第3話

 壁面を整然と埋め尽くす書物に囲まれた部屋で、ミスカは今日の出来事を報告していた。


「ほう、君が拾ったという例の異世界人とやらがウィスタを動かした、と」


 答えたのは格調高く重厚なデスクに着く、縁無し眼鏡と輝くような白衣が印象的な、清潔感溢れる銀髪の男。

 今年二十六歳になる、ロザリアム街を治める若き街王、アリウス・カーライルその人だ。


「はい、間違いありません。その瞬間をあたしも隣で見ていましたので。しかも魔法を一切使わずに、です。本人も魔法を習った覚えはないと言っております」


「ふむ、俄かに信じがたいが、本当であるなら興味深いな。で、他には」


「すみません。レーベインを壊されてもと思い、それ以上は止めさせました。ただ、本人はウィスタに非常に興味を持っております。何をさせるにしても喜んで協力するでしょう」


「なるほど、な。異世界人を自称している時点で察するが、素性は相変わらず不明のままか」


「はい、生まれ、育ち、所属などあらゆる方面から調査させましたが、全く足取りが掴めておりません。直接の会話でもバカ正直といいますか、とても隠し事ができるような人物には……」


「疑わしい間者はそれはそれで間抜けではあるが……、まあよい。もう少し懐に招き入れてみるか。多少餌をぶら下げてみなくては、尻尾の出しようもないかもしれぬのでな」


「は。では今後は如何致しましょう」


「よし、私が直接会ってみよう。彼に伝えよ。この部屋に来るようにと」


     ◇


 ロザリアム街街王アリウスの執務室にて、竜馬はソファーに腰を預けている。

 対面に座るアリウスとは初対面。しかもこの街一番のお偉いさんときた。

 やや緊張の面持ちなのは仕方ないだろう。

 ミスカはアリウスの背後に控えるように立ち、極力存在感を消している。

 つまりこの席は実質、竜馬とアリウスの一対一の構図だ。


「リョーマと言ったか。君のことはミスカから色々訊いている。森で迷子、というより異世界から迷い込み、災獣ディザストに追われていたそうだな」


「はい、そこをミスカ……、ミスカさんに助けて貰いますた」


「ああ、無礼は気にするな、気楽に話してくれて構わない。回りくどいのは好きじゃないのでな。で、君の生まれ育ったところではこういった異なる世界への移動はよくあるのか?」


「えっと、聞いたことはないっす。というか異世界に迷い込んだ後、帰ってきたなんて人は俺の知る限りではいなかったんで、こうした事故が頻繁に起きてるかもわかってない感じで」


「なるほど、これは君達にとって事故なのか……。ところで君は魔導師ではないらしいな」


「はい、俺の世界の魔法なんてのは殆ど詐欺紛いなもんで、誰も使えないってのが一般論っす。なので当然、習うことも無理っす」


「そうか……、君はウィスタを知っているな?」


「レーベインと、それから格納施設においてあるのも見たっす」


「あれがどういう代物なのかは正しく理解出来ているか?」


「えっと……、ミスカに少し教えて貰いましたけど、災獣ディザストとかいうデカい化け物と戦うためのものってこと以外は、正直ピンときてないっす」


「うむ、そうだな。では簡単にだがウィスタが生まれた成り立ちを説明しよう。あれはもともと魔導師が携える魔法の杖だったものだ」


「魔法の杖?」


 竜馬にとってそれはあまりにも意外な起源だった。

 当然だ。杖から人型ロボットが生まれたなど誰が連想出来よう。想像の範疇を超えていても仕方あるまい。


「そうだ。魔導師が使う、魔法の威力を増幅させる補助具といった方が理解し易いか。長い歴史の中で魔法の増幅量を増やすため大型化を繰り返し、やがて持ち歩けなくなるほどに肥大した。色々と試行錯誤した結果、遂には己で歩かせるように進化させた魔法具の成れの果て、といったところだ。だから魔導師ありきで、魔法無しで動かせるようには想定されてはいないのだよ」


「じゃあ俺は……」


「そう。本来はあり得ないこと。これは想定外イレギュラーな事例だ」


「イレギュラー……」


「では次にリョーマ。何故、魔導師の杖の大型化が必要だったか分かるか?」


「強い災獣ディザストに対抗するため、ですか?」


「そうだな、結論から言えばそれも正解だが、そもそも魔導師がウィスタなどに頼らずとも災獣ディザストを退けることが可能なら不要だろう? 事実、過去は対処出来ていた。でなければウィスタが存在しない大昔に人類はうに滅んでいたはずだ」


 竜馬にはこの世界の過去は全く分からない。

 だが、アリウスの唱える逆説には矛盾がなく、無知な竜馬にもなるほどと頷ける内容だ。

 無論、災獣ディザストと呼ばれる外敵の強さが古来より変化していない前提だが。


「この世界の魔導師は徐々に退化している。だから道具を進化させるしかなかった。しかしウィスタの進化もそろそろ限界を迎えている。これ以上の大型化は構造強度が足らず、自重を支えることもままならない。自力での移動が出来なくなれば、我々人間は塀に囲まれた街の中で外敵に怯えながら生きるしかなくなる」


 現状を憂うアリウスはここで一息つく。

 そして再び竜馬を見遣ると、こう続けるのだった。


「そこへ魔導師でもない君が登場し、ウィスタを動かすことに成功してしまった。とはいえ、この事実は正直今のところ大した意味はない。結局、魔法が無ければ災獣ディザストには対抗出来ないからな。だが、可能性は色々と見出すことは出来る」


「それはどんな可能性……、っすか」


「そうだな。例えば、君がウィスタに搭乗しミスカに同行して現地で連結すれば、ミスカはウィスタ二機分の魔法の増幅量を得られる。ただ、現状では机上の空論、まだまだ様々な研究と試行錯誤が必要となるだろう。だから君にはその協力をして欲しいのだ」


「……俺の協力」


「そうだ。君は頭打ちし始めているウィスタ開発の一条の光。未来への希望でもある。無論、対価として相応しい待遇を約束しよう」


「やる! 俺、やります!」


 と、竜馬は勢いに任せ、二つ返事で引き受ける。

 本来なら待遇面を詳しく聞いてからがベターだったかもしれない。しかし、自分にしか出来ないと煽てられれば舞い上がってしまうというもの。しかも素性の分からない余所者の竜馬が、白い目で見られることなくこの街に滞在出来る名目が得られるのだ。

 何よりウィスタに携われる、あわよくば乗ることが出来るとあれば、浮かれて即決してしまうのも無理はなかったのかもしれない。


「良い返事を聞けて何よりだ。では、後ほど使いを向かわせる。細かい指示はその者に聞いてくれ」


 突然降り掛かった異世界生活に、やっと希望を見出せる。

 この時の竜馬は、十七年の人生の中で最もやる気に満ちていた。

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