第4話「希求と山」






「万物に於いて、その存在は誰かに求められるから存在するんですよ」


 山の麓に着くまで3ヶ月。

 麓から今まで約3週間掛かっている。

 因みに今は山の中腹あたりだ。

 後半分ある。


 そんな中、突然クラヴィーがそんな事を言い出した。


「どうした?」

「だから、僕も、チェンバーも、求められ、作られた」

「作られた…………?」

「無から何か生まれる事なんてこの世の自然定理に反するでしょう? 有から新たなモノが出来上がる。これがこの世の普遍定理です」

「何でも?」

「何でもです」

「そうなんだ…………」


 こうして喋っていると、登山の辛さが少し和らぐ。


「ってか何でいきなりそんな事を…………?」

「いや、こうやって山を登っていると、昔の事を思い出すなぁと思って」

「そういやクラヴィーの昔って知らないかも」

「僕の昔ですか? それは…………」


 そう言おうとした途端。


「あれ? 昔って……どんな感じでしたっけ?」

「ん?」

「いや、さっきまで頭の中にあったのに、消えてしまいました」

「どう言う事?」

「僕にもさっぱり」


 自分の過去を、今この瞬間に忘れたらしい。


「でも、そう思った根拠は覚えていますよ」


 そう、とは、さっきの理論の話だろう。


「昔、この世界の物理定理について考えてみたんです。そうしたら、ある疑問が湧いて来て」

「ある疑問って?」

「『よく出来すぎた世界だな』と思った訳です。少なくとも自然というものは、全て輪環を形成するんですよ。水も然り、空気も然り、果ては生態系や宇宙空間に至るまで。全て循環し、サステナブルな自然を作り出している。そこに人間が干渉したからおかしな事になっているだけで、世界は輪環で出来ている。これを、よく出来ていると思ったのです」

「それが不自然だった……と」

「そういう事です。この世の自然が、あまりにも不自然だった。どうすればこの様な世界になるのか。考えて考えて考えて、結果出た答えが、誰かに作られているのではないかというものでした」

「はぁ………………」


 思わぬ発想の飛躍に感心させられる。


「つまりこの世界も、誰かに求められて作られたものだ……と?」

「あくまで僕の想像ですけどね」

「それでも、自然が不自然っていう矛盾は面白いよ!」

「ありがとうございます…………」


 そう言っている間に、もう陽も傾いて来た。


「今日はこの辺りで休みましょうか」

「そうしよー」





 次ぐ日。


 この山は、結構歪な楕円錐の様な形をしている。

 ただ頂点は削れ、そこに小さな地面が形成されている。

 クラヴィー曰く、あそこにピアノがあるらしい。

 なので目指すべき目的地は、この山の頂という訳だ。


 そしてこの山は、壁面に螺旋状に上り坂が続いている。

 つまり、山肌にある一定角度の上り坂をずっと登っていけば、何れ山頂に行き着ける訳だ。

 ただその長さが異常なのだ。

 3週間掛けて半分。

 標高の半分という事なので、実際この上り坂の長さを計算すれば、3週間はかからないだろう。

 何故なら、勿論のこと円錐は、上に行けば行くほど細くなる。

 つまりその壁面にある上り坂の長さも、今までと比べて短いのだ。

 クラヴィーの見立てだと、2週間掛からない程度で着けるらしい。

 つ ま り だ。

 私たちは、後もう少しの所まで来ていた。


 正直言うと、私もそのピアノとやらには興味がある。

 クラヴィーがそこまで良いものと言うのだから、それは素晴らしい物に違いない。

 クラヴィーの話によると、ピアノは高い物だと小さな家が建てられるくらいするらしい。

 安くても5ヶ月は不自由なく暮らせるくらいの値段がするそうだ。

 そんなに持ち上げられたら、興味を持つなと言われる方が難しい。

 早く見てみたい。

 その一心で、私は山を登り続けた。


「それにしても、はぁ、ロボットは、はぁ、良いなぁ、はぁ。こんなに、はぁ、登っても、はぁ、疲れないとか、はぁ」

「まぁロボットですからね〜。体力なんて無駄でしかない機能、わざわざつける意味が解りませんしね。要ります? 体力あるロボット」

「要らない、はぁ」

「でしょう? だから私に文句を言ったって仕方のない事なのです。それがこの世界ですから」

「あっそう、はぁ、喋っていると疲れるから、はぁ、もう喋られない、はぁ」

「じゃあ黙っておきましょう」


 こうして登山は続いた。









 ――――そして2週間後。



「……………………着いた……!」

「…………着きましたね…………」

「来ちゃったよ………………!」

「来ちゃいましたね………………!」


 眼前に広がるは、この山の頂。


「「うおぉぉぉぉ!!!!!」」


 角の取れた、なだらかな平地が続いている。


「やっと辿り着いたよ!!」

「はい!」


 一見、此処には何もない様に見える。


「やったね!」

「やりましたね!!」


 だが私には見えたのだ。





 視界のずっと先。


 そこにある、黒い物体を。









 

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