第2話

 ロザリアム街の町並みは、どことなく中世盛期頃のヨーロッパの雰囲気を感じさせる。

 大きな違いと言えば、街の外周をぐるりと囲む石壁の過剰気味の高さ、頑強さだが、それだけ災獣ディザストと呼ばれる外敵が脅威な証なのだろう。

 そもそも魔導師も人間に変わりなく、休むことなく昼夜通して戦い続けることはキツイに違いない。何時ともなく現れる災獣ディザストに備えるには、ウィスタを保管、手入れする施設を含め、最低限の防衛施設は欠かせない、というわけだ。

 ウィスタの格納施設は街のど真ん中に位置し、そこを起点にウィスタすら歩行可能な大通りが東西南北に伸びる。往来は活発で、住人達の活気に溢れていた。


「どうだ、リョーマ。もうこの街には慣れたか?」


「そこそこかな。まあ、新しい環境だからすぐってわけには、ね……」


 竜馬はミスカの問いに言葉を濁す。

 ここに来て約十日ほど過ごしたことになるが、やはり電気やガスのない生活は不便極まりなかった。また、竜馬に積極的に声をかけてくるのはミスカぐらいで、兵舎の人間は余所者である竜馬と接点を持ちたがることは殆どなく、孤独を感じる時間が長い。

 しかしそんな愚痴を、色々便宜を図ってくれる彼女に聞かせるわけにはいかないだろう。幸い嫌がらせは受けてないので、後は時間が解決してくれると思いたい。

 そんな会話を交わしていると、程なくしてウィスタの格納施設に到着した。


「開けてくれ」


 ミスカが傍らの衛兵と思しき人物にそう告げると、巨大な門の脇の通用口の扉が開かれる。彼女に続いて扉を潜ろうとする竜馬は、一瞬警備兵の警戒心の強い視線を感じた。

 なるほど、ここは誰でも気軽に立ち入ることが出来る場所ではないらしい。どうやらミスカに頼んだのは正解のようだった。

 目隠しであろう衝立ついたてを迂回し、施設内部へと進むと、己が縮んだかと錯覚する程の大きな空間が広がっていた。


「おおお……」


 竜馬の口から感嘆の声が思わず零れる。

 というのも、見上げるほど高い天井の下、施設の壁を背に全高十五メートル近くのウィスタが十体、等間隔に並んでいたのだ。その光景を目の当たりにして竜馬は圧倒されていた。


「こんなにあるのかよ……」


「いや、今、二機が災獣ディザストの討伐に出てるみたいだから全てじゃないよ。この街のウィスタは全部で十二機あるんだ」


「すげえ! 十二機もあるのかよ! で、ミスカのウィスタもこの中にあるんだよな?」


「見てわからないのか? この前見ただろう」


「じっくり見てなかったしな。それに見たところ、どれも同じように見えるんだが」


「よく見てくれよ、違うだろ。あたしのはあれさ」


 と、ミスカは手前から二番目のウィスタを指差す。

 竜馬は目を凝らして見比べてみる。

 なるほど。確かにディテールが機体ごとに異なってはいる。だが、指摘されなければわからないレベルで、同型と括っても差し障りないだろう。


「おーい、ミスカ! レーベインの整備は終わっているぞ。念のため確認しておいてくれ!」


「分かったーっ!」


 ふいに奥から何者かの声が掛けられた彼女は、自分の機体へと近づく。

 竜馬は置いていかれないように追いかけた。


「レーベインってのはこの機体の名前なのか?」


「そう、あたしのは皆からそう呼ばれてるよ。みんなウィスタ呼びじゃ、区別つかないからね」


 なるほど。ウィスタというのは巨大ロボットの総称らしい。ミスカは垂れ下がる縄梯子を慣れた身のこなしで伝い、ウィスタの胸部の開かれた操縦席へと昇っていく。

 高揚が抑えられない竜馬はそのすぐ後を続くように縄梯子に手をかけたが、見上げた瞬間、慌てて視線を逸らす。

 丁度貫頭衣を真下から覗き見る恰好で、ミスカの生足を拝んでしまったのだ。

 幸いその奥は暗くて見えなかったのと、この事故に当人たる彼女が気付いていなかったので、必要以上に高鳴る胸を撫で下ろすだけで済んだ。


「ミ、ミスカ、昇り終わったら教えてくれ……」


「……よっ、と、もういいよ」


 その返事を耳に、念のためチラリと視線を上に向ける。間違いが起きないのを確かめると操縦席へと昇った。


「へー、座席以外には殆ど何もないんだな」


 それがウィスタの操縦席を初めて覗いた印象だった。

 事実、両肘置きからグリップが飛び出している以外、何もない。そのグリップもしっかり固定され、握った搭乗者が姿勢を安定させるためだけの代物に見える。

 つまり操縦桿やスイッチ、ペダル、更には計器類も一切見当たらない。

 一体、ウィスタとはどのように操るのか、竜馬の頭では皆目見当もつかなかった。


「レーベインの調整の確認するから一旦離れてくれる?」


 ミスカの指示に従い縄梯子を降りると、急ぎ彼女のウィスタから離れる。

 彼女は操縦席のハッチを開け放ったまま、言葉とも音とも聞き取れない音色を口から紡ぐ。

 レーベインが仄かに輝いた後に一歩前に踏み出すが、それはゼンマイ仕掛け式のオモチャのような機械的な動作だった。

 どんな仕組みで動いているのだろう。竜馬がそんな疑問を浮かべていると、ミスカは衛兵に指示を飛ばし始める。


「今から街の外に出る。施設の門を開けてくれ!」


 どうやら彼女はレーベインのテストを街の外で行うつもりらしい。

 格納施設を出て、憧憬、羨望、尊崇など様々な衆目を集めながら大通りを抜ける。竜馬は踏み潰されないよう距離を取りながらついていくことにした。

 ミスカは街の外まで繰り出すと、少し離れた場所にある地面から顔を出した大きな岩を指し示す。


「あれを目標とする。リョーマ、離れててくれ」


 再び声とも音とも似付かわしい呟きを紡ぐと、魔方陣を浮かび上がらせ炎弾を放ち、岩のほぼ中央に着弾させた。


「うん、調整は完璧だな。で、どうだ? 間近で見たコイツは」


 満足げに鼻を鳴らすミスカだが、竜馬は既に小躍りしながら感激の視線をレーベインに向けていた。


「すげー! すげーよっ! 超カッコいい!」


 しかし喜びを全身を使って表現する竜馬の反応に、彼女は表情を引き攣せていた。


「そんなにか? ていうか、街の幼子でももう少し落ち着いてるぞ」


「別にいいじゃないか。嬉しいモンは嬉しいんだよ」


「まあ、自分に正直なのは悪いことじゃないが……」


「なあ、よかったらオレも乗っけてくれよ!」


「はあ? 乗ってどうすんの? レーベインはあたし用なんだけど」


「ミスカの横でいい。ただ操縦席の雰囲気とそこからの景色が拝んでみただけなんだ」


「それだけ?」


「ああ、それだけで十分!」


「……まあ、そのぐらいなら」


 垂らされた縄梯子を昇り、竜馬は操縦席に上がった。

 座席と機体の内壁との隙間に身を潜らせ、正面を遠く眺める。十メートル近く上昇した景色は、同じ景色でも全然違って見えた。

 これが巨大ロボットから望める視界。たったそれだけなのに自分が高揚しているのが手に取るように分かった。


「やっぱいいな。巨大ロボットは……」


「ロボット?」


「いや、レーベインがカッコいいって言ったんだ」


「こんなところでか? 恰好を評価するなら内側からではなく、外側からだろう」


「外も勿論カッコいいが、ここも十分カッコいいんだよ」


「まあ、どちらにせよ自分の乗機が褒められて悪い気はしない。どうだ? 席にも座ってみるか?」


「え、いいのか!?」


「と言っても少し座るだけだぞ?」


「ありがてえ!」


 褒められ気分が良くなったのか、竜馬にとって非常に魅力的な提案がされた。

 ミスカは席から腰を上げ、竜馬とは反対側の席と内壁との隙間に収まる。竜馬は譲られた席の感触を味わう様にゆっくりと腰を落ち着けた。


「そんなにうれしいのか?」


「わかる?」


「ああ、顔に書いてある」


 彼女の口振りから余程気持ちの悪い笑みを浮かべているのだろう。自覚してるし、端から隠すつもりもない。

 弾む気持ちに身を任せ、肘置きのグリップを握った――、その時だった。

 いきなり自分の肉体の感覚が広がった。己が巨人にでもなったように。

 見える視界も変化した。先程より数メートル高い視点から見下ろす恰好に。

 そう、丁度意識がレーベインそのものと同化してしまった、と表現するのが当て嵌まる。

 それも漠然としたものではない。レーベインの指先に止まる虫の大きさや、踵で踏みつける土の感触すら分かる、はっきりとしたもの。

 今まで囚われたことのない未知の感覚に恐怖する。

 同時に、今、手を動かしたらどうなるか。己の腕が持ち上がるだけなのか、それともレーベインの腕が持ちがるのか。それを確かめずにはいられなくなった。


「おい、どうした? リョーマ」


 ミスカの気遣う声が遠く聞こえ、竜馬は我を取り戻す。


「ああ、すまない」


「どうしたんだ? 少し我を失っていたようだが」


「わからない。変な感覚……、レーベインと同化したような感覚だったんだ」


「同化?」


「ああ、この機体を乗っ取ってしまった、あるいは意識を取り込まれてしまったと言った方が分かり易いか。……なあ、ミスカ」


 と、話を繋げる。

 竜馬の真剣な眼差しから冗談の類ではないと感じたのだろう。ミスカは続く言葉を待つ。


「コイツを動かせそうなんだが、やってみていいか?」


「動かす!? 魔法は使えないんじゃないのか?」


「ああ、魔法なんて使えない。でもこのまま動かせそうな気がするんだ」


「どういうことだ? 言ってる意味がよくわからないんだが。……分かった。やってみろ。但し少しだけだぞ。予期せぬ事態で壊されては困るからな」


「了解。とはいえ、そんな気がしてるだけで、実際動くかどうかわかんねえけどな」


 錯覚かもしれない。そんな前置きをした後、意識を集中し、動かしてみる。

 半信半疑の中、なんと僅かな振動と共に、操縦席の前にレーベインの右掌が現れ、二人の視界を遮るのだった。


「……出来た」


「リョーマ。お前、魔法が使えるのか……」


「いや、さっきも言ったが魔法なんて生まれてこの方習った覚えはないんだ。でもなんでこんなことが出来るのか自分でもさっぱり分からない」


 何故こんな事が出来たのか、根拠不明では戸惑うばかり。

 だがそれ以上に、ウィスタを動かした事実に興奮していた。


「リョーマ、一旦降りてくれ」


 ミスカの水を差すような冷静な声。


「頼む。もう少しやらせてくれないか」


 色々試してみたい気持ちを抑えられず、頼み込む。

 しかし、彼女は首を振るのだった。


「気持ちは分かるが、これ以上はあたしの一存では許可できない。とりあえず格納施設に戻ろう。勿論この事は上に伝える。今後どうなるかの約束出来ないが、場合によっては――、リョーマの希望が叶うかも知れん」


 そう諭されては竜馬は従うほか選択肢がなかった。

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