第14話 相容れない世界・人魚

 楽しい時間と言うのはあっと言う間に過ぎるモノで、気付けば太陽は沈み掛け、空の色も青から茜色に変わっている。

 一日中リオに連れ回され、街中を歩き回っていたメリア。慣れない人間の足でここまで歩き回るのは初めての事で、その足はかなりの疲労を訴えていた。

「ごめん、ちょっと歩かせ過ぎちゃったな」

「ううん。楽しかったし、これくらいどうって事ないわ」

「いや、でもちょっと休んだ方が良いって。城に帰るのは、それからにしようぜ」

 目敏くもメリアの疲労に気付いたリオが、噴水のある大型広場のベンチに、メリアを無理矢理座らせる。彼なりの気遣いなのだろう。ありがとうと、メリアはその好意を大人しく受け取る事にした。

「向こうにある店で飲み物を買って来るよ。ちょっとここで待っていてくれ」

「えっ、いいわよ、そんなの。ちょっと休むだけで十分だから」

「いいから、いいから。それに今度はすぐ帰って来るから大丈夫だって。じゃ、行ってくるな!」

 メリアが止めるのも聞かず、リオはさっさとその場から立ち去ってしまう。

 何だか悪いなとは思うが、これも彼なりの気遣いなのだろう。だからメリアは、やっぱり大人しくその好意を受け取る事にした。

(楽しかったなー)

 確かに歩き回った足はパンパンだ。でもその疲労さえも、楽しかったとそう思える。

 リオを待つ間、思い出されるのはリオの笑顔ばかり。彼の笑顔を思い出すだけで、胸が躍る、幸せな気持ちになれる、自然と笑みが零れる。

 もっと彼と話がしたい、もっとその笑顔が見たい、もっとずっと一緒にいたい、もっと、もっと……。

(早く戻って来ないかなー)

 両手に一つずつ飲み物を持ち、彼は間もなく戻って来るだろう。自分の好きな、あの明るい笑顔を浮かべながら。

 しかしメリアが戻って来るリオの姿を、思い浮かべていた時だった。

 海の底でよく聞いていた、その懐かしい声が聞こえて来たのは。

「やあ、メリアちゃん。アホ面を更にフニャフニャに緩ませて何をやっているんだい?」

「っ!」

「この広場、大分人が疎らだけれど、それは時間のせいじゃなくって、キミのそのだらしない顔のせいなのかな?」

 一国の姫君に対する台詞じゃないその言葉にハッとして、メリアは勢いよく顔を上げる。

 クセのある長い黒髪に、紫紺の瞳。いつもと違うのは、その紫色のローブの下にあるのが、魚の下半身ではなくて、人間の足だと言う事くらいだろう。

 いつからそこにいたのかは知らないが、目の前に立っていたのはアルフ。マーメイド王国の大魔導師であり、メリアの幼なじみでもあるその姿であった。

「うわっ、びっくりした。アルフじゃない、久しぶり」

「そうだね、久しぶりだね」

「何してんの、こんな所で?」

「何って、決まっているだろう? キミの様子を見に来たんだよ」

「様子?」

 私の様子なんか見てどうするんだと、メリアは首を傾げる。

 するとそんな彼女の反応に、アルフは心底呆れたように溜め息を吐いた。

「キミに与えた試験、王子の暗殺の途中経過を見に来たんだよ。調子はどうだい? 王子と親しい関係くらいにはなれたんだろうね?」

「あ」

 その問い掛けに、メリアはようやく当初の目的を思い出す。

 リオの事ですっかり忘れていたが、そう言えばミナス王子を暗殺し、王位継承の試験に合格するために人間の国に来ていたんだった。

「あって、何だよ、その反応? ……まさかキミ、何のために人間の国に来たのか、忘れていたんじゃないだろうね?」

「え? ええっと、いや、それはその……」

「ちょっと、勘弁してよ。遊びに来ているわけじゃないんだからね」

 何で人間の国を観光して楽しんでいるんだと、アルフは頭を抱えた。

「あのね、この試験に失敗すると、本当に妹君に王位が移っちゃうんだよ。確かにキミは国民の信頼は厚いさ。でも、その信頼だけじゃ国は任せられない。継承順位は低くても、やっぱり優秀な者が王位を継ぐべきだって言う意見も多いって、キミだって知っているだろう? 国王様だって、どちらが継いでも構わないとお考えだしね。だからキミが予定通りに王位を継ぎ、女王に即位するためには、この試験に合格するしかないんだよ。優秀である妹君に継承権が移ってしまえば、彼女はこれくらいの試験、ちょちょいのちょいって終わらせちゃうだろうからね。その辺、ちゃんと分かってんの?」

(王位継承試験、か……)

 もっと真面目に取り組んでもらわなきゃ困るだの何だのと、グチグチと始まったアルフの説教を聞き流しながら、メリアはボンヤリと考える。

 メリアがマーメイド王国の女王として即位するための試験。それがヘームルフト国の第一王子、ミナスの暗殺であった。

 ここに来る前は、そのミナスと言うターゲットに近付き、その胸に短剣を突き立てれば良いだけだと思っていた。確かに暗殺は初めてだが、その相手は人魚ではなく人間。自分達よりも格下で、冷酷非道な人間の胸を貫くなど、躊躇いなく簡単に出来る事だと思っていた。

 でも……。

(リオは、私がミナスを殺したら何て思うのかな)

 いざ蓋を開けてみたら、頭を占めるのはターゲットの事ではなく、その弟であるリオの事ばかり。彼は自分が兄を殺したら、何を思うのだろうか。そんな事は想像に難くない。悲しみ、嘆き、そして怒り狂うだろう。もしかしたら敵討ちだと言って、リオの手で殺されてしまうかもしれない。

(それならそれでも良いわ。だってリオが私に殺意を抱くのは当然の事だもの。でも……)

 先程見せてくれた、リオの笑顔を思い出す。

 リオは、メリアがリオを王子扱いせず、普通に接している事を凄く喜んでいた。だからそれなりに信頼もしてくれているのだろう。それなのに、そんな信頼を寄せていた彼女が兄を殺してしまったら。最初からミナスを殺す事が目的で、そのためにリオにも近付いたのだと知ってしまったら。

 そしたらきっと、リオの心は壊れてしまう。二度と笑わなくなってしまうかもしれない。

 大好きなリオの笑顔を自分が奪う。それだけは、絶対に嫌だ。

「ちょっと! ちゃんと僕の話聞いているの?」

「……聞いているわ」

「それなら良いんだけどね。それで、どこまで進んでいるんだよ、キミの暗殺計画は?」

「今、王子様のいるお城に滞在させてもらっている」

「え、そうなの? 何だ、思ったより進んでいるじゃないか。それじゃあ、後は王子の寝室に潜り込んで、暗殺を実行するだけだね。頑張れば明日には帰れるじゃないか」

 それは良かったと、アルフは満足そうに頷いた。

「でも油断は禁物だよ。キミの場合、最後の最後で何かやらかすんだから。いいかい? 帰るまでが暗殺なんだからね。決して最後まで気を抜かないように……」

「ねぇ、アルフ」

「何だい?」

 そんなアルフの言葉を遮って、メリアはポツリと、その想いを告げた。

「暗殺、止めちゃダメかなあ?」

「……は?」

 それはアルフにとってはとても信じられなくて、そして理解し難い申し出だったのだろう。彼は口角を引き攣らせながら、俯いたままのメリアにもう一度聞き返した。

「え、ごめん。今何て言ったの? もう一度言ってくれるかな?」

「……王位継承の試験、中断させて欲しい」

「中断って、キミ……、それが何を示すのか、分かって言っているの?」

「私は……マーメイド王国の王位を辞退したい」

「な……っ、何を言い出すんだよッ!」

 思いも寄らぬ申し出に思わず声を荒げると、アルフはメリアの肩を、強く揺さぶるようにして掴んだ。

「キミは、自分が何を言っているのか、分かっているの? キミは国を継ぐ者、その第一継承者なんだぞ! キミの背には国や民の未来と希望が懸けられているんだ! それがどれだけ重いモノなのか、分からないわけじゃないだろうね!」

「分かってるわよ! けど、それは別に私じゃなくったて良いんでしょ? 国民だって、妹の方が良いって言うくらいだもの。だったら私じゃなくって妹が継いだって、何の問題もないじゃない!」

「な、何だよ、それ、それはあまりにも無責任過ぎる! それだったら、最初から受けなければ良かったんだ! 僕が試験の話をした時点で、王位は辞退すると、そう言えば良かったんだ! でもキミはキミの意志で、この試験を受けた。それなのにやっぱり嫌になったから止めますなんて信じられない! 国を背負う立場でありながら、それはちょっと自分勝手過ぎるよ!」

「そ、それは……」

「一生懸命やって、それでもダメだったのなら別に良いさ。仕方がない、諦めるよ。でも、やっぱり嫌になったから止めますだなんて、そんな途中で投げ出すようなマネは僕が許さない。キミが自分で決めて始めた事だ。結果はどうあれ、最後までやるべきだね」

「……」

 アルフの言う事は尤もだ。嫌になったから妹がやれば良いなんて、確かに自分勝手過ぎる。それは国の上に立つ者として、言って良い言葉ではない。アルフが激怒するのも当たり前だ。

 けども、それでもメリアは嫌だった。リオの笑顔だけは奪いたくなかった。それくらいの理由で試験を放棄だなんて、自分を支持してくれている国民には悪いと思う。しかしそれでもメリアには、もう暗殺を遂行する事など出来なくなっていたのだ。

 全てを失う事になっても構わない。でも彼の笑顔だけは失くしたくない。

 それが、メリアの本心になってしまったのだ。

「笑顔を、守りたい人がいるの」

「……」

 ポツリとその理由を口にすれば、アルフから返って来るのは無言の返事。とりあえず話くらいは聞いてやると言う事なのだろう。メリアは視線を落としたまま、ポツポツと話を続けた。

「私が王子様を殺す事で、笑顔を失ってしまう人がいるの。太陽みたいな人でね、私にもその明るい笑顔を向けてくれるの。私はその人の笑顔が大好きだから……だから、彼が笑わなくなってしまうのは嫌なんだ」

「……」

 再び、無言が返って来る。それは人間に好意を抱いてしまった自分への、呆れなのか、怒りなのか。

 アルフがどう思っているのかは分からない。もしかしたら怒りのままに罵倒されるかもしれない。でもそれでも構わなかった。メリアにとってそれ以上に怖いのは、リオから笑顔が消えてしまう事なのだから。

「……それは、本当に笑顔なのかな?」

「は?」

 どれくらい、無言の時間が続いただろう。それを打ち破ったアルフの言葉に、メリアはようやく顔を上げる。

 軽蔑、と言う言葉が一番当て嵌まるだろうか。そこには驚く程冷たい目をしたアルフが、静かに自分を見つめていた。

「その人間は、本当に笑っているの?」

「何? 意味が分からないんだけど……?」

「ねぇ、メリアちゃん。人間が一番得意な事って何だと思う?」

「え……?」

「嘘、だよ」

「っ!」

 その言葉に、メリアの瞳が僅かに揺れる。

 掴んでいたメリアの肩からゆっくりと手を離すと、アルフは淡々と抑揚のない言葉を続けた。

「人間って言うのはね、嘘でも笑えるんだよ。内に秘めた醜い感情を隠し、相手を騙すためだったら、いくらでも笑う事が出来るんだ」

「そ、そんなのリオに限って……」

「僕、言ったよね。暗殺ターゲットである王子は、キミが人魚かもしれないと思っているって。だったらこうは考えられないかい? キミの言うその人間も、キミの正体を知っているって。だから優しい笑顔でキミに近付いたんだよ。良い人間のフリをしてキミを騙し、油断させ、そして自分の利益のためにキミを捕まえようとしているってね」

「そ、そんなわけ……」

「ないって言い切れるの? 会って間もない人間なのに、どうして? もし、彼の笑顔が嘘とは思えないからって言うんなら、それは益々怪しいね。だって裏がある人間、隠し事がある人間こそ、よく笑うんだからね」

「……」

 そんな事、リオに限ってあるわけがない。いや、あるわけがないと信じたい。自分の胸を熱くさせるあの笑顔が偽物だなんて。本当は全てを知っていて、自分を油断させ、捕えるために向けられていたモノだったなんて、そんな事信じたくない。他の人間は分からないけれど、でもリオだけはそんな事しない。いや、するわけがない。

 そう、信じているハズなのに。

 それなのにアルフへの反論の言葉が見付からないのは、どうしてだろうか。

「人間は汚い生き物だ。長年に渡り、僕達人魚にして来た事がその証拠だよ。あんまり、彼らを信用しない方が良い」

「で、でも、みんながみんな悪い人間ってわけじゃ……」

「ああ、そう。じゃあそう言うんなら、万が一にキミの言う人間が良い人間だったとしよう」

 それでも彼は悪人じゃないと思い込みたいメリアの言葉を、アルフは途中で遮る。

 そうしてから、アルフは冷たくこう尋ねた。

「じゃあキミは、その人間とどうなりたいの?」

「ど、どうって……?」

「もっと話がしたい? もっと仲良くなりたい? ずっと側にいたい? 無理だね。だって人間と僕達とは、住む世界が違うんだから」

「っ!」

 突き付けられた現実、叶わない夢。それにメリアは動揺に瞳を揺らす。

 例えリオが善人だったとしても、メリアの想いが実る事はない。だってもともと二人は、住む世界が違うんだから。

 その事実を突き付けられたメリアは、思わず言葉を失ってしまった。

「彼には彼の世界、キミにはキミの世界があるんだ。その二つの世界は絶対に交わる事はない。交わる事のない世界の人間には、必要以上に近付かない方が良い」

「……」

「もう分かるよね? 僕達は、相容れない存在なんだよ」

 相容れない存在。それは、前にリオも言っていた。あの時はそれでも前向きに考えてくれると、そう言い直してくれたけれど……。

 でもやっぱり、それは無理な話なのだろうか。

「彼が善人だろうが、悪人だろうが、結果は変わらない。どちらにしろ、すぐに別れはやって来て、キミは二度と彼の笑顔を見る事は出来なくなる。それなのにその笑顔を守るために王位継承の試験を放棄するだなんて……。それ、何か意味あるの?」

「……」

「自分の感情を押し殺す、コントロールするって言うのも、上に立つ者には必要な能力だよ」

「……」

「僕が渡した短剣、ちゃんと持っているかい?」

「……このポーチに、入っているわ」

「うん、肌身離さず武器を持ち歩くのは良い事だ。いつ何があるか分からないからね」

「そうね」

「それじゃあ今夜、暗殺を決行する事。勿論成功するに越した事はないけど、失敗したら仕方がない。その時は必死に逃げ帰っておいで。とにかく明日、みんなでキミの帰りを待っているよ」

「分かったわ」

「じゃあ、僕はもう行くよ。頑張ってね」

「……ねぇ、アルフ」

「うん、何?」

 そう言い残して立ち去ろうとしたアルフを、メリアが呟くようにして呼び止める。

 まだ何かあるのかと振り返れば、メリアはその表情が分からぬように俯きながら、ポツリと小さく言葉を零した。

「今なら人魚姫の気持ち、分かる気がするの」

「何が?」

「王子様が殺せなくて泡になる事を選んだ、お姫様の気持ち」

「……人間を助けるために、自らの死を選ぶ。僕にはちょっと理解出来ないね」

 とにかくバカな考えは止めてくれよと言い残すと、アルフは今度こそその場から立ち去って行った。

「……」

 アルフが立ち去った後も、下を見つめたままメリアは思い悩む。

 いや、悩む必要なんかない。自分が取るべき行動は一つだけ。アルフの言う通り、この短剣でミナスの胸を貫けば良い。それだけで全てが終わる。それで、リオともお別れだ。

(アルフの言う通りだわ。私とリオは相容れない存在。ずっと一緒にはいられない。だったら国のためにもミナスを殺し、全てに別れを告げて海に帰った方がきっと良い)

 でも、それでも……。

 それでも残された時間だけは、リオの側にいたい。

(……なんて、これからリオの笑顔を奪う自分に、そんな僅かな幸せも許されるわけないか)

 ははっと、メリアは自嘲にも似た笑みを浮かべる。

 しかしそこで、メリアはふと気付く。すぐに戻ると言って飲み物を買いに行ったリオが、まだ戻って来ていないと言う事に。

(リオ……?)

 不意に顔を上げ、メリアはキョロキョロと周囲を見回す。

 先程よりも薄暗くなった広場には、疎らだった人間の姿すらなくなっている。当然、リオが帰って来る気配もない。

(どうしたんだろう?)

 思わず立ち上がり、リオの姿を捜して広場を走る。

 アルフとは結構な時間話していた。その間にリオが戻って来ても良かったくらいの時間だったのに、それでも彼は現れなかった。

 ただ飲み物を買いに行っただけのリオが、こんなに遅くなるとは考えにくい。一体どうしたのだろうか。何かあったのだろうか。

(ああ、そっか)

 リオが行きそうな店。客の少なくなった店を一軒、一軒確認していたところで、メリアはその事実に気付く。

 もしかしてリオは話の最中に戻って来ていて、うっかりその内容を聞いてしまったのではないだろうか。そしてメリアの正体と目的を知って、それを報告するために城に帰ってしまったのではないだろうか。

(きっとそうだわ。リオが帰って来ない理由なんて、それしか考えられないもの)

 きっとリオから報告を受けた城の兵士が、間もなく自分を捕まえに来るのだろう。それならばこの試験は失敗だ。失敗となれば自分の身を守る事が優先。さっさと海に逃げ帰ろう。

(せめてもう一度、リオに笑い掛けて欲しかったな)

 メリアと、その名前を呼ばれ、あの太陽のような笑顔を向けてくれる。

 もう叶わなくなってしまったその願いに、メリアは自嘲する。

 しかし、トボトボと海への道程を歩いていた時だった。

 俯いたメリアの目に、それが飛び込んで来たのは。

「え……?」

 黒縁の丸い伊達眼鏡。地面に投げ出され、壊れてしまっている眼鏡だが、確かにそれには見覚えがあった。

 それは間違いなく、リオが変装に使っていた伊達眼鏡だ。それが何故、こんなところに落ちているのだろうか。

「リオ……?」

 誰かに踏み潰されたかのような壊れ方をしているそれに、メリアは嫌な予感を覚える。もしかしたら、彼に何かあったのかもしれない。

 不安に襲われながらも、メリアはリオの姿を捜す。

 壊れた眼鏡が落ちていたのは、狭い路地の前だった。だからもしかしたら、彼はこの路地の先にいるのかもしれない。

「リオ? リオー!」

 意外にも入り組んでいるその路地裏を、メリアは彼の名を叫びながらどんどんと奥へと進んで行く。

 と、その時であった。メリアの耳に、聞き覚えのある少年の声が僅かに届いたのは。

「……にすんだよ、離せよっ!」

「リオ?」

 間違いない、リオの声だと、メリアは声のした方へと足早に向かう。

 そしてその角を曲がったところで、メリアは驚愕に目を見開いた。

 そこでは数人の男達に体を押さえ付けられたリオが、無理矢理どこかに連れて行かれようとしていたのである。

「リオ!」

「えっ、メリア?」

 思わず彼の名を叫べば、彼らの視線が一気に自分へと注がれる。

 自分の姿に驚くリオと、そんな彼を力づくで押さえ付ける数人の男達。

 ああ、そうか。頭に血が上るとはこう言う事を言うのか。

「っ、リオから離れろ!」

「バカ! 来るな、メリア!」

 腰に付けたポーチの中にある短剣に手を伸ばしながら、メリアはリオを助けるべく、男達に飛び掛かる。

 しかし、怒りのあまり周りをよく見ていなかったのが悪かったのだろう。背後から近付いて来るもう一人の男に、彼女は気付く事が出来なかったのである。

「逃げろ、メリア!」

「ッ!」

 リオの叫びも虚しく、短剣に手が届く前に後頭部に鈍い痛みが走った。

 グラリと視界が揺れ、足に力が入らなくなり、受け身も取れずに体が地面へと倒れる。

 メリアと叫ぶリオの悲痛な声を最後に、メリアの意識はそこでプツリと途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る