最終話「クラヴィーと小さな世界と私」





 ――――眩しい。

 また1日が始まるのか。

 ベッドから起き上がる事すら億劫になってしまう。

 眩しい。

 掛け布団に包まって、出来るだけ日光が入らない様にした。

 私は幸福になった。


 だがその幸福は、一瞬にして瓦解する。


「チェンバー! 朝よ、早く起きなさい!」


 お母さんがそう言いながら掛け布団をひっぺがした。


「未だ寝たいのに………………」

「だーめ。早く顔を洗って、朝ご飯食べなさい!」

「……はーい」


 リビングにある机の上には、パンと目玉焼き、それとジャムが置かれていた。

 2セット置かれているので、お母さんは私の分も用意してくれていると言う事だ。

 それを認めた後、私は洗面台へ向かった。

 洗面台で顔を洗い、いつもの場所からタオルを取り、顔を拭いた。


 何か忘れている様な気がする。


 朝食を食べ終えたが、お母さんとの会話に熱が入ったので、お母さんと同時に片付けた。

 洗い物を手伝い、その時にも話をした。

 

 また洗面台へ向かい、今度は歯磨きをした。

 お母さんの歯ブラシは白で、しかし私の歯ブラシはピンクだったが、毛が広げって来たので、黒色の歯ブラシに買い替えた。

 それを確認した後、黒の歯ブラシを手に取り、歯を磨いた。


「お母さん! ちょっとだけ外で涼んでいい??」

「良いけど、直ぐに戻って来てね」

「解った」


 そう言うと、私は家の外へ出た。

 

 するとそこには、いつもの光景があった。

 隣のコルさんの家。

 畑を挟んで奥にあるシュピールさんの家は、最近引っ越した為今は空き家になっている。

 そして視界の右側に集中している反対側に、はある。



 真っ黒な、壁が。



 暗黒の壁。

 この世界の端。

 この壁は触る事が出来るが、とても硬い。

 硬くて、硬くて、硬すぎるので、この壁は破れない。

 そしてこの壁の頂点は見えない。

 それ程までに、この壁は高かった。

 この世界の壁は、誰にも超えられない。

 一体これは何なんだろうか。

 そう思ってはみるが、何を思っていたか、直ぐに頭の中から霧散してしまう。

 歩み寄り、壁に手を付けてみた。

 ひんやりしている。

 何か、大切な事を忘れている気がする。

 何か……大切な事を…………。

 だが、忘れてしまった。


 一体何だったか。


「チェンバー! ちょっとコルさんの家まで行って、野菜を買って来てくれない?」

「何を買って来たらいいの?」

「そうね…………キャベツと………トマト」

「解った」

「お金は勝手にお母さんの財布から取ってね!」

「解った!」

「……お釣りは返してね」

「解ってるよ!」


 盗んだりする訳が無いだろう。


 我が家から五十メートル程離れた場所に、コルさんの家がある。

 その奥にある畑はコルさんのもので、コルさんの家は、家兼八百屋なのだ。

 よくそこで野菜を買わせて貰っている。



「よぉ、チェンバーか。今日は何が欲しいんだい?」


 ガタイの良いおっさんが、私にそう話しかけてくる。

 このおっさんこそが、コルさんだ。

 青いシャツに白のエプロンを着けた姿は、初めは少し驚くが、幼い頃からの付き合いだ。もう慣れてしまった。


「今日はキャベツとトマトを…………」

「おうよ!」


 そう言いながらコルさんは、小さな袋にトマトとキャベツをいっぱい入れた。

 その間。


「コルさんは、この壁って何だと思いますか?」


 気付くと私はそう質問していた。


「壁って?」

「この真っ黒な境界ですよ」

「何って、特に何も思わないけど」


 コルさんは袋の中を確認した。


「この世界って、誰かに求められたから存在するらしいんです。だからあの壁にも、意味があるのかなぁって」

「あぁ? 誰が言ったんだ? そんな事」

「えーっと……確か………………あれ? 誰だっけ」

「覚えてねぇのかよ。だがまぁ、確かに今まで考えた事は無かったな」


 手を止めて、思案顔でそう言った。


「だがまぁ、特に俺たちにとって不便利がある訳でも無いんだし、考えなくても良いんじゃ無いか?」

「…………」

「でもでも、考えるのは自由さ。また何か理由が思い浮かんだら、教えてくれよ!」


 そう言ってコルさんは、トマトの入った袋とキャベツの入った袋を渡した。

 それを受け取り、私はお金を支払った。


「毎度あり!」


 コルさんがそう言いながら私を送ろうとしたした時。

 私の視界にあるものが入った。

 台の上に乗った、一つの金槌。


「コルさん、これ貰って良い?」

「あぁ、別に良いが…………」

「ありがとー!」


 何故か解らないが、私は、金槌を貰った。




 その夜。

 中々寝付けなかった。

 寝ようとしても、突然頭が痛くなって、目が覚める。

 これが繰り返された。

 私は昼に貰った金槌を手に、壁の前に立った。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉりゃぁ!!」


 そう叫びながら、私は金槌で思い切り壁を殴った。


『バキィッ!!』


 そんな鈍い音を立てて、壁は細かな破片を舞わせた。

 もう一度!


『バキィィ!!』


 前よりも大きな破片が舞った。


 もう一度!


 もう一度!!



 もう一度!!!





 そうして殴り始めて122回目。



『バリィィィィィィ』



 人一人が通れそうな穴が出来た。

 それは少しずつ閉じてゆく。


 急げ!!


 急いで私は、壁に出来た穴の中に飛び込んだ。






























 
















「ん、ん〜――――――――」


 風がさぁさぁと吹いている。

 とても気持ちが良い。


「…………えっ?」


 目が覚めると、見知らぬ場所に居た。


「何処?」


 緑色の何かに囲まれた謎の世界に、私は居た。


 その緑色に触れてみる。

 少しザラザラしている。

 よく見るととても細かい毛がビッシリと生えている。

 破れそうだったのでそのまま破ってみた。

 すると断面から少し汁が出てきた。

 匂ってみるととても臭い。

 初めは舐めてみようかと思っていたが、とても舐められたものじゃない。

 千切った物を直様地面に投げつけた。

 どうやらこの緑は、茶色の柱にいっぱいくっついている様だった。

 その茶色を触ってみると、ゴツゴツしていて、少し手を怪我してしまった。

 赤い血がつーっと垂れる。

 それを認めた後、再度その茶色に目をやってみる。

 よく見るとその茶色から、黄金こがね色の粘性の高い液体が流れている。

 指ですくって舐めてみた。

 

「んっ!」


 とても甘かった。

 美味しい。

 また私はその黄金色を掬って舐めた。

 美味しい。

 美味しい。

 甘い。


「何なの、これは?」


 一人しかいない此処で、私は一人そう呟いてみた。

 その茶色に手を当てながら、そう言った。

 当然返事など無いので、私はその事実に鼻で笑って答えた。


「これは樹木ですね」

「ぎゃぁぁ!!!」


 突然声をかけられたので、喫驚して変な声を出してしまった。

 声の主を探すと、その樹木とやらの下に、小さなロボットがあった。

 少し、懐かしい気がする。

 会った事がある訳では無いが、何か。

 心の中のモヤモヤが、そう訴えかけている気がする。


 そのロボットは、ゆっくりと私の元へと歩み寄って来た。


 そして、私に言った。



「僕はクラヴィーと申します。貴女は?」


 

 この日私は、知らぬ場所で、一人のロボットと出逢った。















 

 

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