第44話【コープスモール③】
デズモンド公爵一行がギランタウンから王都を目指して旅立ったのはコープスモールの襲撃を撃退した朝方であった。何でも近いうちに王都で大切な会議が始まるためにデズモンド公爵は急ぎで帰らねばならなかったらしい。そもそもキツキツのスケジュールで旅をしに来たらしいのだ。
そして、ミゼラちゃんはある程度の資金を渡されて女騎士カルラと共にギランタウンに残ったのである。昼頃になったらギランタウンの不動産屋を回って住む場所を探すらしい。しばらくは女二人で暮らしながら俺のところに通って彫刻の指導を受けるとのことだ。
ちなみに女騎士カルラとは男みたいな体型で顔はゴリラその物のような女性である。堀が深く眉毛も薄く口は大きい。これで体付きまでムッキムキの筋肉質なのだから尚更ゴリラに見えるのだ。故に俺の煩悩はピクリとも反応しない。流石の俺でもこれは無理である。
「なぁ〜、アトラス〜。お腹空いたよ〜。朝ご飯はまだかぁ〜」
寝ぼけた眼を擦りながらフラフラとアンジュが飛んできた。その様子は小さなパジャマ姿のままである。
「この野郎、スケルトンの襲撃の際もずっと寝てやがったな……」
「ほぇ、なんか夜にあったのかぁ~?」
「まあ、こいつが居たからって何か状況が変わったわけでもないのだから関係無いか……」
やれやれと俺は呆れながら食堂を目指す。コックのヨーゼフも出勤してきたから時期に朝食の準備もできるだろう。今後のことは朝食でも食べながら考えようか。
一方、デズモンド公爵一行。
彼ら十騎の馬はギランタウンを出て王都に向かって進んでいた。コープスモールはグランドールの馬に引っ張られて走っている。上半身をロープで縛られ拘束されているから逃げられない。馬は歩いているが人間の足に比べれば歩みは速い。故にコープスモールはずっと走っているのだ。
「よ〜し、そろそろ昼飯にするぞ!」
「せぇはー、ぜぇはー……」
デズモンド公爵が馬上から叫ぶと九騎の馬は止まって食事の準備を始める。コープスモールはずっと走っていた疲れから倒れ込んでしまう。息を切らしながら死にそうな顔で天を仰いでいた。流石に体力に自信の無い魔法使い系には午前中ずっとランニングは拷問だろう。無理である。
そして、時間が進み騎士たちの食事が済むと後片付けを始める。するとデズモンド公爵がシソンヌ隊長に何やら指示を告げた。
「─────」
「畏まりました、閣下」
凛々しく返答したシソンヌ隊長が軍馬の脇腹から小型のスコップを取り外すと座り込むコープスモールの元まで歩んできた。そして、バテバテの痩せ男を見下ろしながら言う。
「これから己の縄を解く、そしたらこれで穴を掘るんだ。よいな」
スコップを地面に突き刺したシソンヌ隊長がコープスモールの拘束を解いた。ナイフでロープを切る。そして強面と刃物で脅してきた。
「おかしなことを考えずに穴を掘れ、いいな!」
コープスモールは頷くとスコップを手に取る。そして云われた通り穴を掘り始めた。
「大きな穴だ。人が入れる程度の穴だからな!」
「は、はい……」
しかし、コープスモールは穴を掘りながら考えた。何故にこんな場所に穴を掘るのだろう。思い浮かぶ条件はひとつだった。
コープスモールとて殺し屋の端くれだ。裏の世界には詳しい。だから、この状況から穴を掘る理由はひとつしかなかった。
「この穴は自分の墓穴だ……」
間違いないだろう。コープスモールは今自分の墓穴を掘らされているのだ。だから少し丁寧に掘り進んだ。
そして、しばらくすると穴は堀終る。それは自分が膝を抱えれば横になれるサイズの穴だった。
「よし、そのぐらいでいいだろう」
そう言うと再び腰からナイフを抜くシソンヌ隊長。その目は冷たく覚めていた。ナイフの腹で手の平をペシペシと叩いている。
コープスモールの予想は正しいのだろう。だから彼は頭を上げなかった。静かに定めを受け入れる。諦めが先に立っているのだ。
「もう、悟れているようだな。コープスモール」
「私はここで殺されるのですね。王都で裁判なんて嘘っぱちだ……」
シソンヌ隊長は冷たい表情を微塵も変えずに述べる。
「当然だろう。お前を裁判に掛ければ証拠品として異次元宝物庫の数々がすべて没収されてしまう。ならば、お前をここで殺してお前の金品をすべて奪ったほうが我々のふところも暖まるってもんだ」
「どっちが悪党だ……」
「どっちも悪党だ。だが、我々は正義の悪だ。お前とは根本が違う」
そう返してからシソンヌ隊長のナイフが横一文字に振られた。コープスモールの喉仏を無慈悲に切り付ける。するとコープスモールの首から噴水のように鮮血が飛び散ると自分で掘った穴の中に倒れ込んだ。
絶命──。
「グランドール、ジョナサン、埋めてやれ。せめてもの慈悲だ」
「「はっ!」」
こうしてコープスモールは死んだ。そして、グランドールとジョナサンの二人が穴を埋め直すとデズモンド公爵一行は王都に向かって馬を走らせた。再出発する。
何事も無かったかのように───。
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