第4話

「リョーマってのはいるかい?」


 兵舎の片隅で異動の準備をしていた竜馬のもとに、一人の男が訊ねてきた。

 歳は三十前後か。折角仕立ての良さそうな服を着ているのだが、無造作な栗色の髪と無精髭がワイルドな印象を与えていた。

 腕を組み、背を壁に預け、飄々とした雰囲気を醸しなんとも掴みどころがない人物だが、兵舎に出入りする衛兵たちの背筋の伸び具合から、彼らの上司、あるいはそれなりの地位にある人物であることが窺える。


「あ、俺だけど」


「なるほどね、君が噂の異世界人か。ホント見た目、オレたちと変わんないんだな」


「みたいっすね。その辺正直、俺も同感っす」


「で、もう移る準備は出来てるのか?」


「はい、着の身着のままこっちに放り出されたんで、荷物なんて碌にないっす。せめてお世話になったこの場所を軽く綺麗にしていこうかと」


 彼は顎を撫でながら竜馬の周囲を見渡すと、納得したように頷いてみせる。


「あー、掃除なんてそのぐらいでいいよ。行くぜ」


「え、まだ始めたばかりで……」


「いーのいーの。元からそんな綺麗なとこじゃないし、綺麗にし過ぎると返って居心地が悪くなる。こんなむさ苦しいところ早く出ようや」


 最後に本音を漏らしながら、彼はさっさと背を向けてしまう。

 恐らく彼がアリウスが言っていた使いだろう。となれば置いてけぼり食らうわけにはいかない。彼の言葉に従い、掃除もそこそこに兵舎を飛び出す。


「迎えがミスカの嬢ちゃんじゃなくて残念かね?」


「あ、いえ」


「残念だが、顔に書いてあるのを隠せてない。愛しのミスカに会えなくて残念、ってな」


「いや、そんなこと……」


「まーあれでも対災獣ディザストの要、十二魔導師の一人なんだ。そんな重要人物に何度も使いっ走りなんざさせられねえってわけさ。暫くは、髭面のおっさんで我慢してくれや」


「あの……。よかったら名前を」


「ああ、いけねえ。そういやまだだったな。そっちの名前を知ってたから、お互い知ってるもんだと勘違いしちまった」


 彼は頭をボリボリと掻くと、そのまま名乗り始める。


「オレはロイ。一応アリウス様の近衛隊の一人だから、色々なところに顔が利く。だから困ったこと、分からないことがあればとりあえず言ってくれ。オレは誰かにものを頼むのは得意なんだ」


 この場合の頼むは、多分押し付けるを意味するのだろう。

 であれば頼りになる半面、彼から押し付けられぬよう注意せねばなるまい。

 そんな会話をしているうちに、ウィスタの格納施設に到着する。

 今回は並べられたウィスタの目の前を通り過ぎ、さらに奥の部屋まで通された。


 その部屋はウィスタが並んでいた格納施設ほどではないが、空間を広く取られている。しかし物がところ狭しと積み上げられ、足の置く場は少なかった。

 入ってまず目に飛び込んできたのはウィスタの胴体部だった。

 天井から吊るされたそれにはあって然るべき肩より先、それと膝より下がない。修理中、あるいは組み立て途中なのだろうか。


「あら、アリウス様の腰巾着がこんなところに何か用?」


 と、突然掛けられた声に視線を彷徨わせれば、山積みされた資材、機材の影から成人女性が姿を現す。

 第一声の毒舌には驚かされたが、反して見た目はおっとりしており、端的に表せば綺麗な人。スタイルも抜群で、緩く巻いたオレンジがかった金髪からも大人の色気を漂わせていた。

 着ている白衣が理系を想像させ、よりデキる女性を演出している。


「随分と酷い言いようじゃないか、ティニア。偶々オレがアリウス様と歳が近かったから、幼少の頃から懇意にして頂いてるだけだよ」


「ふふ、ちょっとした冗談よ、ロイ。それにただ歳が近いだけじゃない、アリウス様が貴方のことを信頼してるのは良く知っているわ。それでその子なのね? アリウス様が言ってた異世界の子ってのは」


「そうだ。そら、リョーマ、今後色々と世話になる一人だ。しっかり挨拶しとけ」


 不意に背中を押され、つんのめるようにして一歩踏み出した竜馬は、言われるがまま名を名乗る。


「天羽竜馬っす。竜馬と呼んで貰えれば」


「ティニアよ。このウィスタ工房の研究員をしているわ。よろしくね。では早速だけどリョーマ、その座席に座って貰えるかしら」


 と、挨拶も早々に、彼女は目の前の不完全なウィスタを指す。

 なんの説明もないが、いきなり怪我をするようなことはさせないだろう。多少の不安に駆られながらも言われた通りウィスタに潜り込む。


「確か魔法は使えないって話だったわよね……。とりあえずレーベインを動かした時のこと、覚えているかしら」


「はい、はっきりと」


「ではその時と同じようにしてみて」


 そう促され竜馬は両肘置きのグリップを握り込み、集中する。

 レーベインの時と同様、意識がウィスタと重なる。前回と異なり肩より先、膝下より先が不明瞭な感覚だったが、動かすことへの障害にはならなそうだった。


「えっと、このまま動かせばいいっすか?」


「出来そう?」


「多分」


 と、竜馬は動くよう意識する。当然だが、宙吊りにされたウィスタは膝下がない足を交互に前後させるだけで、前に進むことはない。


「なるほど。確かに魔法を使ってる形跡はない。にも関わらず、ウィスタは動いている、と。これは調べ甲斐があるわね」


 と呟くティニアの目の色が変わった。まるで己の好奇心を満たす面白いオモチャを見つけたとでも言わんばかりに。

 その後も手元のバインダーに勢いよくペンを走らせながら、矢継ぎ早にあれやこれやと指示を飛ばす。時折覗かせる彼女の笑み顔に、何故か寒気を禁じ得ない。

 どこまでも探究心に貪欲な女性。そんなティニアの本性を垣間見た気がして、竜馬は口を噤み、従順にウィスタを操作し続けるのだった。


「ありがと、もう降りていいわ。ああ、そういえば……っと、どこいったかしら。あ、あったあった。これ、ちょっと持ってくれる?」


 漸く謎の緊張感から解放されるかと胸を撫で下ろす竜馬へと、ティニアは思い出したとばかりに、煩雑に置かれた木箱から拳ほどの大きさの青い石を取り出すと渡す。

 反射的に受け取ったそれは途端眩いばかりに発光し始め、竜馬の目を顰めさせるのだった。


「ちょっ!? なんだこれっ?」


「安心して、人体に害はないから。その反応魔石リアクトストーンが、リョーマの体内にあるマリキスに反応して光ってるだけ」


 そうした説明は先にして欲しい。

 しかしそんな不満も、手の中の反応魔石リアクトストーンの輝きに意識を持っていかれていた竜馬の口から呟かれることはなかった。


「ところでマリキスってのは……」


「魔法の源になるエネルギーを魔力マリキスって呼ぶの。優秀な魔導師の条件は魔力マリキスを多く保有していること、と言えばその石の反応がどれだけ重要なのかは理解出来るわよね?」


 竜馬は息を飲みながらも頷く。

 内心では驚きと喜びの感情が占める。研究に付き合うだけでなく、正式にウィスタに乗れる可能性が生まれたからだ。

 だが、竜馬の表情からその心の内を見透かしたのか、ティニアは期待と同時に釘を刺すことも忘れなかった。


「でも、まずは第一条件はクリア、といったところかしら」


「え? まだ他にも何かあるっすか?」


「ええ、当然。例え膨大な魔力マリキスを保有していても魔力マリキスを扱えなければ、つまり肝心の魔法が使えなければ魔導師とは言えないわ。でも逆に、魔法を学ぶ資格が有るとも言える。殆どの人間はここで脱落してしまうのだから、とりあえずはおめでとう、と言っておくわ」


 改めて告げられ、素直な竜馬は口角が持ち上がってしまうのを抑えられない。

 魔法が使えなければウィスタに乗れないのなら、魔法を使えるようになればいい。素養である魔力マリキスは十分あると保証してくれたのだから。

 次々と己の望む形に好転していく現状に、これもなんとなく出来るのではないかと竜馬の自信を無限に押し上げていた。


「お願いっす! 俺に魔法を教えて下さいっ!」


「残念だけど、それは私の分野ではないの。その辺りはロイが上と話し合って決めると思うから、乞うご期待ってとこかしら」


 部屋の片隅で背を壁に預けるロイにティニアが視線を送ると、その通りだと言わんばかりに肩を竦めてみせる。


「ってことで、暫くは私に付き合って頂戴。詳しい解析はこれからだけど、リョーマがウィスタを動かしてるのは恐らく魔力マリキスを源としていることはわかった。実は未知なる力で動かしているなんてことだったらお手上げだったけど、私の専門分野に収まってそうで良かったわ」


「うぃす。お手柔らかにお願いします……」


 こうして竜馬は、ティニアにモルモットとして扱われる日々に突入するのだった。

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