第27話
朝、いつもの様に研究施設に顔を出すと、明らかに普段と違う様子のティニアがいた。
問答無用で手首を掴まれ、有無を言わさず実験機の操縦席に放り込まれるのが常なのだが、今日に限っては優しげな笑みを投げ掛けてくるに留まる。
「ねえ、リョーマ」
異性を意識させる甘やかな声。初対面でそれをされたら勘違いしていたかもしれないが、残念ながら昨日までのティニアを知っている。
「……どうしたんすか、ティニアさん。変なものでも食べたんすか?」
「やだぁ。そんなつれない事いわないで頂戴」
そんな事を言いながら、しなを作って身体を寄せてくる。
正直、恐怖した。明らかに別人。もしかして何か裏があるのではと勘繰った。
「そんなに警戒しなくても大丈夫よぉ。チョット、オ、ネ、ガ、イ、があるだけ」
「な、何させようって気っすか……」
身体を強張らせる竜馬の耳元に口を寄せて、囁くように、吐息多めでこう言った。
「わたしを空に、つ、れ、てっ、て」
全くの意表を突かれ、竜馬はがっくりと肩を落とす。
「普通に言ってくださいよ、そんなこと。もっとヤバいことさせられるかと思った……」
「だってぇ、リョーマにしかお願い出来ないことなんだもん」
「すんません、口調をいつものに戻して貰っていいっすか。ぶっちゃけ、怖いっす……」
その竜馬の最後の一言にティニアはムッとしたが、不評だったのを鑑みたのだろう。すぐに素の彼女に戻る。
「はいはい。で、いいのね?」
「俺は問題無いっす。というか、お願いしたこともあるんで丁度良かったっす」
「お願いしたいこと?」
「空を飛ぶ時用にちょっと付けて貰いたいモンがあるっす」
後は口で説明するより見て貰った方が早い。と、二人はすぐに場所をファーニバルのところへと移し、操縦席に乗り込む。
「で、何をどこにつけようっての?」
「はい、歩いてる時はまだいいんだけど、空を飛ぶと身体が浮いちゃって姿勢が不安定になるっす。なので操縦席に固定できるよう、シートベルトを付けられないかなって」
「しーとべると?」
「要は操縦席に身体を縛り付けるロープっすね。ただロープが細いと身体に食い込むんで、出来れば幅のある帯のようなものがいいかな」
「なるほどね」
だが、施設内を探すも手頃なロープが都合良く見つかることもなく。今日のところは一先ず、丈夫さのみ拘った適当なロープで代用することにした。
竜馬は腰回りを背凭れと括りつければ、ややお腹が苦しいかもしれないが姿勢は安定するだろう。
問題はティニアで、彼女をどう固定するか頭を悩ます。というのも、一人乗りのウィスタの操縦席回りは非常にシンプルで、括り付けられるようなものがあまり見当たらないからだ。
膝の上に座って貰うことも考えたが少々キツイ。視界についてはファーニバルと同調してしまえば彼女の身体は妨げにはならないのだが、彼女と背凭れを括ってしまうと竜馬の身体がサンドイッチされてしまい、圧迫されて息苦しいことこの上ない。
「だったらこうすればいいのよ」
と、ティニアは竜馬の膝の上に腰掛け、その状態からくるりと九十度向きを変える。そう、お姫様抱っこの形だ。
ティニアの体温を直に感じる。横顔がすぐ近くにまで急接近。慣れないシュチエーションに緊張、鼓動が早くなるが、対する彼女は年下の異性には興味がないのか、全く気にかけてない模様。自分だけが変に意識しているようで余計に恥ずかしくなる。
彼女は身体側と脚側の二か所でそれぞれ背凭れに保持するように括ると、準備完了。
「これで良しっと。ウィスタの研究者である以上、ウィスタで出来ることってのを体験しときゃなきゃね。さあ、行って頂戴!」
意気揚々と、指令を下すのだった。
竜馬はファーニバルを施設から出撃させると、東門へと向かう。
そして門を潜るなり、ティニアに告げた。
「いくっすよ」
その時のティニアは見下ろす空の景色に期待していたのだろう。竜馬の首に回す腕から、高揚感が伝わってくる。
だが、ファーニバルが勢いよく跳躍した瞬間、彼女の顔は一気に強張った。
「ぎゃあああああ!」
一拍置いて汚い悲鳴が竜馬の鼓膜を容赦なく貫く。腕に力が籠り首を締め上げられる。
「ちょ、ティニアさん!?」
落ち着かせようとするも、取り乱す彼女の耳には届かなかった。
もしかしたら気球のような優雅な空の旅を想像していたのかもしれない。
しかし、そのイメージと懸け離れ、Gを感じるほどの急加速で飛び立ち、そのままの速度を維持して滑空する。ティニアの視界確保ために、操縦席の入り口を解放していたのも仇になったのだろう。落ちたら助からない高さまで一気に上昇したのが、恐怖に拍車を掛けていたようだった。
絶叫で鼓膜と脳を揺さぶられ、飛びかける意識を手放さなかった自分を褒めてやりたい。ファーニバルの姿勢をどうにか安定させると竜馬は無事、着地させた。
「げほっ、げほっ、ティ、ティニアさん、大丈夫っすか!?」
声を掛けるも、彼女は白目を剥いてぐったりしている。
ウィスタで飛ぶ姿を一度見せてからのが良かったかと後悔するが、後の祭りだ。
さて、どうしたものか。と、気を失うティニアと抱え狼狽えていると、突如、閃光と共に心臓を鷲掴みにされるような轟音が鳴り響く。
なんだろう。普段から耳にするような、馴染みのあるの音ではない。どう考えても物を破壊する類の音である。
方向は自分やミスカがウィスタで試し撃ちをする際、的にする大岩の方だと思う。
本来ならば退くべきだ。もし
だが、見たいという衝動に駆られた。何故か興味を惹かれる。根拠はないが見なければ後悔する、そんな思いに囚われていた。
もし危険を感じたらすぐ引き返そう。幸いロザリアムは目と鼻の先。そして何よりいざとなったらファーニバルなら飛んで逃げられるというのが、竜馬の背中を押す決定打となった。
操縦席を開けっ放しは流石にマズい。ロープを解き、ティニアを席と内壁との間にそっと押し込めると、操縦席を閉じて好奇心に従う。
息を飲み近づくと、そこにいたのはミスカのウィスタ、レーベインだった。
「ミスカ!」
声を掛けつつも、何をしていたのかと周囲を探る。
その目が捉えたのは、先日、
元々は炎弾の魔法をぶつけていた頑強な岩。確かに幾重にも亀裂が入っていたとはいえ、ここまで粉々になっているのは只事ではないだろう。
レーベインがこちらに向き直ると、操縦席が開かれる。
当然、ミスカの姿があるのだが、その顔には疲労が色濃く浮かんでいた。
「大丈夫か?」
もう一度と声を掛けると、彼女は小さく頷く。
その疲れを押して作る笑み顔に、どこか達成感を滲ませていた。
達成感とは何かを成し遂げたときに得られる喜びの感情。それが何かを考えたとき、竜馬は彼女が新しい魔法を覚えようとしていた事を思い出す。
そこから導き出される答えは、彼女が新魔法の習得に成功した結果に他ならない。
跡形もなくなってしまった大岩がその成果なのだろう。
「新しい魔法、なのか?」
竜馬の確認に、ミスカは小さく頷く。
「やったじゃないか!」
竜馬の喜びに、ミスカは再び小さく頷く。
声も出せないその様子にミスカの体力の限界を悟った。
「ミスカ、戻れるか?」
その問いには無言で、レーベインを歩ませることで答えた。
門を潜り、街の大通りを進むレーベインの足取りは確か。無事、格納施設までは辿り着くが、しかし施設出入り口を塞ぐ形で足を止めてしてしまう。
「ミスカ!」
呼び掛けるも反応がない。
偶然、近くにいたヴァルカンドに事情を説明し、施設内の人員と協力してミスカを操縦席から助け出すのだった。
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