第3話「暗黒の境界と目的地」





 ――――眩しい。

 また1日が始まるのか。

 ベッドから起き上がる事すら億劫になってしまう。

 眩しい。

 掛け布団に包まって、出来るだけ日光が入らない様にした。

 私は幸福になった。


 だがその幸福は、一瞬にして瓦解する。


「チェンバー! 朝よ、早く起きなさい!」


 お母さんがそう言いながら掛け布団をひっぺがした。


「やだー! 未だ寝る!!」

「だーめ。今日はこの部屋お掃除するんだから。早く顔を洗って、朝ご飯食べなさい!」

「……はーい」


 リビングにある机の上には、パンと卵焼き、それとジャムが置かれていた。

 私の分しか置いていないので、お母さんはもう朝食を済ませたのだろう。

 それを認めた後、私は洗面台へ向かった。

 洗面台で顔を洗い、いつもの場所からタオルを取り、顔を拭いた。

 その時に鏡に写った自分の顔を見て、少なからず驚いた。


「私って、こんなに幼かったっけ」


 だが一瞬の内にしてその疑問は頭から消え去った。


 朝食を食べ終え、食器をシンクに放り込んだ。

 また洗面台へ向かい、今度は歯磨きをした。

 お母さんの歯ブラシは白で、私の歯ブラシはピンクだった。

 それを確認した後、ピンクの歯ブラシを手に取り、歯を磨いた。


「お母さん! 外に遊びに行っても良い?」

「良いけど、そんなに遠くに行っちゃぁ駄目よ!」

「解ってるって!」


 そう叫んで、私は家の外へ出た。

 するとそこには、いつもの光景があった。

 隣のコルさんの家。

 畑を挟んで奥にあるシュピールさんの家。

 そして視界の右側に集中している反対側に、はある。



 真っ黒な、壁が。



 暗黒の壁。

 この世界の端。

 この壁は触る事が出来るが、とても硬い。

 硬くて、硬くて、硬すぎるので、この壁は破れない。

 そしてこの壁の頂点は見えない。

 それ程までに、この壁は高かった。

 この世界の壁は、誰にも超えられず、誰も気にしなかった。


 私の日課だ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 そう叫びながら、私は壁に体当たりをした。

 勿論壁はビクともしない。

 ただ、「ゴン!」と鈍い音だけがこの場に響いた。


「いったぁぁぁぁ!!!」


 そう叫びながら右半身を左手で押さえ、地面をのたうち回った。

 痛い。

 痛すぎる。

 けどこうしたい。

 だって私は◼️◼️◼️◼️◼️◼️のだから。

 あれ? 何でだっけ。

 さっきまで言っていたのに忘れてしまった。

 まぁ良いや。

 忘れるって事はそれ程重要じゃないと言う事だ。

 じゃぁ私は何をしていたんだろう。

 早く家に帰ろう。

 そう思った時。


「こらぁ! チェンバー! 壁には干渉するなって、何度も言ったでしょう!」

「え? 何でぇ?」

「何でって…………危ないから」

「何が危ないの?」

「危ないものは危ないの」

「ねぇねぇ何で?」


「ねぇねぇねぇねぇ! 何でなのよ!」


「皆んな、壁が怖いのさ。これ以上、皆んなは何も知らなくて良い。何も知ろうとしなくても良い。だから、私と静かに暮らそう?」

「そうだね! お母さん!」








 


 ――――眩しい。


「やっと起きましたか。遅いですよ、チェンバー」

「ごめんごめん。なんか大事な夢を見ていたんだよ」

「ほほう、どんな夢ですかな?」

「確かあの夢はねー…………」




「あれっ? 何だっけ」


 

 





 


 樹海を闊歩した。

 ずっと、ずっと。

 もう1ヶ月近くは此処にいる。

 いや、多分1ヶ月くらいだ。

 実の所自分でも日付感覚が狂い始めてきている。

 一応空にある太陽らしきものは、一定のタイミングで沈む。

 そして夜がやって来て、また一定のタイミングで上る。

 私の元いた場所と同じ様だ。


「クラヴィー、これって、何処に向かっているの?」


 何度もし忘れた質問を今になってした。

 クラヴィーと出逢ってから今まで、全く同じ方角へ進み続けている。

 それも、寸分狂わぬ制度で。

 寧ろこの先に確実に何かが無いと可笑しい。

 一体何が…………


 そんな事を考えていると、クラヴィーは突然斜め上を指差した。

 その先のあったのは…………


「太陽?!」

「いえ、その手前にある山です」


 確かに太陽と被って山があった。

 流石に太陽には行けないよね。

 吃驚した。


「あの山に、何かあるの?」

「あの山に、ピアノがあります」


 あの山に、ピアノがある、と。


「チェンバーに、ピアノを見てもらいたくて」

「何でさ」

「ピアノって言われても解ってないでしょう? 1ヶ月間いっぱい説明しましたが、結局解ってないように見える。だから、見た方が早いと思って。ほら、言うでしょう? 百聞は一見に如かずって」

「…………ヒャクブンは………………って何?」


 聞いた事がない言葉だ。

 どう言う意味なんだろう。


「…………さて、どう言う意味でしたっけ」


 それっきり、そこの言葉の意味をクラヴィーが思い出す事は無かった。






 

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