」


「それ、ずるくないですかぁ」


「油断した方が悪い」



(ぐうの音も出ないな)



「分かりました……俺の負けです」



「ねぇ。名前決めてよ。その子のメスだから」


「ええ! 俺がですか?」


「なに? 嫌なの?」



「そうではなくてですね。普通は飼い主が……」


「良いの! それに負けた癖に口答えしないっ」



(名前か……グリフォン……)


「リルとかはどうですか?」


「じゃあ決定で」



(早いな……)



「じゃあ、よろしくなリル」


 グリフォンは頭を擦り付けて来た。撫でていると若干震えた声が聞こえた。


「そ、それとっ、さぁ……け、敬語は禁止ね。ほら、い、一緒に名前を決めた仲だし!」


(一緒に決めた?)



「いえ、王族にそんな事は出来ま……」


 槍の刃の部分を頭に突き付けられた。両手を上げて了解の意を示すふりをした。時間じかんを置いて、冷静さを取り戻したであろうタイミングを狙い、もう一度拒否する。



「ふ、普通に無理ですって! 王族ですよ」


 そう言うと僅かに押す力が加わった。もう少し力を加えれば血が滴るだろう。


「わ、分かりましたっ。せ、正式な場以外いがいでなら……」



「そう♪ 理解してくれたようね。私はこれから用事があるから、またね~」



「……これにて失礼ッ」


 微妙なラインを探そうと試みるも睨まれたので「またな、エルナ」に言い直した。キョロキョロと辺りを見渡し、陛下やディアナ嬢が近くに居ない事を確認する。見られていない様でホッと胸をなでおろす。



 エルナは僅かに頬を紅潮こうちょうさせ、ニンマリと口元を吊り上げながら去って行った。

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