第12話 伊達眼鏡の変装

 コンビニと言う全国チェーンの一部には、飲食スペースと言って、店で買った商品を食べられる場所が併設されている店もあるらしい。

 運良く併設されていた飲食スペース。空いていたその席に腰を下ろすと、二人は買ったばかりのスイーツとコーヒーとやらで、ちょっと休憩する事にした。

「最近のコンビニスイーツって美味いよな。低価格でこのクオリティだぜ? そんじょそこらの菓子屋よりも美味いと思うんだ。な?」

「え? ああ、うん、そうね」

 そんじょそこらの菓子屋がどの程度のモノなのかは知らないが……でも確かにこれ、美味しい。

「このパフェ、新発売らしいけど、めっちゃ美味いな。メリアと同じヤツにして良かったぜ」

「ああ、うん、美味しいわね」

 パフェと言う名の煌びやかなスイーツ。確かにこれは美味しい。美味しいのだが……。問題はそれと一緒にいる、このコーヒーとか言う名の謎の黒い液体だ。何だコレ。ただ苦いだけじゃないか。

「メリアって、コーヒーはブラックなんだな。意外と大人だな、お前」

「え? あ、うん……」

 ブラック?

「オレはミルクと砂糖入れねぇと飲めねぇもん」

「うん……?」

 ?

 言っている事はよく分からないし、その黒い液体を美味しそうに飲むリオもよく分からないが……。とにかく独特の味覚をしているんだな、人間って。

(それにしても静かね)

 美味しいスイーツを口に入れながら、メリアは周囲を見回した。

 店内にはちらほらと人間の姿があるが、誰もこちらにいるリオには気にも留めず、買い物や飲食を楽しんでいる。仮にも王子と言う立場のリオに、誰も話し掛けて来ないし、チラリとこちらの様子を窺ったりする者もいない。

(人間って、無関心な人が多いのかしら?)

 メリアもまた姫と言う立場にも関わらず、自由に国を泳ぎ回ったりはするが、ここまでみんな無関心ではない。勿論話し掛けて来ない人魚もいるが、それでも擦れ違えば会釈をされたり、「ごきげんよう、姫様」と声を掛けてくれたりする人魚の方が圧倒的に多い。気の良いおばちゃんには「ああ、姫様、今日はお忍びでどちらへ?」などと話し掛けられたりする事もある。それなのに、リオにはそれが一切ないのだ。

 王子であるにも関わらず、完全に一般人の中に溶け込んでいるリオ。

 メリアにはそれが、何だか異様な光景に映った。

「どうしたんだ、メリア?」

「え? あ、ええっと、誰もリオに話し掛けて来ないんだなあって、思って……」

 ボンヤリと辺りを見回していたメリアに、リオが不思議そうに首を傾げる。

 その呼び声に視線をリオへと戻すと、メリアは感じていたそれを、何の躊躇いもなく素直に口にした。

「リオって王子様でしょ? みんなが知っている有名人じゃない。それなのに、擦れ違っても誰も会釈すらして来ないし。レジでお会計する時だって、店員さんも何も言わなかったし。だからこうやって出歩いているのがいつもの事過ぎて、もう誰も何も言わなくなっちゃったのかなって思っていたの。出歩き始めた当初は、みんな話し掛けたりしてくれたんでしょ?」

「いや、そんな事はなかったよ。だってホラ、オレの変装完璧じゃねぇか」

「そんなわけないでしょ。眼鏡掛けたくらいじゃ、誰も騙されないわよ」

「うん……。まあ、そうだな」

「え?」

 てっきり「違う、オレの変装が完璧だから誰も気付かないんだ」と、笑いながら返してくれると思っていたのに。

 しかしその予想に反して、メリアの意見に大人しく頷くと、リオはその口元に寂しそうな笑みを浮かべた。

「ああ、メリアの言う通りだよ。もともとオレにはこんな眼鏡、必要ないんだ」

「リオ……?」

 もしかして聞いてはいけない事を聞いてしまったのだろうか。少しだけ悲しそうなリオに、メリアは眉を顰める。

 そんな彼女に見つめられながら、リオはそっと、変装用の眼鏡を外した。

「国民はオレに興味がないんだよ。だからオレが街を一人で歩いていたって、誰も気にしたりしないんだ。メリアだって、興味のないヤツと擦れ違ったって、特に気にしたりしないだろ? それと同じだよ」

「え? でもリオって王子様でしょ? 興味があるとかないとかって、あんまり関係ないんじゃないの?」

「そうだな。オレのご機嫌を取って、何か利点があるんなら会釈くらいはされるんだろうけど。でもオレの機嫌を取ったって、良い事なんか一つもないんだよ。所詮オレは、ヘームルフト国の弟二王子だからな」

「……?」

「オレは、兄さんとは違うんだ……」

「……」

 自嘲にも似た笑みを浮かべたリオがそっと俯けば、辺りはシンと静まり返る。

 そんなリオの姿を、どれくらい眺めていただろうか。

 程なくして顔を上げると、リオは無理矢理浮かべたような笑顔をメリアへと向け直した。

「何か、雰囲気暗くしちゃってごめんな。ちょっと頭を冷やして来るよ!」

「あ、リオ!」

 ガタンと音を立てて立ち上がったリオを呼び止めるものの、彼はそのまま店の外へと飛び出して行ってしまう。

 見えなくなったリオの背中をしばらく見つめていたメリアであったが、彼女は椅子に座り直すと、俯きながら溜め息を吐いた。

(何か、言っちゃいけない事、言っちゃったのかな)

 どこか寂しそうな笑みを浮かべた、リオの表情を思い出す。

 軽い質問のつもりだった。リオだって、いつもの明るい笑顔で返してくれると思っていた。

 けれどもリオが見せたのは、自嘲にも似た、今にも泣き出してしまいそうな微笑み。

一体何が悪かったのか、どうして彼を傷付けてしまったのか、追い掛けた方が良かったのか、戻って来たら何と言って謝るべきなのか、そもそも戻って来てくれるのか……。

(変な事、聞かなきゃ良かった)

 ぐるぐると後悔の念に苛まれ、ジワリと目頭が熱くなる。

 何故、こんなにも後悔しているのか。それすらも分からない。

 しかし締め付けられる胸の奥に、どこか虚しさを覚えていた時だった。

「あら、どうしたの? 何か悩み事?」

 ふと、頭上から声が掛けられる。

 それにハッとして我に返り、視線を上へと向ければ、そこにいたのは背の高い女の人。白い肌に優しそうな青い瞳。全体的にスラリとした細身の彼女は、金色の長い髪をゆったりと背中で揺らしていた。

「でも、そんなに後悔しなくても大丈夫よ。初めての感情に、リオは戸惑っているだけだから」

「え?」

 リオ?

「だからメリアちゃんが気にする事なんて、何にもないのよ」

「っ?」

 バチンとウィンクされたその青い瞳に、メリアはギョッと驚く。

 この女性、何故自分やリオの名前を知っているのだろうか。

「あ、あなた誰……っ!」

 リオは良いとしても、人魚である自分の名前を知っているなんておかしいと、メリアは警戒心を露わにする。

 すると彼女はクスクスと笑いながら、もう一度ウィンクをした。

「プリンセス・ミナ子でーす」

「……?」

「やだあ、メリアちゃんったら、まだ分かんないのぉ?」

 両頬に手を添え、クネクネと腰を振る姿の何と気持ち悪い事か。

 さすが私、完璧な変装だわと自画自賛すると、ミナ子はリオが座っていた席に腰を下ろしてから、ニッコリと微笑んだ。

「僕だよ、ミナスだよ」

「え……?」

「僕だよ、ミナスだよ」

「え、それって、王子、の……?」

「そう、王子の。キミに助けてもらったミナス王子」

「え……ええええええええ!」

「ちょっ、メリアちゃん静かに! バレちゃう、バレちゃう!」

 まさかの女性の正体に、メリアは勢いよく立ち上がり、驚愕の悲鳴を上げる。

 さすがにバレたら困るのだろう。ミナ子……もとい、ミナスは、怪訝な目を向けて来る他の客達に笑顔で謝ってから、メリアに落ち着いて座るようにと促した。

「ね、ね、どう、僕の変装? 僕だって分かんない? 気付かない?」

「わ、分かるわけないじゃない、まさか女の子になっているなんて思わないもの!」

「あはは、だよねー。リオにも変装はこうするんだよって教えてるんだけどさ、「誰が女になんかなるか!」の一点張りで、全く言う事聞かないんだよね。困った子だよねー」

「いえ、それが普通の反応だと思うわ」

「そっかー、メリア分かんなかったのかー。うん、さすが僕。イケてる」

「目の前で口紅塗り直すの止めてくれない?」

 鏡を取り出し、化粧を直し始めたミナスに、メリアは白い目を向ける。

 確かに伊達眼鏡だけのリオよりクオリティは高いかもしれないが……でもだからと言って、女装はないだろう。

「それよりもミナス、こんなところで何をしているの?」

「いやん、メリアちゃん。ミナスじゃなくって、ミナ子ちゃんって呼んで(ハート)」

「それよりもミナス、こんなところで何をしているの?」

「やあだあ、メリアちゃんってば、ノリわるーぃ!」

「……」

 変わらず白い目を向けて来るメリアに、そろそろ諦めたのだろう。ミナスは苦笑を浮かべながら溜め息を吐いた後、頬杖を突き直した。

「何って尾行だよ。弟が女の子と出掛けるってウキウキワクワクしていたから、つい付いて来ちゃった」

「公務は?」

「ティクムに任せて来たよ」

(ティクムさん……)

 あの人も大変だなあと、メリアはちょっとだけティクムに同情した。

「それにしても酷いなあ、リオのヤツ。こんな所に女の子を一人残して、どこかに行っちゃうんだもん。ね、メリア。あんな酷いヤツ止めて、僕にしとかない?」

「ううん、リオは悪くないの。彼が出て行ってしまったのは、私が酷い事を言ったから……」

 そっと視線を落とせば、再び浮かんで来るリオの寂しそうな笑顔。何故彼があんな表情を見せたのかは、正直まだよく分からない。しかしそれでも分かるのは、彼にあんな顔をさせてしまったのは、考えなしに言葉を放った自分のせいだと言う事だけだ。

「別に、メリアが悪いわけじゃないよ」

「え?」

 その言葉に、メリアは視線をミナスへと戻す。

 視線を向けた先にいたミナスは、困ったように苦笑を浮かべていた。

「リオはさ、自分が弟二王子って事に劣等感を抱いているんだ」

「弟二王子が劣等感?」

 そう口にしたミナスは、リオが浮かべた悲しそうな笑顔の理由を知っているのだろうか。

 その理由を知るべく、メリアはしばらくミナスの話に耳を傾ける事にした。

「僕達兄弟は、生まれた時から王子だった。だから身近にいるのは両親や、身の周りの世話をしてくれる大人ばかり。親しい仲で一番年齢が近いのはティクムだけど、それでも十は離れている。僕達にはね、同じ年くらいの友達がいないんだよ」

「……」

「その上、一般市民は大人も子供も他人行儀。気兼ねなく付き合えるのは、十歳以上離れているティクムだけ。だからリオは、幼い頃からずっと息が詰まりっぱなしだったと思うよ」

「友達、いないの?」

「僕達は王子だからね。そう言うのはちょっと難しいよ。みんな萎縮しちゃうんだ。失礼な事をしてはいけないとか、自分が近付いてはいけない身分の方だとか、何か無礼があれば罪に問われるだとか。本当はこうやって、一人で出歩ける身分でもないしね。それでも幼い頃は、友達になろうとしてくれる子はいたよ。でもみんな、親が引き離して行ったんだ。自分の子が王子様に何かしたら困るからね」

「そう、なんだ……」

 人間の世界は、人魚の世界とは違うらしい。そんなに沢山ではないが、人魚の国の姫であるメリアにも友達はいる。一般庶民の友達ばかりだが、メリアが姫だからと言ってどうこうするわけでもない、普通の友達ばかりだ。

 けれどもリオ達は違うらしい。王子と言う理由だけで、友達が出来ないらしいのだ。

 ならば、リオが王子でなければどうだったのだろうか。きっと沢山の友達に囲まれていたに違いない。だってあんなにも魅力的な人なのだから。他人を惹き付けないわけがない。

「何か、勿体ないわね。王子ってだけで、誰も彼の魅力に気付けないだなんて。あんな人、滅多にいないのに」

 おそらくそれは、無意識に口から出た言葉だったのだろう。ポツリと口から零れたメリアの本心に、ミナスはクスリと小さな笑みを浮かべた。

「うん、そうだよね。僕らのような素晴らしい人柄の持ち主、他にいないよ。それなのに王子ってだけで友達が出来ないなんて、勿体ない世界だよね」

「……」

 それ、自分で言わない、普通。

「ああ、でもそっか。ミナスもリオと同じで、王子様だから友達出来ないんだ」

「そうだね。でも、僕は寂しいと思う事はなかったよ。僕には友達に代われるモノがあったからね」

「友達に代われるモノ?」

「国民の関心と期待だよ」

 友達の代わりとなるモノが、国民の期待と関心だと言うミナスに、メリアはどう言う事だと首を傾げる。

 するとミナスは、苦笑を浮かべながら話を続けた。

「僕にもリオ同様、友達と呼べる友達はいない。けど、僕は幸運にもリオより先に生まれた第一王子。滅多な事をしなければ、次の国王になれるのはこの僕だ。だから僕は、友達がいない代わりに、国民の関心と期待を得られたんだよ」

 確かに、それについてはメリアにも何となく分かる気がする。マーメイド王国の国民の関心も、昔は第一王女であるメリアの方に向けられていた。それは滅多な事をしなければ、次期女王の座がメリアの方に約束されていたからだろう。……もっとも、今じゃ妹の方が女王に相応しいんじゃないかと言う意見が出ているせいで、その関心はメリアだけのモノではなくなってしまったのだけれど。

 だからもし、メリアと妹の能力に差がなければ、国民の関心は昔のようにメリアだけに注がれていただろうし、逆に先に生まれたのが妹の方であったのなら、それは完全に妹の方に向けられていただろう。妹が優秀過ぎるためにその関心や期待が分散してしまい、よく分からなくなっているが、状況が違えば、それはどちらか一方だけに向けられていたハズだ。

 では、見たところその能力に差がなさそうなミナスとリオではどうなのだろうか。考えるまでもない。それは当然、第一王位継承者であるミナスのモノだろう。

「勿論、僕とリオを対等に扱ってくれる者もいるよ。けど、弟よりも僕を可愛がってくれる者、僕の方に興味関心を向けてくれる者の方が圧倒的に多かった。城の従業員は僕の方を優先してくれたし、ティクムや兵士と街を歩けば、みんなが僕に注目し、頭を下げてくれる。声を掛けられる事だって多々あるし、メディアが取り上げてくれるのも、やっぱり僕の方が多かった」

「……」

「だからよく分かるんだよ、みんなが僕に期待してくれているの。みんなの期待に応えられるような立派な国王にならなくちゃって、もっと頑張って国を良くしなくちゃって、そう思える。みんなの期待に応える事で、みんなが笑顔になってくれる。いつの間にか、僕はそれに喜びを感じるようになっていた。だから僕は、友達がいなくても寂しく思った事はないんだよ」

「……それなのに、公務をサボって弟の尾行していたの?」

「ヤダなー、だって僕、何だかんだ言ってもまだ王子じゃん? 王様じゃないじゃん? それなのに父さんの手伝いばっかりしてらんないよ。適度にハメ外しとかないと疲れちゃうじゃん」

「いや、じゃんって、言われても……」

 立派な志の割には、行動が伴っていないミナスに白い目を向けるが、そんな事はお構いなしに、ミナスはどこか寂しそうな笑みを浮かべた。

「リオには申し訳なく思っているよ。ちょっと早く生まれたってだけで、国民の興味も期待も僕が独り占めしちゃっているからさ。これで僕の出来が物凄く悪いとかだったら、それも平等に分けられたのかもしれないのにね」

「……」

「国民の好意を向けられている僕が、自分でそれが分かるくらいなんだ。それを傍で見ているリオは、僕よりもそれを強く感じているだろうね。だからリオは、自分が弟二王子である事に劣等感を抱いているんだよ」

「それじゃあ、リオが平気で街を歩けるのは……」

 それは、リオの変装が上手いわけでも、日常茶飯事過ぎて市民が気にしなくなったわけでもなくて……。

「街の人の興味がリオにはないからだよ。たぶんみんな、リオ王子には気付いている。けど街の人達は、リオには興味がないから話し掛けない。それをリオはよく分かっているんだ。だからああやって堂々と街を歩いている。アイツが伊達眼鏡しか掛けないのは、もしかしたら誰かに関心を向けて欲しいから、敢えてバレるような変装しかしていないのかもしれないね」

「そっか、じゃあやっぱり私が……」

 リオが悲しそうな笑みを浮かべたその理由。ミナスから聞いたそれに、メリアはしゅんと俯く。

 誰も話し掛けて来ないねなんて、無神経な事言わなければ良かった。その一言で、リオはきっと傷付いただろう。リオには国民の関心が向けられていないんだと、彼が気にしている事を遠回しに言ってしまったようなモノなのだから。

 何であんな事を言ってしまったのだろう。もっと考えて言葉を選べば良かった。

「そんなに後悔する必要はないよ。いや、むしろキミは、何も考えず、思った事をそのまま言葉にしてやった方が良い」

「え?」

 掛けられたその言葉に、メリアはふっと顔を上げる。

 その視線の先では、メリアを責める気など微塵もないミナスが、ふわりと優しい笑みを浮かべていた。

「国民の関心も期待もない。それなのに王子と言う立場上、みんな余所余所しく、気を許せる友達もいない。だからリオは、メリアに会えた事を凄く喜んでいたよ。」

「私、に……?」

 トクンと、胸が鼓動を打つ。それに嬉しいと思ってしまったのは何故だろうか。

「自分が王子だって知っても気後れせず、オレの事、ちゃんとオレとして見てくれた、対等に話してくれたって、アイツ、大はしゃぎでキミの事話していたよ」

「リオが私の事を? そっか……」

 自分の事をそんな風に思い、そんな風に話していただなんて。

 ほんのりと頬が赤く染まるのを感じながら、メリアは嬉しそうに口角を吊り上げた。

「それから思いっきり殴られた事とか、胸倉を掴んで怒鳴られた事とかも、嬉しそうに語っていたよ」

「……え?」

 嬉しそうに?

「王子様を思いっきりぶん殴る女の子なんて中々いないからさ。新鮮で良かったみたいだよ」

「そ、そう……?」

 結構怒りに身を任せてぶん殴ったような気がするが……。そっか、嬉しかったのか。

「まあ、そう言うわけだからさ」

 と、そこで一度言葉を切ってから。ミナスはその微笑みを、改めてメリアへと向け直した。

「リオにとって初めてなんだよ、同年代で親しく話が出来る子なんてさ。だからもっと仲良くしてやってくれないかな。兄貴である僕が言うのも何だけど、アイツ、あれで中々良いヤツなんだ」

 リオが良いヤツである事は、言われずともよく分かる。だからリオとはもっと仲良くなりたいし、この先もずっと一緒にいたいとも思う。だからミナスの頼みに返す言葉なんて、一つしかない。

 しかし、メリアがコクリと首を縦に振ろうとした時だった。

「な、何で兄さんがここにいるんだよっ!」

 そこに、リオが戻って来たのは。

「あら、ヤダ。兄さんじゃなくって、姉さんでしょー。もう、リオちゃんったら、いつになったら覚えてくれるのかしら、おこおこっ!」

「裏声使うな! 女言葉で話すな! くねくねすんな! 気色悪い!」

(って言うか、パッと見でミナスだって分かるんだ)

 さすが兄弟。血は繋がっている。

「だいたい何でここにいるんだよ! 仕事はどうしたんだよ!」

「私の仕事は弟の尾行に変更するから、今日予定されていた公務はあとよろでシクヨロねってティクムにお願いしたら、「どうせダメって言ったって、あの手この手で城から抜け出して遊びに行くつもりなんでしょう? だから良いですよ。どうぞ遊んで来て下さい」って快く引き受けてくれたから大丈夫よ」

「快くねぇだろ、それ!」

「そんな事よりぃ、メリアちゃん放っておいてどこ行っていたのよ? 女の子を置いてどっか行っちゃうなんて、男としてなってないわよっ!」

「兄さんには関係ねぇだろ!」

「姉さんでしょー」

「煩せぇ! 行こうぜ、メリア!」

 眼鏡を掛け直した後、ガシッと腕を掴まれ、そのまま力強く引き寄せられる。

 瞬間、その掴まれた腕から広がるようにして、全身が一気に熱を帯びた。

「その食べ掛けのスイーツはくれてやる! だから絶対に付いてくんなよ!」

「はいはーい。今日は帰って来なくて良いからね」

「帰るわ!」

 真っ赤な顔でそう叫んでから、リオはメリアの腕を引き、その場をさっさと後にする。

 そんな二人をヒラヒラと手を振りながら見送ると、ミナスは弟が最後に食べようと残していたさくらんぼをひょいっと摘み上げた。

「オレが貰うハズだったんだけどなあ……」

 指の先でぶら下がるさくらんぼを、じっと見つめる。先程のリオもメリアも、こんな感じの色をしていた。

「人魚姫 確かに悲恋の 物語……うん、字余りだな」

 上手くいかないモンだなと呟きながら。ミナスはその赤い果実を、パクリと口に放り込んだ。

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