第18話

 フォニに送り出され屋敷を後にした竜馬だが、ウィスタ工房に行く前に寄り道をすることにした。目的地は街をぐるりと囲む、堅牢な城壁だ。

 竜馬は大通りに出ると、乗合馬車に乗り込む。これは出掛けにフォニに教えて貰ったもので、この街の中を路線バスのように常に往来しているらしい。

 同乗する街の住人は魔導師の証である貫頭衣姿に非常に好意的で、一定の敬意を払いながらも遠慮なく接してくる。実は竜馬がファーニバルの搭乗者であることは知らない者が殆どであることから、先の功労者である竜馬個人ではなく魔導師全体に向けての好意だろう。

 突然、有名人になったがような扱いに恐縮しながらも、如何に魔導師が街から感謝、期待されているかを実感した。

 そうしているうちに、外壁付近に辿り着く。

 乗合馬車を下車して辺りを見渡せば、城壁上部の歩廊に続く階段をすぐに発見。

 近づくと歩哨だろう衛兵がこちらに気付いた。


「すんません、城壁の上に行きたいんですが……」


 城壁は軍事施設である。不用意に近づけば咎められるかもしれない。

 そう思った竜馬は遠慮がちに話し掛けるが、


「はっ! ご案内します!」


 貫頭衣の威力は絶大で、敬礼の後、自ら案内役を申し出る程だった。


「魔導師様、城壁にはどのようなご用件で?」


 階段を上がりながら、衛兵が訊ねる。

 竜馬もここに来た目的を隠すつもりはなく、変に勘繰られないためにも素直に打ち明ける。


「確か、鉄火砲ってのが上に置いてあったよね。ちょっとウィスタの参考にしたいんだ」


 実は竜馬は、踏み付けるドランプル襲来時に発したアリウスの鉄火砲という言葉が頭に引っかかっていたのだ。

 あの時は踏み付ける者ドランプルには効き目がないと言っていたが、目にしておくのも何かのヒントになるかと思い、ここまで足を運んだ、というわけだ。


「鉄火砲をウィスタの参考に? ……了解しました」


 衛兵は僅かに眉を顰めたが、ウィスタの参考と言われては疑問を挟む立場にない。歩廊に据えられた鉄火砲まで真っ直ぐ竜馬を先導する。


「こちらです」


 と、指し示す先には、竜馬の脳内のモノとはやや形状が異なるものの、単純な構造はほぼ同じと思われる大砲が街の外に向けて鎮座している。


「これって、火薬で弾を飛ばしてるんだよね?」


 と、竜馬は衛兵に確認する。


「はい」


 その短い返事で竜馬は己の想像と一致するのを確信した。

 衛兵と技術的な話をしても無駄だろう。長居はせず、その足でウィスタ格納施設に向かう。

 乗合馬車に乗って来た道を引き返し、ウィスタの研究室に入室するため扉のノブに手をかけようとするが、それに先駆け、待ってましたとばかりに扉が勢いよく開く。


「待ち侘びたわ。さあ!」


 待ち伏せていたティニアに見事な不意打ちを食らい、驚きに固まる竜馬はノブへと伸ばされた右手首を捕まれ、問答無用に引きずり込まれる。


「ちょ、ティニアさん!? まずお願いがあるですけど!」


「いいからとりあえず実験機に乗って頂戴! 話はそれからよ!」


 どこにそんな力があるのか、恐ろしいまでの腕力でテスト用のウィスタの操縦席に押し込まれてしまう。

 あまりの強引さに思わず文句を吐きそうになるが、その狂気を孕んだ目力に押し黙るしかなかった。

 そんな怯む竜馬の鼻先に人差し指を突き付け、ティニアはこう告げるのだった。


「リョーマ、貴方が魔法を使わず、思い通りにウィスタを操っているのは分かった。でも、それは普通じゃないの。その原理が判明するまで徹底的に付き合って貰うわよ」


「げ……」


 何を言っても無駄。そう感じさせる圧に晒されば、諸手を上げて降参するしかない。

 思いの外、功績を上げてしまったが故、興味を惹いたのだろう。

 ティニアの知識欲の前に気力を目一杯減退させられながら、ただ只管頷きマシンと化す。

 そうして実験に付き合わされた竜馬の精も根も尽き果てようとした頃、ティニアは唐突に思い出したように口を開く。


「そういえばリョーマ、貴方何かお願いがあるって言ってたわね」


 ここに来た当初の目的に触れて貰い僅かに気力を取り戻すと、漸く本題を切り出すのだった。


「ファーニバルに武装を積めないっすか?」


「は?」


「魔法の代わりにならないかなって。……出来ればビーム砲とかあればいいんですけど、流石にないっすよね?」


「び、びーむ砲? って、何よそれ」


「ビームが出る砲っす」


「だからビームが何なのか分かんないっての……」


「ビームってのは高熱の光の塊ことで、それを撃ち出す兵器をビーム砲って言うっす」


「高熱の光? ……それって炎弾の魔法じゃない」


「あ……」


 と、ティニアに言われて気付く。炎の塊に光線とビジュアル的には違いがあっても、効果としては共に高熱によるダメージを期待するもの。大差はないと言える。


「そんなものがあるんなら、魔法になんて頼ってないわよ。大人しく魔法の習得に励みなさい」


 と、彼女が続けるのも尤もだった。


「どうした。問題か?」


 ティニアとの会話に突然割って入る声。何時の間にいたのか、ロザリアム街の王アリウスだ。


「す、すみません、アリウス様。いらしたこと気付きませんで」


「いや構わんよ、ティニア。少し気になって寄っただけの予定のない訪問だ。で、何を話していた?」


 アリウスにそう言われるとティニアは思い出したように両手を腰に当て、態とらしいふくれっ面を作ると彼に訴えた。


「それが聞いて下さい。リョーマが無理難題を押し付けるんです」


「無理難題? どういうことだ?」


「ファーニバルに訳の分からない武器を持たせろっていうんですよ。自分の魔法の習得を怠けるために」


「いやいやいや、怠けるつもりはこれっぽっちもないっすよ!?」


 ティニアの謂れのない誤解に竜馬は焦りながら、懸命に否定する。


「勿論、魔法を習得するのが一番なのは理解してるっす。そしてそれを怠けるつもりも毛頭ないっす。ただ……」


「ただ、何だ? 言ってみるがいい」


 アリウスに促され、竜馬は先を続けた。


「はい。正直今日明日に使いこなせる見通しが立ってません。そんな中、またあの踏み付ける者ドランプルが現れたらって考えたら……」


「なるほど。再び殴打で対抗しなければならない。となれば、精々この前と同様に追い返すだけ。結局何時まで経っても踏み付ける者ドランプルの恐怖に怯え続けなければならない、と言いたいのだな?」


「そ、そうっす! で、手っ取り早く武器になる物が出来ないかなって」


「確かにな。先回は無事だったとはいえ、元々ウィスタは殴り合いなど想定されていない作り。無茶をさせ続ければ、機体に何が起こるか分からん。そういう意味でも何か持たせる案は良いかも知れんな」


 なるほどと、顎に手を当て呻るアリウス。

 一方で、愚痴が止まらないのはティニアだ。


「それでアリウス様、ビーム砲とかいうわけの分からないモノ乗せろって言うんですよ。リョーマは」


「びーむほう?」


「なんでも炎弾の魔法を撃ち出す鉄火砲らしきモノだそうで」


「ほう、それはリョーマのいた世界にはあるものなのか?」


 そう話を振られた竜馬は、即座に首を振った。


「いえ、ビーム砲はまだ想像上の兵器で、実用はまだ……。こっちの世界あればいいなと思って言ってみただけで……。その代わりに城壁の上にある鉄火砲てっかほうでしたっけ? あれをファーニバルに持たせられないかなって」


 そう提案してみたのだが、アリウスとティニアの反応は微妙だった。

 特にティニアは呆れの眼差しまで向けてくる始末。


「威力がそこそこなのは認めるけど、射程も命中精度も魔法には遠く及ばない。しかも発砲の都度弾込めが必要なんだから、ウィスタでの運用なんて無茶よ」


「弾込め?」


「一発撃ったら砲身に火薬と砲弾を詰める作業が必要なの知らないの? 加えて何発か撃ったら砲身内の清掃しなければ、弾詰まりを誘発する。どう? 災獣ディザストと戦いながらそれらを熟す自信ある?」


 どうやら運用は結構手間が掛かるものらしい。

 高台や柵を隔てた安全な位置からの砲撃なら兎も角、災獣ディザストと対峙しながら悠長に弾込めなど難しいだろう。

 数分前までは名案だと信じていたものの、この世界の技術レベルという現実を突き付けられるのだった。


「だが、武器を携行させる案自体は悪くない。ティニア、そちらは私が考えよう」


「え、アリウス様が? よろしいので?」


「前に伝えただろう。私もそろそろウィスタの開発に戻ると。タイミングもいいし、私も少々興味がある。ここは任せてくれないか」


 そう口にするアリウスの表情はどこか楽しげだった。

 優秀な魔導師の家系に生まれ、魔導師になるべく期待されていた彼だが、残念ながらその素質は持ち合わせて無かった。しかし、成り行きで携わったウィスタの研究開発こそ存外、彼の性分に合っているかもしれない。

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