第5話 姫と騎士

藁わらで作った寝床。温かい日差しを浴びてアルフィーは目覚める。日頃の生活の癖は中々抜けず、途中何度か目覚めたとはいえ、こんなにスッキリと眠られたのはいつ以来だろうか。


 地上では魔獣に襲われる可能性が常にあり、死と隣り合わせだった。



 今、アルフィーはズボンを借りている。クライヴの仲間、ゾルタンという男は島の留守番兼けんクーの手伝い係に任命された。彼はズボンを失った代わりに動物の毛皮を身に着けているので問題ない。



 顔を洗おうと建物から出て泉に向かう。そこで違和感に気が付いた。



「ん~。なんか少し広くなったか?」


「水と地の精霊が増えたからね~」


「うわッびっくりした! ……クー、もっとゆっくりと現れろって!」


 アルフィーの背後。耳元でクーが大きめの声量で話しかけて来た。



「今度は気を付けるよ。そんなことよりも。さあ、もっと精霊を集めるんだ」


「……なぁ。この島って適当に広くなっていくのか?」



「基本はレティシアの意志で変えれるよ。でも最初は難しいだろうから、僕がレティシアの思考を出来る限り再現して作ってる。同時にやる事が増えるときついけど、急に島を大きくしても危ないしね。あ、最初は要領ようりょうを得ないだろうからね。コアの容量ようりょうだって無限じゃない」



(へー。レティシアに案あんを出したら、何か作ってもらえるかもな)


「最初は要領を得ないだろうからね。コアの容量だって無限じゃない!」


「暇ひまなのか?」



「……暇だね~。ある部屋のベッドと……いや、部屋自体を消す事が出来るくらいには暇だね~」


「あー! まさか二つの言葉を! そ、そういう事だったのかぁ!」



「本当にびっくりしたよ。地上の民には理解できないのかと思った」


「あれ……ベッドって?」



 急用を思い出したそうでクーは高速で去り行く。当初の目的を果たすため泉に行くと顔を洗う。


 すると水面がパシャパシャと優しく揺らめいた。精霊が話しかけているのだろうか。姿はまるで見えないが、語り掛けて見ることにした。



「綺麗な水。ありがとうな」


 水に手を入れて、癒しの魔法をかけてお礼をする。弾む様に水面が揺れ始める。


(本当に居るんだな精霊って)



 広い場所に行き、久しぶりに訓練を始める。地上なら魔獣とかなりの確率で遭遇そうぐうするので必要ないが、ここでは環境が変わる。なので腕がなまらない様に。さらに強くなるために訓練を開始する。



 訓練が終わり、ふと辺りを見渡すとフィーが日光浴をしていた。気持ち良さそうに丸まって寝ている。


 邪魔しない程度に近づくと彼は口元が緩んだ。僅かだが大きくなっている。一時はどうなるのかと思ったが、成長しているらしい。


 暫く見ていると、ハッとした様子で目覚め、キョロキョロと辺りを見渡す。アルフィーに気が付き近寄ると、じゃれ付いてきたので、そのまま一緒に遊ぶ。頭や背中を撫でたりすると嬉しそうに鳴き声を出す。遊んでみて思ったのは、どうやらかなり頭の良い生き物の様だ。



(大きくなったら一杯食べるだろうな。いやフィーだけじゃない。人が暮らすなら必要な物は沢山ある。地上とここを気軽に行き来が可能にならないだろうか)


 クーは地上に降りるどころか、低空飛行も嫌う傾向にある。前までなら無理やり降りさせる事も考えていたが、どうやら魔獣は精霊を好むらしい。迂闊にそれをするには危険。


 長い縄を吊るす方法を考えたりもしたが、簡単には用意出来ない。何よりも普通にキツ過ぎるうえ、人も選ぶ。成体の飛竜か。巨大な鳥か何かが居れば欲しいところだ。



 そんな事を考えていると、フィーが遊びに夢中になり顔に飛び掛かって来た。驚いて後ろに倒れると可愛らしい声が聞こえて来た。


「フィー、あんまり危ない事はしちゃだめよ」


「ピィ!」


 お腹に乗り直したフィーを撫でてる。


「おはよう。レティシア」


「おはよう、アルフィー」



「フィーを迎えに?」


「ううん。あのね、精霊の悲鳴が聞こえる」


「精霊の!? 良し行こう」




【滅びかけた一族】



 ここは名を忘れられた高い山。八合目付近に洞窟があり、人が住み着いていた。九合目の見晴らしの場所、そこに軽装の鎧を見に付けた女性じょせいがしゃがんでいた。名はディアナ。


 簡易的だが立派な墓。恐らくは多くの人々が眠っているのだろう。



 鳥の鳴き声が響いた。それに反応し彼女は立ち上がり、警戒態勢をとる。少し離れた位置に巨大な鳥が着地し、その背中からツインテールの女性が飛び降りる。



 その女性はしゃがんでいた彼女と瓜二つである。整った顔、金髪に淡い紫と緑のオッドアイ。慌てて駆け寄って来る女性の方が僅かに身長は低い。


 大きな違いは、長めのツインテールとボリュームアップさせたポニーテール。それに左右反転させたオッドアイと、真逆の体型だろう。



「ディアナ!」


「エルナ姫。どうされました?」



「お父様の容態がッ」



 急いで待機させたあった巨大な鳥、グリフォンに騎乗し、拠点である洞窟に戻る。奥にはベッドしか設置されていない、質素な部屋があった。そのベッドには右手が魔獣の毒に蝕むしばまれている男が、もがき苦しんでいた。



「お父様!」


「ディアナ……それにエルナ……」



「すぐに薬草を持って来させますので!」



「薬草は効かぬ。それよりも頼みがある……」


 彼は真剣な眼差しを向けた。二人は言いたい事が分かっているらしい。ディアナが覚悟を決めた顔つきになった。



「……その右腕……私がやりましょう」


「お姉ちゃん、駄目!?」



「……エルナ姫……私のことはディアナとお呼びください」


「今はそんなこと! お父様の腕を切り落とすなんて正気なの!」



 弱った男は出来る限り強い口調で、娘を諭す。


「エルナ。不条理を受け入れ、決断せよ。次期国王となるのは其方である……」


「でも!」



「少しでも永らえるためだ。然れど、遅かったようだがな……実に良い教訓となった」


 ヨーゼフ・R・ベルソンは不敵な笑みを浮かべていた。



「黒き毒を受けた際に決断するべきでした……」



 涙を流すエルナを余所よそにそれは実行された。そして、ディアナは男の腕を切り落とすと、手際よく止血をする。男は痛みを堪え、決して声をあげなかったという。




 数日後、国王は生きながらえていた。しかし、徐々に体調が悪くなっていった。既に少量の毒が全身に回っていたからだ。病の進行が遅くなった程度。僅かな延命処置に過ぎなかったと、弱々しく微笑んだ。


「アンジェリーナ……」



 そんな時、辺りが騒がしくなる。ディアナが部屋に入って来た。


「どうした?」


「魔獣が数匹、現れました……風の結界がもう持ちません」



「ここまでか……」


「……」



「命令だ。グリフォンと共にこの地から離れよ……最優先で守るべきはエルナである!」


「……承知……しました」



 立ち上がり、振り向くと歩き出す。


「立派に生きよ」


「……はい。お父様、さようなら……」


 ディアナは軽く言葉を交わし部屋を後にする。別れの言葉など昔にすでに済ませてある。エルナを見つけると、騎士たちを集め、短く伝えた。



「エルナ姫はこの地から逃がす。他の者はそれを全力で援護せよ」


 女性騎士たちはその残酷な言葉に驚いた。


「ディアナ? 何を!」


「これは最後の王命であるッ」



「ハッ!」



 彼女たちは既に迷いを断ち、真っすぐと前を見ていた。しかし、それを受け入れられない者も居た。抵抗するエルナをグリフォン乗り場に連れて来る。その時、風の結界が弱まり、魔獣が侵入する。



「さあ、早くお乗りください」


「嫌ッ! 私は王女よ!? 魔獣如きに絶対に屈しない!?」



 隙を付いて姉を突き飛ばすと、槍を携え走り出した。


「止めろエルナ!?」


「お父様を! これ以上、皆たみを傷つける事は許さない!?」



 激情に駆られたエルナは魔獣に槍を刺す。助けられた女性騎士はそれを見て思わず叫んだ。


「エルナ様! 何故戻られたのですか!? 私たちの決意を無駄になさるおつもりですか!?」


「五月蠅い!? 私たちは必ず皆で生き残る!」



 洞窟付近に陣取ると、襲おそい来る魔獣を次々と葬る。しかし、切りが無かった。徐々に体力を奪われ、大振りになる。その隙を付き黒い植物の蔦が伸びて来た。



「エルナ様!?」


 エルナを突き飛ばし、身代わりになる女性騎士。


「タニヤ!?」


 彼女は悲痛の叫び声を上げる。急いで助けようとするが魔獣の数が多い。そんな時、腕を掴まれて上空に持ちあがられる。



「ディアナ!?」


「何をしているのです! 貴方が息絶えれば、今まで散っていった者たちのッ」


 話の途中でグリフォンの足に黒い蔦が絡みつく。そして、地面へと叩き落とされた。凄まじい衝撃ですぐには立ち上がれなかった。ディアナが庇ったため、エルナは軽傷で済み、何とか立ち上がる。


「エルナ姫……お逃げ下さい……」


「……ぃ……や」


 だが、彼女は庇う様にディアナの前に立ちはだかる。その間にも魔獣が押し寄せて来る。そして、無情にも魔獣は勢いよく飛び掛かる。


「エルナぁッ!?」



 彼女は最期の抵抗とばかりに叫び声を上げる。しかしその時、ディアナが経験して来たものとは違う現象が起きた。



 突如とつじょとして現れた見知らぬ男が、魔獣を一瞬にして切り刻んだ。余りにも衝撃だったためか、時ときがゆっくりと流れだしたかの様な感覚を味わったという。


「大丈夫か!?」


「だ……れ……?」



 アルフィーはその小さな声に答えない。辺りを見渡し、状況を見極めていた。そこで遠くから駆け付けたクライヴたちが見える。皆は若干息切れしていた。


「アルフィーさん! 速すぎっす!」


「おいっ、アルフィー! 上も襲われてるぞ!」


 そう言いながら、追いついたクライヴが先行して駆け上がる。



「すぐに行く! レティシアはここに居てくれ。ヤン、レティシアと彼女を頼む」


「はいよ!」


 ディアナとエルナに触れると癒しの魔法で治療する。姉は安心したからなのか、意識が無い。幸い命に別状はない。


「……回復の魔法。久しぶりに見た……」


 さらにグリフォンの足に触れると浄化する。エルナは驚愕する。


「蝕みが消えたっ? あり得るの……? そんな事が……ッ」



 何かに反応したレティシアが、上の方向を指さす。少し焦った様子を見せていた。


「アルフィー。あそこに精霊が」


「くっ、遠い……」



「貴方、精霊が見えるの?」


「はい」



「それじゃあ!」


 回復したグリフォンに跨るとアルフィーの腕を掴む。


「お、おい!」


「これが一番早いわ!」



 時間が無いので仕方なしと、彼も騎乗する。すると凄い速度で上昇する。バランスが取れないので叫んだ。


「不味い落ちるっ」


「私にしっかり掴まってて!」



 勢いよく浮上する。しかし、感動している暇など無い。


 空から見るとよく分かる。魔獣がある一点に群がっている。その中心はまるで何かに阻まれるかの様にぽっかりと穴が空いている。精霊が最後の力を振り絞って耐えているのだろう。



 その場所に近づいた瞬間、アルフィーは飛び降りた。魔獣を次々と薙ぎ払う。出遅れた彼女は悔しそうに言う。


「わ、私だって……ッ」


 グリフォンから下りたエルナも槍で次々と魔獣を倒す。アルフィーはその隙に、見えない精霊に語り掛けながら癒しの魔法で辺りを浄化する。



(精霊は大丈夫だろうか? いや、ここは信じるしかないか)


「ここは任せるっ」



「ちょ、ちょっと!?」


 アルフィーは彼女の強さを理解すると、浄化を必要としている所に走り出す。倒れている何人かに浄化を行うと、洞窟を見つけた。勇気を振り絞って奥へと進む。そこにあった部屋に入ると、声をかけられた。



「魔獣では無い……か。誰かな?」


「アルフィーと申します」


「皆は?」


「……来たばかりなので何とも言えませんが。僕の仲間と共に魔獣を討伐しております」



「そうか……」


 自分でも不思議だった、無意識に敬語を使っていたのだ。こんな緊急時にベッドで弱った声を出す男に。



「治療をしたいのですが……魔獣の毒を……」


「どのように?」


「触れて、魔法を使います」



「……良かろう」


 短いやり取りのみで色々と察し、特に拒否する事もなかった。それに状況が状況。死が確定しているならと、それを了承する。


 そして、アルフィーが触れると、手のひらが光り出す。体中が軽くなっていく様に驚く。


「ッ!? ……大いに感謝する……アルフィー殿……」



「!?」



 そこで、ヨーゼフはゆっくりと目を閉じた。慌てて脈を確かめると生きている事が判明したのでホッとする。恐らく体力を消耗していて限界だったのだろう。


(なんて紛らわい……せめて眠るとか言って欲しかった)



 寝ている男に癒しの魔法を暫くかける。顔色もよくなり、もう大丈夫だと感じた。


 そんな時、外が静かになった。クライヴの大きな声や魔獣の不快な声は聞こえない。勝負が付いたのだろう。そう思って外の様子を見に行こうとした矢先、先ほどの女性二人が入って来た。



「お父様!?」


 ベッドに駆け寄り泣き出した。



 アルフィーはその優しい光景を見て微笑んだ。


(後は親子でゆっくりとな……)



 部屋を後にした時に叫び声が聞こえた。


「お父様ぁ!? どうして! どうして亡くなってしまったの!?」


「エルナ……私たちのお父様は……最後まで誇り高き国王であったッ!?」


「まだ言いたい事がっ、沢山! 沢山あったのにぃぃ!? どうしてよぉ!?」




 悲痛の叫びが洞窟内にこだまする。何とも言えない表情で外に出たアルフィーは、動ける女性騎士を見つけて、言伝ことづてを頼む。『洞窟の中で泣くお二人に、どうか脈を測って下さい』と。

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