第5話 女家令の身の上

私の事と言っても。

私の実家は、そう、これ。このカステラ。蛙の印がお店のシンボルだから、よくカエルマークって呼ばれてるお菓子屋なの。そう、知ってる?ウチは皆がそれぞれ好きな事を始めてしまうから本業が何かわからないと言われるけど、カエルマークは物流から食品から建築から医療機器、あれだけいろいろやって、今だこのカステラの売り上げが一番多いのよ。

だから、私はお菓子屋の子ね。宮城に上がって政治に関わる者達の中には、世襲の貴族を中心とした元老院派、原則終身の上院議員と、選挙で選ばれる下院の一般議員派、それから私みたいな商業ギルド派と呼ばれる集まりがある。その中からまた選出された人間で、議会を作るのだけれど。

そしてね。皇帝のお妃様たちは、その中の家から選ばれる事になっているの。古い慣習よね。今時の若い子が聞いたらびっくりしちゃう。

后妃様は、正室候補群元老院七家から選ばれることになっていたの。それから第二夫人以下は継室候補群と呼ばれる元老院四家、議員八家、ギルド十一家。

うちはその継室候補群でも一番、宮城への実績、貢献度が低くてねぇ。つまり長い王朝で何人妃を出したのかが問われるわけで。大体、平均してどこのお家も五人から七人出してるのよ。でもうちは遠い昔にたった一人。それも子供を産まなかったから実績はほぼ無いに等しいのね。どこのお家も実績に比例した恩賜があるのだけど。平たく言うと免税措置よ。でも実績低いからうちはないのよ。あ、でも、公共料金はタダとか言ってたっけな。でもうち井戸水だし、地熱とソーラーだしプロパンガスだものな。・・・ある日ね。真っ黒の家令服の鴉みたいなおじさんがやってきた。ふくろうと名乗ったの。その梟お兄様は数年前に亡くなったけれど。翡翠様のお母様の琥珀女皇帝様の末弟様に当たる瑪瑙めのう陛下の総家令だった方。金糸雀お姉様の父親よ。なんと緋連雀お姉様と再婚したのよ。今は緋連雀お姉様も別な方と再婚してるの。家令の結婚離婚は人事だけど。緋連雀お姉様は梟お兄様への二重年愛を実らせての寄り切り結婚だったの。

それでね。昔。梟お兄様、白鷹お姉様と梟お兄様の二人の署名のある書類を持ってきて、両親に見せたの。

私を家令として召し上げる、と書いてあった。

まあ、昔から、本当に昔から、人手不足な業種なのよ。

そもそもうちは廷臣とは言え、継室候補の選定の名簿どころか話にすら上がらない、このまま宮城とはほぼ関係ないまま生きていこうと思っていたから大油断よね。父も母も赤くなったり青くなったり。

当時強権的だった白鷹お姉様と梟お姉様に正式な召集令状出されちゃ、うちじゃ断れなかった。君主制が無くなって久しいあなたくらいの世代から見ればちんぷんかんぷんよね。

宮城に仕える者は、元老院、議員、ギルドの議会を構成する者達。その他に、官吏、これは殿試と呼ばれるとんでもなく難しい国家試験を通過した官僚。彼等は各省庁に配属されるの。次に女官。彼女達も召使いなどではなく国家試験を通過した官僚です。彼女達は、主に後宮での仕事を担います。お后妃様達や成人したお子様はそれぞれに宮を持っているから、結構大変なのよ。こう言っちゃなんだけれど、女子アナより通るのが難しい試験なの。あとは、禁軍と呼ばれる宮城を守護する親衛隊ね。彼等は軍には配属されない宮廷軍閥と呼ばれる特権階級で元老院のメンバーになっていたりもするの。

さて。家令。家令はね、宮廷の備品なんて揶揄される実用品。身分そのものは低いのよ。汚れ働きや忌み仕事と言われる事もするしね。

この船。チカプカムイと言うのが幸せを呼ぶ鳥なのは聞いたでしょう。でもね、家令はステュムパーリデスの鳥、なんてずっと昔から言われてるの。群れで飛ぶ鳥でね。人間を襲う毒のある鳥。戦争と殺戮の神様が飼っていたそうなの。悪い鳥よね。賛否があるとさらっとは言えない存在ではあるのね。

だから、私は継室候補群から、家令に堕とされた、と言われた。でも、そもそも継室なんて私にやれるわけない。

家令は宮宰、内政にも外政にも口ばかりか手も出すから、そりゃあ各方面からウケは悪いわよね。でも我々は何と呼ばれようが、皇帝の一番近くに侍る鳥。

よく、ピラミッドのヒエラルキーなんて言われるけど。我々の宮廷のそれは何層もの円環状なんだと思う。皇帝を真ん中にした土星の輪っかみたいにね。

女家令から生まれた子達は、皆、宮廷で育つの。そのうちお城のちょっとしたお手伝いをするようになって、ガーデンに移る。そこで教育を受けて、軍にも配属されるようになるの。

私は、宮廷でのお手伝い期間は無くて、十歳でガーデンに行ったの。だから小学校中退。信じられないでしょ。でもね。ウチの母が決死の覚悟で白鷹お姉様と交渉して盆暮れ正月は帰省出来ることになってた。だから私今だにお盆とお正月は実家に帰るのよ。

私が城に上がったのは十五だった。そうなのよ。私は十五歳で翡翠様から総家令を拝命したの。

孔雀がそう言って、花のように笑みこぼれた。

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