第8話 女家令の悪行

 二階の窓から、妹弟子が二人ままごとをしているのを梟が見ていた。

孔雀と緋連雀が並んで遊んでいる様は、外目には実に微笑ましい。

「白鷹お姉様もひどいわよねえ。継室候補群の子なんて継室に上がれなかったとしても、結婚市場では引く手数多なのにさ。一回家令になっちまったらもう事故物件。嫁かず後家決定だね」

鷂、この女家令は現在札付き。家令など素行が悪くて有名だが、去年、聖堂ヴァルハラの司祭長をたぶらかして還俗させた毒婦、というのが世間の評価だ。

前司祭長の長い就任をそろそろ止めさせたかった梟が、鷂を聖堂にやって次期司祭長の予定を前倒しさせたのだ。

「事故物件はお前だ。坊主の退職前倒しさせて、新しい人間就任させたまではいい。なのに半年で辞めさせてどうすんだよ・・・」

ため息をついて梟は妹弟子を見た。

「梟お兄様にとったら同じ事でしょ。またその弟がなっただけの話よ」

「どんだけ大嘴の家から恨み言言われたと思ってんだ。女家令など悪魔が取り憑いているに違いないだのなんだの。・・・お前、なんか取り憑いてんなら祓って貰え」

「あたしゃ巫女だよ。厄落としなんかあたしがしてやるよ。・・・大体。食い詰めて見栄張るためにその三男坊を家令に堕とすような家の人間が何言ってんのよ。ほらごらんよ、今回だって金で手を打ったじゃないの」

大嘴は、司祭長の家の出だ。世襲でもない役職に半世紀近く同じ家の人間が就任しているのが異例でもあった。

大嘴の実家の伴家は昔から確かに何人も聖職者を出した名門であるが、そのトップに就任したのは大嘴の叔父からである。その前には、家令がその地位に就いていた。

梟もよく覚えているが、抜群に優秀な兄弟子であった。

「長男は後継、次男はそのスペア、まだ赤ん坊の末っ子は可愛くて手放せない。それで三男坊を差し出したわけよ。しかも何?大嘴が家令になったおかげで大聖堂の改修の予算が付いたって話じゃないのよ。どんな身売りよ」

それは間違いない。梟がその案件を議会に通したのだから。

「控えの選手がいて良かったじゃないか。そもそも長男坊はお前のせいで堕落しちまったわけだ」

梟が舌打ちした。

鷂は神殿の神官職でもある。今回の事件はすわ宗教戦争とまで言われ、またはロミオとジュリエットだの、魔性の女だの、女家令と結婚する為に新任の司祭長が辞任して還俗するというマスコミの騒ぎに激怒すると思われた白鷹が、なぜか怒りもせずに自ら聖堂と司祭長の家に行って話をまとめて来てしまったのだ。鷂に高額な持参金を持たせる事、次男が新任の司祭長となる事を条件に。

白鷹は憮然として「全く。お前に新品の戦車ひとつ分くらいかかったよ」と、そう言うと、しばらく海外に居な、と国際機関での仕事に就かせ、国を出してやってしまった。

梟自身も呆れはしたが仕方ないと言っただけ。昔は、巫女姿で聖堂に道場破りしたとんでもない姉弟子がいたくらいだ。あれよりはマシだ、と梟はため息をついた。

「意外ね。あの宮廷育ちの根性曲がりが気に入ってるみたいじゃない」

鷂が自分も窓辺に寄って、庭で遊んでいる緋連雀と孔雀を眺めた。

「あの子、ままごとなんかするのね。遊びって言ったら、男騙して金目のもの巻き上げるくらいしかしないと思ってたのに」

「・・・緋連雀にも困ったもんだ」

顔がいいのと宮廷で身につけた教養を嵩に女官達を牽制しさらに城に出入りする男を手玉にとって一財産築きつつある。

「女家令としてはなかなか見所があるわよ。さてさて。あの子はどうなのかしらね。棕櫚家のやる気の無さは年季入ってるものね」

長い歴史の中で、棕櫚家はたった一人の継室しか出して居ない。しかも、もともとアカデミーの学生だったその彼女は、皇帝が退位後は、アカデミーに戻って研究を続けた。城にも、皇帝の住む離宮にも戻る事は無かった。

その前に乳母として一人、城に上がったが、乳母なんて子供が成長すれば用済みだ。

「あのドベの家め。実績もないくせに恩恵の公共料金免除など、片腹痛いわ」

「あそこんち自宅も会社も工場も井戸水とソーラーと地熱とプロパンなんでしょ。関係無いじゃない」

継室候補群の家には公共料金が免除されるという特典があるのだが、棕櫚家にはあまり意味が無いようだ。

「大体、継室候補群の家って税金高いじゃない。実際、後宮に入宮出せれば支度金や恩給出るけどさ、実績ゼロでは、あそこんち何百年も大損よ」

「まあそうだけどな。情けない話だ。そもそも名誉な事だぞ。継室候補群だぞ。自覚がないからやる気も出ないしズレてんだよ。あの子狸はな、母親に梟が来ると言われて本当に鳥の梟が来るんだと思い込んでいて楽しみにしていたのにいざ来たのがおじさんだったとがっかりして庭から戻ってこなくなったんだぞ」

猫に砂や葉っぱを載せていじけていた。

仮にも宮廷の総家令である自分に対してそんな不敬な態度の娘に、母親は手と猫をよく洗ってからお菓子を食べるのよ、とだけ言って好きにさせていたのだ。

母親の青嵐を知る鷂は大笑いした。

「ああ、そう、そんな感じで変わってるんですよ、あそこんちの人間て」

梟は舌打ちした。

「大体な、訪問した際もな。テーブルいっぱいにサンドイッチだの焼きそばだの煮物だの寿司だのカステラだの羊羹だの、なんだか知らねえけど蝋燭立ってる丸いケーキまで上がってたんだ」

「・・・親戚の法事みたいね」

法事で親戚集まったから、ついでに近日中の誰かの誕生日も忘れてた入学祝いも一緒にやっちゃおうと言うあのアナーキーさ。

一宮いちみや家に行った時には、どうやって調べたんだか、皇后宮で出てくるのと同じ茶と饅頭が出てきたというのに」

「ああ、確かに太子様にちょうどいい年齢の娘いるわねえ」

継室候補群でも上位。貴族院である元老院とも繋がりが深く、今まで十人以上継室を出している。

「一宮家は頑張れば正室になれなくもないお家柄だもんねえ」

ちょうどいい年齢の子女がいない場合、継室候補群の家から正室が出る場合もあるのだ。

「あのカステラ屋と比べるのが気の毒ってものよ。一宮家からしたら名誉毀損ものだわ。でもあれ可愛かったじゃないですか。気に入ってらしたくせに。ミミズク」

棕櫚家から梟がお土産に持たされたという、ミミズクのケーキ。

孔雀はフクロウのケーキなんだと言い張ったらしいが、アーモンドの耳がくっついているからあれは間違いなくミミズクなのだ。

この兄弟子が、棕櫚家から帰宅した後、厨房にコーヒーを入れさせ、二つ平らげていたのを知っている。

ふん、と梟は誤魔化した。

この兄弟子も、ええカッコしいだからな、と鷂は苦笑した。

「・・・あら、おいしい」

紅茶を飲んで、顔を上げた。

茶だのコーヒーなんかより、蒸溜酒が飲みたい派だが、これはうまい。

「そうなんだよ。さっき孔雀に用意させた」

「まあ、すごいじゃない。家令は政治も戦争もやるけれど、まともにお茶を入れられるのはそういないじゃない。ギルド派って使い勝手がいいわね」

鷂が仕方なく自分で入れてみたコーヒーは泥水のようで、この兄弟子が試しにいれた緑茶は青汁のようだった。

「真鶴が気に入ってな。一緒に菓子を焼いてたりしてる。これもそうだ」

鷂が食べていたマドレーヌを指差す。

「ふうん。真鶴が気に入って、ねえ・・・」

含みのある言い方に、梟が舌打ちした。

「白鷹姉上には余計な事言うなよ」

現在の皇帝である瑪瑙の総家令である梟は、主が揉め事を嫌う事を熟知している。

だからこそ梟は、特に背信に関わるようなことがわずかでも耳に入るなら火消しに走るし、そのような芽をさっさと摘む。そもそも自分を使って長期任期の長い司祭長を退けたのもその為。

「だってのに、女家令共ときたら・・・」

また説教がぶり返したか、と鷂はさりげない様子でまた窓の外を眺めた。

小さな女家令が二人、ままごとを続けているのが見えた。

「いいじゃない。家令はそもそもが争いと血を好む存在。猛禽だ蛇蝎と言われてるんだもの。・・・あら、あの子、本当にタンポポだのシロツメクサ食わされてるけど。やだ、なにあの青い色水・・・」

「・・・緋連雀め。また騙くらかしてんな。腹壊す前に止めてこい」

孔雀が醤油をかけたタンポポやドレッシングをかけたシロツメクサをむしゃむしゃ食べていた。

はいはい、と鷂は美しい女家令の礼をして退出した。

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