第3話 自称王子の命の恩人

 街を歩くメリアの下半身に、魚の尾ひれは付いていない。その代わりとして、今彼女に付いているのは人間の足。そんな価値のない声など要らないと突っ撥ねられたために無償で得た、アルフの魔法の足である。

 下半身が人間であれば、彼女が人魚であると気付く者など誰もいない。もしかしたら誰かに正体がバレてしまうんじゃないかと、怯えながら行動する必要はないのだ。

 ザワザワと賑やかな人混みを抜けて、メリアはその目的地を目指す。

 小さな島国、その中心部であろう、白を基調とした大きな建物。

 その目的地へと着いたメリアは、自分の住むそれよりも少しだけ大きな城をそっと見上げた。

(ここがあの王子様のいる場所、ヘームルフト国のお城かあ……)

 さすがは王子様。小国にしては立派なお城にお住まいだなと、よく分からない感心をしてから、メリアはその城の様子を窺う。

 城の立派な門前にいるのは、鎧を着用した門番らしき数人の兵士達と、彼らとは違う黒いモーニングコートを着用した、兵士達よりも位の高そうな男であった。

(……?)

 しかしそこにいたのは彼らだけではない。様々な服装をした沢山の業者達が、出たり入ったりを繰り返している。その業者の誰もがバタバタと忙しそうだが……何かあったのだろうか。

「あ、あの、すみません……」

 何があったのかは気になるが、こちらとて失敗は許されない試験の最中だ。しかも人魚である自分を捕まえるため、王子が汚い罠を張っていると言う可能性だってある。他の事に気を取られている暇はないのだ。

 城で何があったのかなんて、後で確認すれば良いと考えると、メリアは門前に立っている位の高そうな男に話し掛けてみた。人間の年齢にして三十歳前後。茶髪のオールバックと、左目のモノクルが印象的な、冷たそうな目をした男であった。

「先日の嵐の夜に、王子様を助けた者を捜していると聞いて来たのですが……」

 まさかいきなり、「貴様が人魚か! 皆の者、この娘を捕まえろ!」などと叫ばれて捕まったりしないだろうなと、メリアはおそるおそる名乗り出る。

 しかしそう怯えるメリアが「それは正に私の事です」と続ける前に、男の茶色い瞳が冷たく彼女を捉えた。

「ああ、あなたもですか」

「あなた……も?」

 何を言われたのか理解出来ず、メリアはコテンと首を傾げる。

 あなたも、とは一体どう言う意味なのだろうか。もしかして王子を助けたのは自分だけではないと言う意味だろうか。いや、でもあの時誰かと協力して王子を助けた覚えはないし、この記憶が正しければ、確かに一人で王子を抱えて海岸まで泳いだハズだ。うん、やっぱり王子を助けたのは自分だけだ。そこに協力者などはいなかった……いや、もしかしたら私の記憶違いで……。

 しかし悶々とその言葉の意味を考えるメリアに、男は面倒臭そうに一枚のチラシを押し付けた。

「じゃあ、これ。パーティーは今夜ですからね。さっさと着替えて、さっさと参加するように」

「???」

 何の事だと頭に疑問符を浮かべながら、メリアは押し付けられたチラシに視線を落とす。

 そこには『ミナス王子の花嫁選出パーティー開催のお知らせ』と言う見出しと、その他の大雑把な説明文が書き込まれていた。

「あ、あの、これって……?」

 ザッと目を通してもやっぱり意味が分からなかったメリアは、その内容を直接男に問い掛ける。

 すると男は物凄く面倒臭そうな溜め息を吐いてから、これまた物凄く面倒臭そうに口を開いた。

「あなたみたいな方は大勢いるんですよ。その方々全員と面接をしていたらキリがありません。ですからこうしてパーティーを開催し、『自称王子の命の恩人』を一堂に集め、誰が本物か見極める事にしたんです」

「え? 本物?」

 本物って何だ? 王子を助けた本当の人物って事か? あれ、でもそれって私だよね? って事は、私の偽物が沢山いるって事なのか……?

「まったく、あのアホ王子め。「あの嵐の夜に私を助けてくれた方は、是非名乗り出て下さい。好みのタイプだったらお嫁さんにします」なんて全国放送で発表すれば、玉の輿を狙った者や、王子大好き人間がいっぱい集まるに決まっているじゃないか。そんな事も分からんのか」

「……」

「あの嵐の海の中、誰かが拾って岸まで連れて行ってくれた? アホか、あんな海の中を泳げる超人なんているわけがないだろう。運良く岸に打ち上げられている最中に、夢でも見たに決まっている」

「……」

「何の考えもない王子の発言のせいで、国は大騒ぎだ。おかげでこんな大規模なパーティーを開催しなくてはならなくなってしまった。本当にもう、振り回されるこっちの身にもなってくれ。私だって暇じゃないんだ!」

 ポカンとするメリアの前で、王子に対する愚痴を吐き出すと、男はその冷たい瞳を改めてメリアへと向け直した。

「あなたも王子の恩人だと言い張るのなら、王子に信じてもらえるように頑張って下さいね」

 健闘を祈りますよ、なんて心にもない応援を受けた直後、背後から身なりのキレイな美しい女性がやって来る。

 呆然とするメリアなどには目もくれず、彼女はモノクルの男の前で優雅に一礼してみせた。

「ごきげんよう、ティクム様。先日の嵐の夜、命を救ってくれた人物をミナス様が捜していると聞き、参上致しました。あの夜、海を泳いで王子様を救ったのは間違いなくこの私でございます」

「ああ、あなたもですか……」

 堂々と嘘を吐く女性にウンザリとした様子で、男は彼女にもチラシを渡す。そうしてから、「パーティーの開催は今夜ですよ」と、メリアと同じ説明を彼女にもしてやった。

「……」

 その光景をポカンと眺めるメリアの脳裏に、アルフの言葉が蘇る。

 『これは王位を継ぐための試験なんだ。最難関級国家試験だよ。そう簡単な内容じゃない』

 人間の王子の暗殺試験。

どうやら自身の正体がバレているかもしれないという可能性以外にも、そこには沢山の問題点がありそうだ。

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