第28話

 ここはウィスタの格納施設の併設された、魔導師たちの待機所。

 その名の通り出撃前、あるいは待機命令中などで魔導師たちが一時的に過ごす空間である。

 ロイはその部屋でソファに腰を埋め、一人ぼんやり天井を眺める竜馬を見つける。

 いや、正確には視線をそちらに向けているだけで、ただただ物思いに耽っているように見える。恐らく医務室に運ばれたミスカの安否が気になるのだろう。


「よお、リョーマ。今日はティニアに付き合わされて災難だったな」


 そう声を掛けられ、苦笑するも一瞬。

 高所での恐怖で気を失っただけなので、彼女の容体は全く持って問題ない。それを彼も解っている。すぐに浮かない顔に戻ってしまうのはミスカのことが気になるからだ。

 ロイはそんな竜馬の様子に溜息を吐き、投げやりに頭を掻く。


「大丈夫だ。疲れて気を失っただけだろ。まあ、目の前でいきなり気を失われちゃ心配になる気持ちもわからなくは無いが、だからといってお前が下向いてたってなんも変わらんぞ?」


 そう慰めてみても反応は薄い。

 次に掛ける声を探していると、今度はヴァルカンドが現れる。


「ミスカは大丈夫なんすか!?」


 思わず席を立ち、問わずにはいられなかった竜馬。

 だが、彼は努めて穏やかな口調で話し出す。


「根を詰め、睡眠時間を削ってまで魔法の習得をしたようでな。今、爆睡中といったところだ。数日の休んで寝不足を解消し、腹一杯飯を食えばすぐにでも元気を取り戻すとのことらしい」


 そのヴァルカンドの言葉に安心したのだろう。ほっと吐息を漏らしている。


「だからもう心配はいらん。リョーマはもう自宅に戻り、ゆっくり休め」


「でも!」


「でも、ではない。確かにミスカのことは心配いらんと言ったが、それでも数日の静養は必要だ。その間、災獣ディザストが現れたらどうする? 誰かが彼女の穴埋めをせねばならないのだぞ?」


 ヴァルカンドにまで諭され納得したのか。後ろ髪を惹かれながらも帰宅の路に付く。

 そんな竜馬の後ろ姿を見送った二人の間に、暫しの静かな時が流れるが、静寂を先に破ったのはロイだった。


「ミスカが新しい魔法を習得したらしいな」


「ああ、並々ならぬ努力があったとはいえ、よもやこの短時間で己の物としてしまうとは。魔導師としての才が俺などもう及ばん域に達している」


「その才能にオレたちは生かされていると思うとホント、感謝の念が絶えないよ」


「これでこの街の防衛能力は一ランク上昇した」


「しかも彼女は若いときている。この街は暫く安泰だな。まあ、不測の事態が起きなければ、だがな」


「不測の事態か……。それが気まぐれに訪れるのがこの世界なのだぞ? 災獣ディザストという名のな」


 どんなに備えをしたところで、それを嘲笑うのがこの世界。いつも人の力など微々たるものだと痛感させられる。


「ところでだが……」


 と、話の区切りがついたところで、ヴァルカンドは話題の転換を図る。


「リョーマにはまだ魔法を覚えさせるつもりなのか?」


「折角、本人が頑張ってるんだ。外野がとやかくいうのは野暮ってもんだろ? ヴァルカンドは反対なのか?」


「いや、どんなことでも無駄なことはない。今はすぐ身にならなくとも、いずれ役立つ時が必ず来る。経験を得るとはそういうものだ。ただな――」


 と前置くと、ヴァルカンドは更に続けた。


「今、リョーマは悪戯妖精スプリガンとやらと剣を手にして戦っている。戦果は上げたものの、まだまだ未熟だろう。それと並行して魔法を学んでいては、どっち付かずになるのでは、と思ったのだ」


 元々は魔法の習得がなかなか出来ない竜馬を、手っ取り早く戦力に仕立て上げる苦肉の策だったもの。その苦肉の策が思いの外、威力を発揮しているのが現状だ。

 対災獣ディザストとして機能している以上、そちらを主眼に置いてもいいのでは、と言いたいことらしい。


「なるほど」


「無論、ウィスタに乗れる素質がある以上、魔法を金輪際諦めさせる必要はない。ただ、俺は武器を手にした今の戦い方のが竜馬に適しているような気もするんでな」


 接近戦を不得手とする魔導師たちと異なり、ウィスタを意のままに操る竜馬は間合いに縛られない。適宜、手にする武器を変えられるからだ。折角そのような長所があるのなら、生かさなければ勿体ない。


「とはいえ、近接を主体と戦い方はウィスタ本来の戦い方ではないからな。ファーニバルの耐久力などの兼ね合いも含め、その辺りはアリウス様やティニア相談しなけりゃなるまい。だが、ヴァルカンドの言いたいことはわかった。アリウス様には伝えよう。ま、後は、本人次第だろうな」


 今、竜馬は魔法の習得に必死。やる気を出しているとも言える。

 そこへやらなくていいと告げたとき、どんな反応になるのかわからない。

 人の感情とは繊細なもので、どんなに言葉を選んで伝えたとて、やる気を削ぐ可能性を否定できないものだ。

 しかし、とロイは思う。

 アリウス様はそちらを望むだろうな、と。

 将来に向けたウィスタの展望は勿論のこと、新しい物を開発するアリウスの表情は実にイキイキしている。そんな彼を見るのは本当に久しぶりだった。

 これも竜馬がこのロザリアムにきてから。

 なんでもいい。このままいい巡り合わせが続いてくれ、そう願うロイだった。

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