第2話「大きな手と大きな世界」



 



「クラヴィーって、何をエネルギーにして動いてるの?」


 口が無いなら、何も食べられない。

 ならどうやって、その体を動かすエネルギーを賄っているのか。

 純粋に気になった。


「太陽光だと思います。食べ物とかは摂ってませんし、呼吸もしてません。太陽光発電とか、そんな感じだと思います」

「そうなんだー…………」

「でもまぁ、自分でもあまり確証はありません。チャンバーだってそうでしょう? 有識者が、人間は食べ物からエネルギーを補充しているって言ったからそうだと知ってる訳で、そう教えて貰わねば自分のエネルギーの源は解らない筈です」

「確かに、私も言われて初めて知るから……」


 クラヴィーは時々私とは違う目線で物事を考えている。

 言われて初めて気付く視点だ。


「僕は、自分の事を誰にも教えて貰えなかったので」

「……私だって、自分が何者か何て解らないよ」

「貴女もですか?」

「この世に自分自身の事を完全に知り得ている奴何て、一人もいないさ。皆きっと、何かを知らず、それをずっと探している」

「僕も、探しています」

「私は解らないけどね」


 そんな事を話していると、突然クラヴィーが右隣にあった樹木に登り出した。


「ちょちょちょ、何やってるの?!」

「いやね、確か此処に置いてあった気が…………あっ、あった!」


 そう言ってクラヴィーは、樹木から飛び降りた。

 体に付いた緑を払う。

 その手には、一つの袋があった。


「この中にアレが…………」


 グラヴィーが袋の中を漁り、何かを取り出した。


「うぇ?! 何それ!」

「僕の手です」


 袋の中にあったのは、人間の皮膚に似た素材で出来た、人間サイズの腕だった。


「今ある腕じゃ小さいでしょ? だから必要な時にこの腕に切り替えれば、色々とし易くなる訳ですよ」


 成る程、今ある腕と取り替えられる訳だ。

 そりゃそうか、ロボットだし。

 痛覚とかあるのかな。

 どうなんだろう。


「何をするの?」

「それは使う時のお楽しみです。僕の夢の成就の瞬間には、この手が必要ですから」


 そう言って袋に戻して、右手で担いだ。

 夢の成就。

 クラヴィーの夢って………………



「此処は何処?」

「私も知りません」


 私達はずっと一方向に歩き続けている。


「でも、知っているのです」

「え? 知らないんじゃなかったの?」

「知らないのですが、何となく、この世界は、僕の為にある様だから」

「よく解らんな」

「僕自身も言っていて良く解りません」


 此処が何処なのか。

 抑も何故私は此処にいるのか。

 クラヴィーも、何故此処にいるのだろうか。


 一体、此処にいるのだろうか。



 不思議な事に、此処ではお腹は空かない。

 呼吸はしているが、実際この行為に意味があるかは解らない。

 だが、睡眠は必要なのだ。

 歩いていると眠くなって、軈て夢の中へと誘われる。

 当たり前の様で当たり前で無いこの世界では、睡眠は少し異質だったのだ。

 人間が生存するのに必要な事は、食糧と水分と睡眠だが、その内の二つは、この世界では何もせずとも保証されている。

 それなら、睡眠を取らなければいけない事に猜疑心を抱かざるを得ない。


 ――一体この世界は何なのか。


『帰っておいで』


 突然、そう、頭の中で声が響いた。

 知らない女性の声だ。

 だが、少し懐かしい。


『外は危ないから、この小さな世界の中にいれば良いの』


 だが、鬱陶しかった。


『そんな、壁を壊そうとしないで』


 私の探究心を、邪魔するな。


『中でお母さんと暮らそう?』


 さっさと黙れ!



 ――「はっ!」


「どうしましたか?」


 満月が頭上に爛々と煌めく月下の樹海。

 そこで私は眠っていた。

 クラヴィーは寝なくても大丈夫な様で、ずっと木に凭れ掛かって空を眺めている。


「…………ん〜……………………」


 そんな中、私が飛び起きた事に、クラヴィーは驚いた。


「いや、夢を見てたんだ」

「どんな夢なのですか?」

「いや、思い出せない。とても大事な記憶だった……気がする。何で忘れちゃったんだろう」

「夢は忘れるものです。忘れなかったという事は、それ程大切な夢だったという訳ですが、そうでは無いという事は、そこまで大切じゃ無いんじゃ無いですか?」

「そうね、そうかもしれないね」

「まだ日の出まで時間がありますから。今日はゆっくり休んで下さい」

「ありがとう」


 そうして私はまた眠りについた。


 今日はもう、夢は見なかった。











 

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