第13話 病の正体


 命の恩人を見付けるパーティー。あそこでもこうして腕を引かれたし、その隣にはずっと彼がいた。その時は何も感じなかったのに。

 それなのに今、掴まれた腕は熱く、前を行く彼の背中にドキドキは止まらず、揺れる彼の銀髪が何とも眩しい。

 もっと近付きたい、もっと親しくなりたい、もっと話がしたい。

 彼の背中に抱く、切ないこの気持ち。初めて覚えたこの感情はもしかして……。

「きゃあっ!」

「うわっ!」

 足早に歩くリオに腕を引かれながらも、その後ろ姿にボンヤリと見惚れていたせいだろう。ふとした瞬間に足がもつれてしまったメリアは、そのままバランスを崩して前のめりに倒れてしまった。

「……?」

 しかし勢いよく転ぶハズだったところを、寸前のところでリオが抱き締めるようにして防いでくれる。

 しっかりと抱き止められた後、顔を上げれば眼前にあるリオの申し訳なさそうな顔。

 その顔の近さに、メリアの顔が一気に熱を持った。

「ごめん、ちょっと速く歩き過ぎたな。大丈夫か?」

「ぴゃあっ!」

「ぴゃあ?」

 驚きのあまりおかしな悲鳴を上げ、勢いよくリオから離れれば、彼はどうしたんだと訝しげに眉を顰める。

 そんな彼に対して何でもないと首を横に振りながらも、メリアはその真っ赤になった顔を隠すようにして、リオから勢いよく顔を逸らした。

「ごめん、メリア。やっぱり怒っているよな」

「ええっ、何で?」

 しかしそんなメリアの照れ隠しの行動は、リオには怒りの行動として映ってしまったらしい。

 まさかの反応にメリアが勢いよく視線をリオへと戻せば、彼は申し訳なさそうにしょんぼりと俯いてしまった。

「だってオレ、メリアを案内するって言って連れて来たのに、途中でお前を放って行っちゃただろ? 知らない街に一人残して行くなんて、酷い行動だったよな。だからごめんな」

「そんな事ない! そんな事ないよ!」

 何たる誤解だと、激しく首を横に振って否定すると、メリアはその誤解を解くべく、必死になって言葉を紡いだ。

「ミナスから聞いたわ、リオは弟二王子で、国民の関心や期待がない事に劣等感を抱いているんだって! それなのに私が心ない事を言っちゃったから、リオは傷付いたんでしょ? だから謝るのは私の方よ。酷い事言ってごめんなさい、リオ!」

「えっ、兄さん、そんな事喋ったの?」

「え?」

 勢いよく頭を下げたメリアに対して、今度はリオが勢いよく頭を上げる。

 そんなリオの驚きの声に顔を上げれば、彼は不貞腐れたようにして頬を膨らませた。

「兄さんに何聞いたの?」

「え、何って……?」

「兄さんと何の話していたんだよ? 他に兄さん、オレの事何て言っていた?」

「え、えーと……リオが私に殴られて喜んでいた……とか?」

「ええっ、そんな事まで喋ったのかよ! うーわ、恥ずかしいっ!」

 くそっ、兄さんめ、帰ったらぶん殴ってやる、とか何とかブツブツと文句を連ねてから。リオは赤く染まった顔を隠すようにして、メリアからそっと視線を逸らした。

「そうだよ、オレ、王子のクセに国民の関心も集められないようなダメ王子でさ。その上友達もいないから、気兼ねなく話せるのって兄さんとティクムくらいなんだよ。だからその……メリアが王子としてじゃなくて、オレ一個人として接してくれた時、凄く嬉しかったんだ」

 どうせそんな話もしていたんだろうと剥れながら、リオは気恥ずかしそうに言葉を続けた。

「みんな、オレなんかに興味はないクセにさ、気ばっかり遣うんだ。メリアみたいに、オレが王子だって気付かないで近付いて来たヤツも、オレが王子だって気付いた瞬間にどこか余所余所しくなるしさ。メリアだけだよ、オレが王子だって分かっていながらも、オレの事ぶん殴って文句まで言って来たヤツって。だからあの時、ちょっとだけ感動したんだ」

 恥ずかしそうにそう話してから。それでもリオはその赤く染まった顔をメリアへと戻すと、照れ臭そうにはにかんだ。

「同年代の子で、こんな風に話せた事なんてなかったからさ。だから今、こうしてメリアと普通に話せている事、凄く嬉しいんだ。ありがとうな」

 えへへと笑いながら頬を掻くリオの姿に、メリアの中で何とも言えない感情が生まれる。

 トクトクと、この胸を打つ新たな感情。それに戸惑いを覚えながらも、メリアはリオの言葉にコクリと頷いた。

「私も……私も、リオと話が出来て嬉しいわ。それに、もっと話がしたいとも、思う」

「えっ、本当に!」

 瞬間、リオの表情がパアッと輝く。

 そんな彼の笑顔に、確かに心がキュンと震えた。

「マジかよ! そう言ってくれるなんて嬉しいぜ。ありがとう、メリア!」

 ニカッと歯を見せて笑う、その太陽のような眩しい笑顔。自身の心を大きく動かした、大好きなリオの笑顔。

(ああ、そっか。私、リオの事が好きなんだ)

 リオの笑顔が好き。そう思った時から、とっくに彼の事が好きだったのだ。リオに対してのこの気持ちは何なんだと、悩む必要なんかなかったのだ。

 リオが好き。そう自覚すれば良かっただけの話だったのである。

「よし、行こうぜ、メリア。早く行かないと兄さんに追い付かれちまう」

 そっと右手を差し出される。

 さっきはこの感情が何だか分からなかった。だから握り返せなかった。でも今は……。

「だ、だから迷子になんかならないってばっ!」

 その感情を自覚した途端、さっきよりも胸が熱くなり、耳まで真っ赤に染まる。

 だからその感情を自覚した後も、メリアには尚更その右手を握り返す事は出来なかったのである。

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