第49話【誘い込み・再び】

「それじゃあこれで説明会を終わるけれど、他に質問はあるかねぇ?」


「はーい、先生〜」


「何かねぇ、アトラス君?」


「おやつはいくらまでですか〜?」


「おやつは銀貨3枚までで〜す」


「それじゃあ、バナナはおやつに入りますか〜?」


「おやつは水筒に入ります。それと女の子にも入ります」


「うわぁ、最低……」


「最低だニャー……」


ガーベラとタイガーキャットが汚物でも見るような眼差しでドリトルを軽蔑していた。女の子たちの眼差しが痛い。


「それじゃあ、他に質問が無ければ説明会を終わるぞ〜。当日は遅刻しないでくださいねぇ。雨天決行だからなぁ〜」


「「「「はぁ〜い」」」」


こうして冒険者ギルドの二階会議室で開かれていた説明会が終わると講師役のドリトルが欠伸をしながら会議室を出て行った。それに続いて俺たち新人冒険者たちも会議室を出て行く。


「ニャーニャー!」


会議室を先頭で出たタイガーキャットがはしゃぐように廊下を駆けると階段からジャンプして一階に飛び降りる。その着地地点で酒を飲んでいた冒険者たちが慌てて避けた。


「父上~、新人講習終わったニャー!」


階段から飛び降りたタイガーキャットが酒場に居た大柄の男に飛び付いた。その大柄の男は頭から熊の毛皮を被ってマントのように下げている。父上と言うのだからタイガーキャットの父親なのだろう。


「親子揃ってアニマルルックとは、キャラ立ての主張が激しい奴らだな……」


俺が呆れながら一階の様子を見下ろしていると、他の新人たちも仲間と思われる連中と合流していく。


ラインハルトとガーベラは軽戦士風の女性と僧侶風の女性二人組と合流していた。どうやら四人組パーティーのようだ。だが許せない。


俺の心の中に怒りの炎が燃え上がりだした。


「なんでラインハルトの野郎、女性三人に囲まれたパーティー編成なんだよ。しかも美人揃いじゃんか。許せんぞ!」


ガーベラは性格が少しキツイが美少女ではある。それに軽戦士風の女性は露出度の高い革鎧を纏い挑発的だ。神官風の女性は清楚で美しい。こんなテンプレハーレムパーティーに男ひとりなんて許せないだろう。実に妬ましい。


俺の怒った様子を察したアビゲイルが背後から言った。


『マスターも女性たちに囲まれたハーレムパーティーではありませんか』


「どこがだよ!」


『ミゼラ様は、まごうことなき美少女ですし、アンジュ様も可愛らしい妖精です。それに何より私はマスターの理想が詰め込まれた最高傑作の美少女ゴーレムです』


「お前、自分の評価が段違いに高いな……」


『お褒め頂きありがとう御座います、マスター』


「褒めてねぇーよ……」


確かに俺の周りには美少女が多い。だが、欠点も多い美少女ばかりだ。


ミゼラちゃんは地雷の塊だし、アンジュは体型と人格に問題あるし、アビゲイルは何より人形だ。故に全員性的対象に出来ない。これではいくら他所からハーレムに見えても、ただの生き地獄である。


「んん~?」


そして、俺が二階から観察しているとフランダースの野郎と黒装束少年の二人が並んで酒場を出て行った。


「あいつら、同じパーティーなのか……。まあ、いいか」


そして俺も階段を降りて酒場を目指す。


ジャイアントレイクロブスター祭りの日程は明後日からだ。明後日の朝にギルド前で集合して全員でクリスタルレイクに旅立つらしい。


なので、俺は一旦帰って作り駆けていたフィギアを完成させようと思う。そのぐらいの時間はありそうだ。


「おお~~い、アンジュ~。帰るぞ~」


混雑する酒場の中でアンジュを呼んだが返事が返ってこない。なので俺は酒場の中を見渡してアンジュを探した。すると酒場の端のテーブルを囲んでいる男たちの塊を見つける。その中からアンジュのヘベレケな声が聴こえてきた。


「らぁめー、らめなのー」


「「「ぉぉおおおお!!」」」


「なにやってるんだ、アンジュの野郎……」


俺は人混みを駆け分けてテーブルに近付いた。するとテーブルの中央ではヘタるアンジュの上でケット・シーがヘコヘコやっていた。それを野郎どもがスケベな表情で観賞していたのだ。


「またか、この糞猫がよ!」


俺は黒猫を殴ってアンジュから引き離した。


「こら、この野良猫が。人ん家の使い魔にヘコヘコすんな!」


するとケット・シーは前回と同じにアンジュを咥え込むと店の外に飛び出していった。また誘拐である。


「畜生、またか!」


「ああ、アンジュさんが雄猫に拐われました!」


流石にミゼラちゃんも驚いている。まさか妖精が猫にヘコヘコされた上に拐われるなんて想像すらしていなかったのだろう。都会では有り得ない光景だろうさ。


「しゃあねぇ、追うぞ!」


『畏まりました、マスター』


「はい、アトラス先生!」


俺たち三人は黒猫を追いかけて酒場を飛び出す。そして、以前来た裏路地に入っていった。すると以前と同じように雑踏の音が瞬時に消える。背後を振り向けばやはり通りが消えて壁に成っていた。それだけでなく、ミゼラちゃんの姿も消えている。居るのは俺とアビゲイルだけだった。


そして、当然のように眼前にはドラマチックショップ・ミラージュの看板があった。更に入り口前には半透明な男がたっている。


「またか……」


俺が呟いた後ろではアビゲイルが両拳に鉄拳を装着している。アビゲイルが戦闘態勢に入ったのだ。


しかし、今回は以前とは違った。半透明の男が扉の前から退いた。しかも礼儀を正しながら頭を下げている。


「入って、いいのか……?」


頭を下げた半透明の男からは返答が無い。そもそも言葉が喋れないのかも知れない。


そして、俺とアビゲイルは半透明の男の横を過ぎて店内に進んだ。俺から扉を開いて先頭で入店する。


「あら、いらっしゃい。アトラス君」


甘ったるい口調だった。店の奥の長ソファーには赤いドレスの美女が脚を組んで横たわっていた。長い煙管から怪しく煙を吹いている。


「ミラージュ。俺を誘い込んだな」


微笑みながら店主が返す。


「ケット・シーを使いに出すと言ったじゃあないのさ」


「って、ことは、お前のほうから何か俺に用事でもあるのかい?」


「だから呼んだのよ、坊や」


「いちいち癇に触る奴だ。これで美人じゃあなければ殴っていたところだぞ。この怒りはおっぱいを揉む程度で許してやろう」


「ごめんなさい。私は高いのよ。そこらの高級娼婦の数千倍はお金が必要よ」


「数千倍だと。ぼったくりにも程がないか?」


「そんなことより仕事の話をしましょう、アトラス君」


「仕事の話だと?」


「そう、妾からそなたに依頼を出したい」


「お前からの依頼だと……」


ミラージュが柔らかく微笑んだ。それが怪しく映る。



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