第54話【クリスタルレイク村の初日】
俺たち冒険者ギルドの討伐隊がクリスタルレイク村に到着すると、大勢の村人たちに出迎えられた。その雰囲気は祭りだけあって賑やかだ。まるで英雄たちの凱旋のように歓迎ムードで出迎えられる。
「いやいやいやぁ~。これはこれはギランタウンの冒険者ギルドご一行様、よくぞ我がクリスタルレイク村にお越しになられました。今年もジャイアントレイクロブスター討伐、宜しくお願いしますぞぉ~」
群がる村人たちの中から村長だと思われるデブい中年男性がもみ手をモミモミしながら先頭のドリトルに話し掛けて来た。ドリトルが馬上から降りると村長と二人で何やら話し出す。するとしばらくして振り向いたドリトルが冒険者たちに指示を飛ばした。
「よーし、男衆はテントの設営だ。女性陣は荷物を宿屋に運び込んでくれ~」
その指示を聴いた人々が各々の準備を始める。そして、荷物を抱えたジェシカとラブリリスが揃って宿屋に入って行った。俺も彼女たちの後ろに続こうとしたがスカーフェイスの野郎に首根っこを掴まれて止められる。
「お前は男だろ。こっちで野宿の準備だぞ」
「えっ、なんで……。俺も宿屋でゆっくりしたいぞ」
「女性は宿屋で宿泊。男性はテントで野宿。当然じゃないか」
「なんでだよ!?」
「部屋が足りないんだよ。だからだ」
「あー、なるほどね。物理的な理由ですか……」
「俺たち野郎どもは今日を含めた4日間はテント暮らしだ」
俺は顎に手を当てて悪どい笑みを浮かべる。
「なるほど……。ならば4日間は夜這いのチャンスがあるわけだ。ニャリ」
ミゼラちゃんが冷めた眼差しでアビゲイルに述べる。
「アビゲイルさん、この4日間は寝ずの番でアトラス先生を見張ってください。決して犯罪行為には走らせないように……」
『畏まりました、ミゼラ様』
「えっ、アビゲイルが俺を裏切るのか!?」
『夜はすべての女性が私のライバルです、マスター』
「ええっ、嫉妬ですか!?」
なんてことでしょう。アビゲイルの中に乙女が芽生え始めていやがる。これは厄介だ……。早めに対策を打たなければなるまい。
「それよりも──」
俺はジェシカたちが入っていった宿屋の門前を見上げていた。注目を集める物がある。
「でけー……」
そこには巨大な剥製が看板として飾られていた。それはジャイアントレイクロブスターのハサミである。左腕のハサミだけなのだが、やたらと大きい。肘部分からハサミの先まで10メートルはある。
「なんて大きなハサミなんだよ……」
ジャイアントレイクロブスターの体長は1.5メートルから2メートルだと聞いていた。ジャイアントレイクロブスタークイーンであっても体長10メートル程度だと聞いている。なのに宿屋の入り口に飾られている剥製はハサミだけで10メートルはあるのだ。これだと、このハサミを持っていたジャイアントレイクロブスターは20メートル以上の体長を有していたことになる。それは普通より大きすぎる体長だ。
「ぁ……」
俺が間抜け面で巨大ハサミを見上げていると、後ろからデブい村長に話し掛けられた。その口調は自慢気である。
「どうです、立派なハサミでしょう」
「な、なんだ、この大きさは……?」
デブい村長はタプタプと顎の肉を揺らしながら自慢気に語り出した。
「15年前に出現したジャイアントレイクロブスタークイーンのハサミです。彼女は巨大化のユニークスキルを有してましてね。ピンチになったときに巨大化したのですよ。それをギルドマスターのダリゴレル様がお仲間たちと一緒に倒したのです。これは、その時の戦利品です。記念に今でも宿屋の看板として使っていましてね。この村のシンボルですな」
「ユニークスキルで巨大化だと……」
これだけ巨大化したジャイアントレイクロブスタークイーンを倒した当時の冒険者たちは相当強かったのだろう。
「古参、侮れん……」
するとアビゲイルが報告してきた。
『テントの設営が終わりました、マスター』
「おお、サンキュー」
俺は設営し終わったテントを見回した。俺のテントの隣にはラインハルトがテントを貼っていた。反対側には黒装束の野郎たちがテントを貼っている。
「なんだよ、こんな連中と一緒かよ……」
俺がついつい溢した愚痴がテントを設営していた黒ターバンの男子に届いてしまう。すると鋭い眼光で睨まれた。少し怖い。
「まあ、テントは寝るだけだから、ご近所なんて関係無いか……」
すると次々と設営が終わっていくテント群。テントの設営を終えた冒険者たちから賑やかに酒を飲み始めた。女性たちは大鍋でスープを煮込み始める。
俺はスキップしながらジェシカに背後から忍び寄った。
「ジェ~シカ、何を作ってるのかな~♡」
俺がハートマークを振り撒きながらジェシカに忍び寄ると彼女が敏捷に振り返る。その手には出刃包丁が握られていたのだが、その刃先が俺の眼前を一文字に通り越した。
殺気っ!
「あら、アトラス。今調理中だから話し掛けないで、手加減できないからさ」
「は、はい……」
俺は鼻先に突き出された刃先から逃げるように後ずさった。動物の肉と一緒に刻まれたら堪らない。ここは一旦調理が終わるのを待とう。
そんなこんなしているうちに周囲は暗くなり始めた。だが焚き火があちらこちらで炊かれて村の広場を照らし出す。そのころには多くの冒険者たちが酒を煽って出来上がっていた。持ってきた酒樽が既に二つも空になっている。裸で踊る野郎たちも居た。
「こんなに飲んで、こいつら明日使い物になるのかよ……」
俺が酒を煽る冒険者たちを心配していると、唐突に酔っぱらいに絡まれた。
「アトラスニャー!」
「ぬぬっ!」
唐突に背後から抱き付かれた。抱き付いてきたのはアニマル冒険団のタイガーキャットである。モフモフの毛皮と一緒に小さな胸を俺の背中に押し付けてきた。
「アトラスはホカホカのお天道様の匂いがするニャー!」
「おい、ちょっとやめろよ……」
っと、言ったが悪い気はしない。タイガーキャットは頭が緩そうだがビジュアルは可愛らしい。そんな乙女に抱き付かれて嬉しくないわけがない。
すると今度は女僧侶のレイチェルが俺に飛び掛かってきた。タイガーキャットと同じように俺に抱き付いてきたのだ。しかし、こっちは胸が大きい。その温盛が堪らない。
「うわぁ~、本当だぁ~。アトラス君ってお日様の香りがする~♡」
「お、おい、マジでやめろよ……」
なんだろう。これも両手に花なのだろうか?
知性が低い花だが花には代わらない。しかも片方は豊満な巨乳である。悪い気どころか天国であった。
しかし、ピンク色の極楽気分を打ち破るように鋭い殺気が俺に向けられた。俺はその殺気の元を凝視する。
「「ジジィーーー……」」
「いや、これは、その……」
殺気の先にはジェシカとミゼラちゃんが立っていた。しかもその眼差しは殺伐と冷たい。背後には負のオーラが由来で後方の景色を濁していた。
嫉妬!
これは嫉妬なのか!?
ならば、喜ばしいことではないのだろうか……。乙女に言い寄られながら別の乙女に嫉妬される。これは天国なシュチエーションのはず。
だが、それ以上に俺の中の危機管理センサーがブーブーと小五月蝿く警報を鳴らしてピンチを知らしていた。これは、ヤバい……。
するとジェシカとミゼラちゃんがアビゲイルに耳打ちする。
「ほら、アビゲイルちゃん。貴方のマスターが女遊びを働いてるわよ」
「アビゲイルさん、こんなときはどうしたら良いのか知ってますか?」
『存じません』
二人の乙女がゴーレム娘を怪しく諭している。その表情は悪どい。目尻が非道の形に歪んでいた。
「こんな時は、激しくしばいて良いのよ」
『いつものジェシカ様のようにですか?』
「「その通り」」
「そんな訳あるか!!」
するとアビゲイルが姿勢を落とした。両手を前に置く。そして、上半身を落とした姿勢で下半身を突き上げる。陸上競技の短距離走で見られるクラウチングスタートのホームだ。このまま全速力で突っ込んでくる気だろう。
「ちょ、ちょっと待てアビゲイル!」
『問答無用です、マスター』
「あんたらも放してくれ、レイチェルさんにタイガーキャット!」
「にゃんでぇー。もっとフカフカしたいニャー」
「レイチェルも〜♡」
俺は二人の女性に抱き付かれて動けない。特にタイガーキャットの腕力は俺より強くって振り払える気がしないのだ。このままではアビゲイルの全力の突っ込みを食らってしまう。ゴーレムの突っ込みを俺のような華奢なマジックユーザーが正面から受けたら死んでまうだろう。少なくても病院送りだ。
「ア、アビゲイル、俺の命令を聞け!」
『お断りします、マスター』
「断るのッ!?」
『発射』
途端、アビゲイルが弾丸のように真っ直ぐなダッシュで突っ込んできた。しかも頭からだ。速いし重そうだし、何より怖い。
「げふっ!!!」
ドゴーーーンと音が鳴る。
強烈なスーパー頭突きアタックが俺の体を撥ね飛ばした。レイチェルとタイガーキャットの間から俺の体だけがスポリと抜けて飛んでいく。そして俺の体は民家の壁に激突すると壁にめり込むような形で止まっていた。
「ぅ、うぅ……」
当然ながら俺は気絶した。
こうしてキャンプ一日目が終わる。俺が目覚めたのは次の日の朝だった。夜這いのチャンスを1日無駄にする。それが悔やまれた。
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