第17話

 一夜明け、アンナミラに呼ばれた竜馬は朝食に向かう。

 食堂に入り、まず目に付いたのが居所無さげに立ち竦む困惑気味のイリクだ。

 それは一旦さておき、とりあえず四人分の配膳が済んでいるテーブルのうち、フォニの勧める上座に座った。


「あの……」


 と、言い淀むイリクに愛想笑いを返し、


「まあ、立ち話もなんだし、遠慮せずに座ってよ」


 三人に食事の席につくよう促す。

 アンナミラは淀みなく、フォニは自分を納得させながら、イリクはその二人のメイドの様子に驚きながらも遠慮がちに席につく。

 それを見届けた竜馬はワザとらしい咳払いを一つ挟み、切り出す。


「これからの食事は一緒の席で。いいかな」


「はあ……」


 昨夜の経緯を知らないイリクはどう答えたらよいのかわからず、気のない返事をしながら大人しく席に付くメイド二人へと視線を移す。だが、彼女らは内心はどうであれ、表面上は受け入れる姿勢を見せていた。


「……本当にいいのか?」


 まだ戸惑いを払拭できないのか、再度問う。


「うん。俺にとってはそっちのが慣れているんだ。それで色々と疎い俺に、この街のことや街の外のことを色々教えて欲しい」


「勿論、知ってることなら何でも教える。この屋敷に仕える使用人だからな。でもそれは都度時間を作れば……」


「いや、俺もウィスタに乗らなければならないから、ずっとこの屋敷にいられるわけじゃない。皆もこの屋敷でやることの予定を邪魔されたくないだろう。だから食事時ってのが一番都合がいいと思うんだ」


「時間なら我々が主人に合わせる。それが使用人」


「それがこの街の常識かもしれない。でも、余所者の俺はこの街の常識がまだわからない。そして使用人として来てくれているイリクさん達のことも何も知らない。だから日頃から何気なく話せる機会を作っておきたいんだ」


 厳つい外見をしていても、優しい人は幾らでもいる。逆に表面では誠実そうに見えても、良からぬことを企んでいる者もいる。

 それら人の本質の見抜く第一歩は、やはり会話だと竜馬は考えている。

 お互いの人となり、性格を知るためにも、色々と話す機会は必要だと思う。

 元々は思い付きで切り出した案だったが、昨夜寝ながら考えて改めて理にかなっているという結論に至ったのだ。

 未だ難しい顔をしているイリク。

 そんな難しく捉えなくてもいいのにと思いつつ、竜馬は相好を崩しながら付け加える。


「何より、食事は一人で食べるより皆で食べた方が美味しい。それが俺の生まれた場所で常々言われることで、俺もそう思ってる一人。でも暫く付き合って貰って三人が馴染めないようだったら、その時はまた考えるってのでどうだろう」


 まずはお試し。それが駄目なら次策を検討する。

 そうした妥協案を提示すると流石に気が引けたのか。


「いえ、我々使用人にとっていつもと勝手が違ったため確認したまでのこと。この屋敷の主人はリョーマ殿だ。好きにされるがいい」


 イリクは軽く頭を下げ、従う姿勢を見せる。


「じゃあ改めて朝ご飯にしようか」


 竜馬がフォークとナイフを手に取り朝食にすると、アンナミラはすぐに追従、残り二人は遠慮がちにではあるが同じように食べ始める。

 結局、この日は会話の弾まない緊張した時を過ごすが、いずれ談笑しながらの楽しい時間になることを望む竜馬だった。




 朝食を終え、一息吐いた竜馬は外出の準備をする。

 ティニアとワイボー老師のところに、今後の予定を確認するためだ。


「行ってらっしゃいませ」


 玄関で送り出すフォニから魔杖操師の貫頭衣を手渡され、それをすっぽり頭から被る。

 ふと、竜馬の顔を見上げるフォニの表情に違和を覚えた。

 まるで珍しい生き物でも見詰めるような、興味深げな視線を投げ掛けているのだ。


「何?」


 そう竜馬が問い掛けると、フォニは慌てたように取り繕う。


「失礼しました。何でもありません」


「ご飯の時にも言ったけど、同じところで生活していく以上、お互いをもっと知るべきだと思う。だから気になること、訊きたいことがあるなら遠慮なく言ってよ」


 そう水を向けると、暫し考え込んでいたフォニは意を決したように口を開く。


「はい、この街を救った英雄がどのような方なのか、見ておりました」


 英雄と言われるも、竜馬はすぐにピンと来なかった。

 しかし、客観的に見ればそう見えるのか、と他人事のように腑に落ち、途端気恥ずかしくなってしまう。


「よしてくれ。英雄なんて、そんな恰好いいもんじゃないよ。俺は」


 照れ隠しに否定するも、フォニは毅然と答える。


「いえ、リョーマ様はまごうことなくこの街の住人全てを救った英雄です。だからこそ不思議に思うのです」


「不思議って……、どういう意味?」


災獣ディザストを退ければ、その功績に自然と胸を張るものでしょう。それが天災級とあれば尚更です。しかし、リョーマ様はそれをおくびにも出さない。何故、そんなに謙虚に振舞えるのか。恐らく私でなくても不思議に思い、一体どのような方なのかと気になるのが自然ではないでしょうか」


 なるほど。確かに立場が違えば英雄と持て囃していたかもしれない。

 しかし竜馬は、自己評価を改める気にはなれなかった。


「俺は居場所を失うのが怖くて必死だっただけだしな」


 それが竜馬の偽りない本心。この街の人々を救うのが目的ではなく、この街を失えば自分が生きていけなくなるから必死に守ったに過ぎない。縁もゆかりもない土地で生きるために、自分で出来ることをしただけ。


「もし今回の手柄が誰のものかって話になるのなら、ファーニバルを貸してくれたアリウスさん……。それと、身寄りのない俺を保護してくれたミスカなんじゃないかな」


 決して竜馬一人で成し得たわけではない。ウィスタがあったから出来たこと。

 そして竜馬がこの街に来なければ、竜馬はそもそもこの街を守る必然性が生じなかった。

 そうした因果が巡り巡って今回の活躍に繋がったに過ぎない。

 果たして、その答えで納得するかは受け取り手のフォニ次第。だが、見栄を張らず本音を語ったのが良かったのだろう。小さなメイドは屈託のない笑みを浮かべ、こう答えるのだった。


「わかりました。では、英雄リョーマ様の活躍はアリウス様とミスカ様がいたからこそ。これでよろしいでしょうか」


「ああ、そうしてくれ。特にミスカには念入りに感謝してな。彼女が助けてくれなければ、今頃俺は災獣ディザストのうんちになってただろうしな」


「えっ? どういうことですか?」


「実は俺、少し前に森で災獣ディザストに襲われててさ。そこを偶然、彼女に助けて貰ったんだよ」


 ミスカとの邂逅を手短に説明する。

 そんな会話は時間としては僅かだっただが、フォニとは少しだけ打ち解けたような気がするのだった。

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